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”訳あり冒険者”モリサワです。
モリサワは本来、冒険者として順風満帆に作業療法士として働いている予定でしたが…。
専門学校を卒業する前に境界知能や各種発達障害が原因でパニック障害になり、新卒の病院では双極性感情障がい(躁うつ)になりました。
これにより”訳あり冒険者”として今、ここにいます。
その後、色々な職歴を経て、ものづくり大好きだったモリサワは、最終的にTANOSHIKA CREATIVEへと辿り着き、いつの間にか、視覚障がい者となりました。
本日の冒険譚は、視覚障がい者になったことからものづくりを行う【鍛治師】から、元々存在した白黒思考による過激派思想を持つ【探求者】という、考えて発信することがジョブ(職業)になりました。
その【探求者】モリサワが今回、障がい者差別に対して、思うことを書いていきます。
そして、かつては健常者と思いながら生きていたけれど、今はそうではないからこそ思うことがあるので、今回はそこも発信していこうと思います。
人生って何があるか本当にわかりません。
今回はそんなお話です。
障がい者への差別についての考え
モリサワは、すべての人に障がいのすべてを理解してほしいとは思いません。
健常者の方にとって、その状況がどういうものか想像できないのはこちらもわかることなのです。
そもそも分かっていれば差別も少ないと思っています。最後は受け入れられるかという立場の部分なのかなと思います。
さて、差別をすることにおいて未知のもの、理解できないものを怖いと感じたり、距離を取ったりするのは人間の本能だと思います。
特に日本は、自衛の意識が強いなとコロナ禍の時に感じました。
たとえば椎茸が苦手で食べられないモリサワが、椎茸愛好家にそのおいしさを説明されても、「頭ではおいしさを認識出来ても苦手だから食べられない」のと似ているのかもしれません。
人はそれぞれ違う感覚で生きています。生まれた環境や育ってきた環境さえ違いますもの。人の見え方も多様なように人それぞれ違う感覚も今でいうところの”多様性”だと思っています。
だからこそ、「差別される覚悟」を持たないと生活をやっていけないとモリサワは最近思うようになりました。
しかし、同時に、こうも思います。
人は誰でも、いつ障がい者になるか分からないです。
今は差別される側でなくても、事故や病気や年齢で、明日は自分や大切な人がその立場になるかもしれないのです。
モリサワは、かつて作業療法士という職種だったこともあり、今回の障がい者差別についての思考に辿り着いているのかもしれません。
病院で出会った患者さんの姿から感じたこと
病院で作業療法士として働いていた当時、モリサワが出会った患者さんから
「俺、1ヶ月前までは普通に朝、奥さんに弁当をいつものように作ってもらってたんだ。そして出勤する前に、娘にハグしていつものように二人から”いってらっしゃい”て言われて出勤したんだよ。でもその数時間後には会社で倒れて”障がい者”になったんだ」
と、泣きそうに言われたあの日。
この患者さんはある日を境に”障がい者”になってしまいました。
たとえば、怪我や心身の病気をした後でも、退院をした後は日常に戻らなければなりません。
作業療法士の場合、リハビリテーションを行う際に日常生活(例:食事や歯磨き、靴の履き方皆さんが普段行うこと)や、手段的日常生活(買い物や運転、電車に乗る等)の訓練を行う職種です。
整形外科や脳神経外科にもいれば、精神科作業療法士もいます。
ちなみにモリサワは、TANOSHIKA CREATIVEに来る前は人の最期に寄り添った作業療法士となりました。回復よりも、残された時間をその方らしい生活に寄り添った作業療法士という言い方がいいのでしょうか。
しかし、この当時は回復にアプローチしていた時期です。決められた入院期間中に、その人の障がいレベルにおいてどのように生活にアプローチしていくかがモリサワの担当分野でした。
その間に、ソーシャルワーカー(社会福祉士)と話しつつ、家を見にいき生活動線や段差、今後この患者さんがどのような生活を送れるかを予測していきながら、リハビリを行っていきます。
当時のモリサワは尊敬する上司に相談しながらひたすらに考えていました。
でも途中で自分が担当でいいのか不安になっている部分がありました。
しかし、きっとモリサワが不安になっていたらその患者さんは、より不安になるとおもいます。
不安が伝わりやすいからこそ、どうにか不安だけは絶対に見せないようにしていました。
その患者さんは手帳を発行されたことや、かつて動いていたのに動かない部位を叩きながら落胆していた思い出があります。障がい受容ができないというのでしょうか。
モリサワも夢を見て作業療法士になったつもりが、現段階ではもう作業療法士として現場での復帰は難しい状況になりました。
後にモリサワ自身が、TANOSHIKA CREATIVEに入職した後に、視力がイッキに低下した時と視野が狭くなった時の落ち込みと今後の不安。
それこそ障がい受容がそう簡単にできなかったものと障がいの種類が違えど感覚的にはこういうものだとやっと分かったのです。
少なくともモリサワは、好きで障がい者になったわけではありません。
モリサワのことを産んだ親もそうだと思います。なんせ指摘された時にさえ「うちの子に限って」と思い、検査をさせなかったのですから。
だからこそ、
「差別する以上、差別される覚悟は誰にでも必要である」
これは、かつて自身を健常者だと勘違いして差別をしていた側であり、
今では障がいを持つ側になったモリサワだから言える言葉だと思っています。

優生思想に感じること
時を経て、自分が障がい当事者になり、ネットでは「優生思想」という言葉を目にするたびに思うのは、誰にも、他人の生きることを奪う権利なんて無いということです。
全くの第三者により勝手に自分を殺されては、たまったものじゃないです。
子供は親を選べないけれど、それと同じく障がいを持ちたくて生まれてきたわけではないです。生まれてきた以上、育つ環境を選べないのは親や家族、家庭環境もそうです。
しかし何かあった時、人からの支援はどう言う形であれ、結局誰もが必要としているのには変わらないと思っています。
障がいを持って生まれてきたとしても、そうでなくても、そこに命がある限り、他人に生きることを否定される理由は絶対にありません。
この世に生を受けた以上障がい者も健常者も一人の人間であり、生きる理由も権限もそこに存在すると思っています。
かつて、勝手な優生思想により自分の働く施設で「障がい者は不幸を作ることしかできない」「生きていても意味がない」「意思疎通のできない人間は不幸である」云々言って多くの利用者を殺害した死刑囚がいました。
その死刑囚の勤める施設にモリサワはいませんでしたが、作業療法士や介護での現場経験として、何かしらの意思表示やジェスチャーはあったと思っています。
モリサワが在学していた学校でこの話を教卓でしていたとある教諭が、死刑囚の意見に対して「これは綺麗事ではない」と話していました。
綺麗事ではないとして、「では、だからといって人を殺めて良いのか?」という問題があります。
その教諭にも家族がいます。
ではこの死刑囚やこの意見に賛同している方、その方たちが大事にしているご家族は、
本当にずっと健常者である自信はあるのだろうか
というお話です。
結局、そういう意見は、当事者でない立場だから言えることなのです。
この冒険譚では、表現方法として、分かりやすくするためにゲームで表現をしていますが、この問題だけはゲームのような話ではないのです。
障がい者だから働けないのか?
「障がい者は働け」なんて言葉もありますが、実際に生活をするために働こうと思っていたのに、障がい者雇用の求人に受からなかったこともたくさんあります。(※この話は後の冒険譚で)
そこには日本の根性論や、かつて存在した”優生保護法”の名残があることにより”障がい者は迷惑をかける”だとか、”障がい者は働けない”と言うイメージが根付いてしまった結果かもしれません。
しかし、我々障がい者も当たり前に、人なので、人格や努力次第というより工夫次第だと思います。
訓練をした上で、改善できる部分は訓練して、配慮がなされれば働くことはできるのではないかなと思うことがあります。
人間は完璧ではない
過去に「脆弱性」というタイトルのショートドラマを見ました。
(※FODという配信サイトに加入してある方は是非見てみてください。少し過激さ(暴力シーン等)がありますので、精神的に余裕があるときに見ることをおすすめいたします。)
物語自体は、AIが発達した時代で「完璧なアンドロイド(人間型ロボット)がもし家政婦になったら」というもの。
最終的に、この作品で「このアンドロイドにはエラーがないことがエラー」だと気付かされます。
つまり、「人間は完璧ではない」ということです。
これを見たのが、間違った完璧主義を持ち、
「もっと失敗もせずに完璧でできる人間であれば良かった。」
と、
かつての冒険者モリサワが完璧でないことに勝手に失望して失敗してゲームオーバーになった後の時期に見たので、今でも心に残っている作品です。
この記事を書くにあたって
今回は、”障がいと差別”について書きました。
「障がい者に対する差別について」を書くことには勇気が入りました。
しかし、一番AKARIというこの媒体で諦めずに妥協せずに書きたかった部分でもあります。
かつてのモリサワは、自分はずっと健常者だと信じて無意識の差別をしていました。
でも現実は違いました。
実際には生まれながらの境界知能や発達障がいがあり、やがて精神障がいも重なり、職歴も増えていきました。
そうです。求人を探すも、「障害かあ…」とため息を吐きながらモリサワを落としていく面接官。
そうです。もうこの時モリサワは、
差別される側になっていました。
最近では、身体障害者手帳が発行されたことにより、視覚障がい者にもなってしまいました。
以前、視覚スキル編にて、障がい者の社会参加について書きましたが、実際問題、日常生活では配慮をしていただける反面、白杖を持てば偏見の目。そして差別用語を言われました。
今もたまに言われることもあります。
以前モリサワが記事を作成して今の見え方を伝えた結果、最近やっと親が白杖を使うことの大事さを認めてくれました。
そしてもう一つ。モリサワはSNSを結構見ています。
SNSでは匿名で障がい者に対して健常者の方が「差別発言」や「優生思想」を持つ発言を見ることから、今回はこの”立場”という部分について書きました。
そして、この立場という面において言えば、今住んでいるグループホームに今後、通っていた専門学校の後輩や同級生、先輩が職員として入ってくる可能性が、実は目の前に存在しています。
なんか気まずいですよね。かつては一緒に学んでいたのにある日、一方は職員で一方のモリサワは利用者という立場。
最初はスキルの一つでもある言語化ができずに動揺だけしていましたが、公認心理師がモリサワの拙劣な言語と思いを汲み取ってくれました。
「今の自分の立場の生活圏内にかつての学校関係者が来るのは立場が変わったと自覚して劣等感を抱いていませんか?」
と言ってくれた時に、「そう、それだ!」と、言語化できていなかった動揺の中の、心のモヤモヤが晴れた気がします。
それまでには、きちんと「今のグループホームを出て一人暮らしが出来たらな」と思うのです。
これらのたくさんの経験のもと、今回はあえて書きました。
追記:「多様性」という言葉について【探究者】モリサワの考え
最近、モリサワが思うこととして、「多様性」と言いながら、それぞれ違う色の付箋を貼って「これは良い」「これはダメ」のような感じがしています。たまにその付箋に名前をつけたりしたりとか。
ただ、本来のモリサワの思う「多様性」は、「クレヨンでそれぞれの色を塗ったときに紙の上で指を使い、他の色を擦った時にできる新しい色」のような。それこそスペクトラムと言ったら分かりやすいのでしょうか。そちらだと本来は思ってます。
もちろん区別は大事です。
差別は本能とはいえ、相手のこと(立場)を考えようということだなと思わされることが多いです。
最後に
そんな今日は冒険譚で【探求者】として、真剣に考えてみました。
記事のタイトルを見たとき、どんな印象を持ちましたか?読んだ後で印象は変わりましたか?
読んで感じたこと、モヤモヤしたこと、何でも歓迎です。
匿名で構いません。コメント欄でお待ちしております。
今後も、最近手に入れたスキル:言語能力LV.1で、思うところを書いていこうと思います。
今回のこの裏の話はnoteの方にも書いています。
今後ともよろしくお願いいたします!
スキル編:視覚障がいの記事は以下2つになります!













むっちゃ面白かったです。同じく立場が変わった者として共感できる部分と、モリサワさん独自の視点から「ほうっ、そう感じるか!」という感想がありました。やまゆり園の話にも触れられてますが、時代が進みあの当時とは変わって来たなと感じる一方、SNS等で頭でわかっててもっていう人々が変わらずいて、その部分にも切り込んでいって勇者ぶりを遺憾無く発揮されててすごくいいなと感じます。言語化がとても気持ちよくされてて秀逸な文章でした。書いてくれてありがとうございます。^^
バクパクさん初めまして!モリサワと申します!
今回のこの記事におきましては、賛否のあるコメントが来る覚悟でいました!それでも、未来の自分の姿はわからないからこそ
あえて書きました!
やまゆり園についてもそうですが、どこか皆様全て他人事なのです。確かに他人かもしれませんが、SNSだからこそ書いていいわけではないとも思っています!
今回のコメントにおきまして、バクパクさんに届いたことが、読んでくださったことが本当に嬉しい限りです。
言語スキルはまだまだ低いのでこれからもっと上げていこうと思います!
こちらこそ、読んでくださり、初めてのコメントをありがとうございました!心から感謝いたします。