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“好き”は仕事になり得るのか。
好きなことを続けることと、
仕事として成立することは、
同じようでいて、
少し違います。
今回は、
自分がA型事業所で経験した創作活動を通して、
「好き」と「仕事」の距離について書いていきたいと思います。
「作業とスキルの境界」
以前にお世話になっていたA型事業所では、
アメリカンフラワー作りという作業がメインで行われていました。
所謂、造花というものです。
アメリカンフラワーは「ディップアート」と呼ばれるクラフト技法のひとつで、
ワイヤーで花の形を作り、
それを専用のディップ液に浸して膜を作る技法を用いたクラフトです。
参照元 : (日本紐釦貿易株式会社)【保存版】アメリカンフラワー完全ガイド|初心者でも失敗しない作り方と材料選びのコツ2025-04-11
非常に繊細な作業で手先が器用でない方には不向きな内容です。
初心者、中級者、上級者、段階ごとに作る花はある程度指定され
中級者以上だと作品の価格は5000〜10000円と高価なものになります。
私的には非常に楽しい作業でした。
創作活動というものに強く惹かれる性格と相まってすぐに
のめり込んでいきました。
しかし、
先を考えると、
“仕事”というより、
趣味の延長線にしか見えなかった。
その現実は、
自分の中でとても悩ましいものでした。
スキル化とのズレ
アメリカンフラワー作りは、
確かに技術が必要な作業でした。
ワイヤーを曲げ、
花びらを形成し、
ディップ液で膜を張る。
少しの力加減で形が崩れ、
膜が破れる。
単純作業ではなく、
感覚と集中力が求められる、
かなり繊細なクラフトです。
続けていくうちに、
少しずつ技術も上がっていきました。
「作ること」そのものは、
本当に楽しかった。
けれど、
同時に、
ある違和感もありました。
これは、
“仕事としてのスキル”に繋がっているのだろうか。
もちろん、
技術そのものに価値はあります。
極めれば、
美しい作品を作ることもできる。
実際、
上級者の作品は高価で、
職人技と呼べる作品レベルでした。
ただ、
現実的に考えた時、
それだけで生活していける人は、
ほんの一部です。
好きなことを続けることと、
「仕事として成立すること」は、
必ずしも同じではない。
そこには、
どうしてもズレが出てきます。
A型事業所の現場では、
「作業として成立すること」と、
「社会的なスキルとして繋がること」が、
曖昧になってしまう瞬間があるかと思います。
もちろん、
創作活動そのものを否定したいわけではありません。
むしろ、
自分は創作に救われてきた側の人間です。
ただ、
「好きなことをやる」と、
「仕事になる」は、
別の問題でもあります。
その現実を、
当時は少しずつ感じ始めていました。
「じゃあ好きは無意味なのか?」
約一年半、
アメリカンフラワー作りに没頭しました。
帰宅してからも材料を買い、
夜な夜な自宅で花を作る。
気づけば、
仕事と趣味の境界は、
ほとんどなくなっていました。
クラフトの技術も上がり、
作品によっては、上級者に近いところまでいけたと思います。
作った作品は、
事業所を通して販売され、
それなりに評価もされていました。
それは素直に嬉しかった。
「好きなことが、ちゃんと形になっている」
そんな実感もありました。
けれど、
ある時から、
少しずつ手が止まるようになりました。
理由は、
技術ではありませんでした。
「この先」が見えなくなったからです。
もっと上手くなれば、
何かが変わるのか。
もっと作れば、
未来に繋がるのか。
その答えが、
自分の中で見えなくなってしまった。
ちょうどその頃、
事業所の方針も少しずつ変わり始め、
気持ちの面でも、
行き詰まりを感じていました。
このまま続けて、
意味はあるのだろうか。
その問いが生まれた瞬間から、
作品にも迷いが出始めました。
好きだったはずのものが、
少しずつ“義務”に変わっていく。
それは、
想像していた以上に、
苦しいことでした。
好きが「仕事」になる瞬間

今振り返ると、
問題は「好き」であることではありませんでした。
問題は、
その“好き”が、
何とどう繋がるかでした。
作ることが好き。
書くことが好き。
描くことが好き。
それ自体は、
とても大切なことだと思います。
けれど、
仕事になる瞬間というのは、
それが「誰かの価値」になった時なのだと思います。
自分が楽しいだけではなく、
誰かに届くこと。
誰かの役に立つこと。
その接点が生まれた時、
初めて「好き」が、
仕事として成り立つのではないかと思います。
趣味と仕事の境界
今の自分は、
TANOSHIKAでライターとして文章を書いています。
仕事としてAKARIサイトに記事を書く一方で、
noteでは、
もっと個人的な趣味に近い文章も書いています。
仕事と趣味。
その境界を行き来しながら、
今は「書くこと」と向き合っています。
不思議なことに、
アメリカンフラワーを作っていた頃よりも、
今の方が、
“好き”と“仕事”の距離が近い感覚があります。
おわりに
「好きなことを仕事にする」
言葉にすると、
とても理想的に聞こえます。
けれど実際には、
好きだからこそ苦しくなることもある。
評価されること。
数字になること。
続けること。
そこには、
趣味とは違う現実があります。
それでも、
自分は思います。
“好き”は、
無意味ではない。
たとえ直接、
就職や収入に繋がらなかったとしても、
その時間の中で、
自分が救われていたのは事実だからです。
そして今、
ライターとして文章を書きながら、
ようやく少しだけ分かってきた気がします。
「好き」は、
そのままでは仕事にならないこともある。
けれど、
誰かに届いた瞬間、
誰かの価値になった瞬間、
初めて“仕事”へと変わっていく。
趣味と仕事の境界は、
案外、
はっきり分かれているものではないのかもしれません。
だから今日も、
趣味と仕事の間を行ったり来たりしながら、
自分は言葉を書いています。
それが今の、
わたしなりの働き方なのだと。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
また次の記事でお会いしましょう。
ねこパンクでした。
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