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朝、起きれない日がある。
それは、わりと当たり前のようにやってくる。
アラームは鳴っているのに、体が動かない。
目は覚めているのに、「起きる」という行為だけがやけに遠い。
やることは分かっている。
仕事もあるし、やらなきゃいけないこともある。
猫が反応して「起きろ」と言ってくる。
「すまない、まだ無理。ちょっと待って。」
でも、できない。
そんな日が、普通にある。
「普通」ができないという現実
毎日同じ時間に起きる。
決めたことを続ける。
自分をコントロールする。
たぶん、これが「普通」と呼ばれているものなんだと思う。
でも、それができない。
笑ってしまうくらい、できない。
やろうとしても続かないし、
一度崩れると、そのまま何日も引きずる。
「自己管理ができていない」と言われれば、
たしかにそうなのかもしれない。
でも、できないものは、できない。
ズルズルと、できない日が繰り返される。
それも、当たり前みたいに。
崩れるパターンはだいたい同じ
最初は、ちゃんとやろうとする。
スケジュールを立てて、
毎日やることを決めて、
少しだけ頑張ってみる。
最初の数日は、うまくいく。
でも、ある日突然、止まる。
理由は大したことじゃなかったりする。
少し体調が悪かったとか、
気分が乗らなかったとか、
ただそれだけ。
でも、その「ちょっとしたズレ」で全部崩れる。
一日できなかっただけなのに、
その一日が妙に重くて、
次の日も動けなくなる。
気づいたら、何もしていない時間だけが積み重なっている。
テーブルに並んだ、飲み終わったグラスや空き缶が、
それを静かに物語っている。
じゃあどうしているか
正直に言うと、
うまくやれているわけじゃない。
それでも、完全に止まらないために、
いくつかやり方を変えている。
ちゃんとするのをやめただけ、と言えばそれまでだけど、
たぶんこれが一番現実的だった。
「ちょっとだけやる」を許す
完璧にやるのは無理なので、
ほんの少しだけやる。
記事を書くなら一行でもいい。
パソコンを開くだけでもいい。
それを「やったこと」にする。
体や精神が不調のとき、
一行書くことすらかなり難しい。
その前に、パソコンを開いて、
ログインするという“儀式”を通過しなければならない。
普通に考えたら当たり前のことだけど、
調子が悪い時のこの儀式は、けっこう重い。
感覚としては、
神様を祭壇に呼ぶくらいの難易度がある。
だから、パソコンを開いただけでも十分。
そこまでできたなら、ちゃんと頑張っている。
ダメな日は最初からダメでいい
今日は無理そうだな、と思ったら、
無理に立て直そうとしない。
その代わり、完全に崩れきらないようにだけ気をつける。
何もできない日を、
「完全な失敗」にしないための最低ラインだけ残す。
理想はこのあたり。
- ちょっとだけ失敗
- まあまあ失敗
- 今日は失敗だったかも
ここで大事なのは結果よりも、
取り組んだかどうかだと思っている。
取り組んでみたけどダメだった。
自分はそれで十分だと思っている
継続じゃなくて「復帰」を見る
毎日続けることは、正直ほとんどできない。
だから、続いた日数じゃなくて、
戻ってこれたかどうかを見るようにした。
3日止まっても、4日目に戻れたらOK。
むしろ、その「戻り方」のほうが大事だと思っている。
自分の場合はこんな感じになる。
月曜日、朝から意識が沈んでそのまま1日終了。
火曜日、朦朧としながらパソコンと向き合う。まずは儀式。
儀式さえ通過すれば、あとはゆっくり動き出す。
水曜日になると、だいたい通常運転に戻る。
2日止まって、3日目から戻る。
それでも十分だと思っている。
それでも普通に崩れる
こういうやり方にしても、
何もできない日は普通にある。
何日も止まることもあるし、
「ああ、またか」と思うことも多い。
安定なんて、ほとんどしない。
ちょっとしたことで、
本当に些細なことで、
いとも簡単に崩れる。
だから「頑張る」というより、
なるべく止まらないように調整している。
頑張っても崩れるときは崩れる。
だったら、崩れる前提で動くしかない。
多くは望まない。
少しだけ前に進めればいい。
一歩って、思っているより重い
一歩踏み出すって、簡単そうに見えて、
実はかなり大変なことだと思う。
人はその一歩が出せなくて、
悩んで、苦しんで、止まる。
でも状況によっては、
無理に踏み出さなくてもいいとも思っている。
苦しいのに、わざわざ茨の道を進む必要はない。
自分と対話しながら、
もう少し慎重に進んでもいい。
それでも、回すしかない
「これでいい」とは、あまり思っていない。
できるなら、ちゃんとやりたいし、
普通にこなせるなら、そのほうがいい。
でも、今の自分はそうじゃない。
だから、やり方を変えるしかない。
ちゃんとできないまま、
それでも今日をなんとか回していく。
きれいな方法じゃないけど、
今のところ、それが一番現実的だと思っている。
おわりに
ちゃんとできない日は、これからも来る。
むしろ、できない日のほうが多いかもしれない。
それでも、完全に止まらない形を探しながら、
なんとか続けていくしかない。
うまくやるためじゃなくて、
終わらせないために。
自分にできることはシンプルだ。
出社して記事を書く。
帰宅して、テーブルの空き缶を片付ける。
少しでも過ごしやすい環境をつくる。
それだけ。
簡単そうに見えるかもしれない。
でも、それができないから、こうやって苦労している。
今日も、そんな感じでやっている。
たぶん、明日も同じだと思う。
明確な答えなんてない。
その人が何を抱えているのか、
どんな状況にいるのかで、選択肢は変わっていく。
だから、自分は今日も、
ちゃんとできないまま、
なんとか一日を回していく。
それだけだ。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
また次の記事でお会いしましょう。
ねこパンクでした。
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