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私は、21歳の頃、TANOSHIKAに知人の紹介で入りました。
TANOSHIKAができてまだ一年も経っていない頃だったんです。
一ヶ月前に出来上がったばかりのピカピカのTANOSHIKA CREATIVE。
最初の印象は、偉そうながら…「大丈夫かな?」でした。
なぜなら、社長や支援員さんたちが、私とそう年が変わらない自分の「お兄さん」くらいの年齢だったからです。皆さん、25歳くらいでした。
そんなある日、忘れられない出来事が起きました。
(ここから書くことは、誰にも話していないことです)
ある日。
起業家の集まりで、とある男性起業家さんと話している、TANOSHIKAの上層の方Pさんを見かけました。
Pさんは、一生懸命、相手の男性に「障がい者の方をこのように生きづらさをなくす仕事をしているんだ」的なことを話しかけていました。
しかし、相手の年配の起業家さんは、はっきり言って、PさんやTANOSHIKAの取り組みに、興味なさげでした。
私が見た感じ、TANOSHIKAの上層の方は、まだ若く、なんとなく、「若者が何を言っているんだ?」と相手にされていないような印象でした。
当時22歳の私は「うわあ、かわいそう」「私だったら落ち込むわ」と思いながら見ていました。(当時の私って、嫌なやつですが、その後観察し続けました。)
「私だったら泣きながら帰るなあ」
そう思っていたのに。
5分後、まだ話しかけている!!!
「僕たちのビジョンは〜」と続けるPさん。
相手のおじさんは、もう興味をなくして、別の方向を見ている。
まさしく「まったく、Pさんを相手にしていない」。
でも、TANOSHIKAのそのPさんは、相手の目をじっと見て、必死に訴えていました。
「こういう事業なんです」
その目はキラキラしていて、それだけでなく、何かを信じている、確信している目でした。
自分たちのやっていること・していることを疑わない目でした。
「本当に生きづらさ、働きづらさのない世界を、この人はつくろうとしているんだ!!」
私はその時、「この人は、口だけではないんだ」「本当に私たち障がいのある人を救おうとしているんだ」「こんな人…初めて出会った。」と思って、家に帰って泣きそうになりました。
今まで、私が障がいがあっても、みんな口だけ救うと言って、消えていった。
でもこの人は絶対に、私たちを心から信じてくれている。
その目を見てから。
私は、絶対に、どんなことがあっても、あの目を信じて、TANOSHIKAのためにお仕事を頑張ろう!と心に決めたんです。
あれだけ人数が少なくてこじんまりとしていた、 TANOSHIKA。
今や、久留米でも大きい事業所になっている。有名な会社になってしまった。
変化に戸惑うことも、正直、あります。
大々的だったり、時にはとても大きな変化があります。
AKARIも変わったし、人も変わるし、大好きな職員さんも卒業したり。
その度に「えええ!」とびっくりするし、緊張する。
「なんだよ!それ!」と一瞬、イラっと思うこともあるかな😅
それでもやっぱり「私はTANOSHIKAが好きだ」と思います。
それとTANOSHIKAを信じたい!と思う。
それは、あの時、あの目を見たから。それに尽きます。
あんな目は後にも先にも見たことがないのです!
久留米で大きなTANOSHIKAの看板を見ると、「私もTANOSHIKAの一員だ!」と誇らしかったり。
でも、あの初期の頃はもう戻らないんだなあとしんみりしたり。
それでも、やっぱり嬉しくて。
私はTANOSHIKAがどんなに変わっても、何があっても、大好きだなあ。
いろいろな変化がある今、そのことを、改めて思ってしまい、書いてみました!
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