人工股関節置換術の当事者と当事者家族で語る、手術やリハビリ、日常生活の工夫-第4回AKARI Cross Talk-前編

手術で生活はどう変わる?人工股関節置換術前編というテキストと股関節のイラスト

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いつもAKARIの記事を読んでいただき、ありがとうございます!

こちらはAKARIのライターさんによる対談企画、『AKARI Cross Talk』です!

今回は第4回として、人工股関節置換術について、当事者であるmakoさんとりんごいくらさん、そして当事者家族であるねこパンクさんのお三方をお招きしました。

病歴も手術に至ったきっかけもバラバラですが、その分色んな角度から考えるきっかけになりました。貴重な体験談を聞かせていただきましたので、ぜひ最後までご覧ください!

人工股関節の手術に至るまで

脚の付け根に手を添える女性

島川:人工股関節の手術を受けるまでに至ったきっかけについてお聞かせください。

mako:2008年ごろの話で、当時は40代でした。

私は立ち仕事をしていたのですが、股関節とは全く関係のない、腰痛と足のだるさに悩まされており、当時は整体に通っていたのですが、症状がなかなか治りませんでした。

それから整形外科を受診して、『臼蓋(きゅうがい)形成不全による変形性股関節症』の診断を受けたんです。

※「変形性股関節症」とは

主な症状は、関節の痛みと機能障害です。股関節は鼠径部(脚の付け根)にあるので、最初は立ち上がりや歩き始めに脚の付け根に痛みを感じます。

関節症が進行すると、その痛みが強くなり、場合によっては持続痛(常に痛む)や夜間痛(夜寝ていても痛む)に悩まされることになります。

一方日常生活では、足の爪切りがやりにくくなったり、靴下が履きにくくなったり、和式トイレ使用や正座が困難になります。また長い時間立ったり歩いたりすることがつらくなりますので、台所仕事などの主婦労働に支障を来たします。階段や車・バスの乗り降りも手すりが必要になります。

引用元:公益社団法人日本整形外科学会「変形性股関節症」

朝、昼、夕、と鎮痛剤を服薬していましたが、その効果を感じず、じっとしていても股関節がうずくような痛みがあり、他にもふくらはぎや太もも、臀部といった場所に常におもりを付けたような重だるさを感じていました。一番きつかったのは、痛みで毎晩眠ることができなかったことですね。

最初は股関節が悪いことを自分では全く自覚していなかったのですが、レントゲンで初めてわかりました。
「他の人よりも大腿骨を覆う臼蓋(きゅうがい)部分が両足ともにかぶりが浅く、そのために変形性股関節症を起こしている」という説明を受けました。

診断を受けてお医者様から「重いものを抱えたり、立ち仕事はすぐに辞めてください。そうしなければ、将来車いす生活を送ることになります。気をつけてください。」と言われました。しかし、それから家族のいろいろなことが重なって、手術までに15年も経ってしまいました。 

りんごいくら:私は白血病を患っていて、過去2回の再発では骨髄移植を受けました。

29歳のときに骨髄移植をしないまま3回目の再発をし、白血病のがん細胞が脳まで転移して炎症を起こしていたため、抗がん剤治療を行いました。

その際に大量に投与されたステロイドの副作用で、大腿骨頭壊死症(だいたいこつとうえししょう)を発症してしまったんです。

そして31歳のときに、病状が末期まで進行したため、人工股関節置換術を受けました。 

なので、おおもとの原因はステロイドにありました。

※大腿骨頭壊死症とは

比較的急に始まる股関節痛と跛行です。長い時間かかって進行する変形性股関節症と違って比較的急性に発症し、関節の変形による機能障害は初期にはあまり見られません。

軟骨で被われた大腿骨頭が関節内に深く納まって血流障害を起こし、骨の壊死が引き起こされ、壊死した骨の部分が大きいと体重を支えきれなくなり、潰れて(陥没変形)しまい痛みが出ます。

参照元:公益社団法人日本整形外科学会「特発性大腿骨頭壊死症」

ねこパンク:私の亡くなった父は、様々な病気を患っていて、その病気の1つに膠原病があり、複数の症状を抱えていました。

父本人は話したがらないタイプの人でしたので詳しくはわかりませんが、皆さんと同じように、何年間にもわたってステロイドで痛みを抑えていました。

4〜5年かけて、膠原病による股関節の軟骨のすり減りとステロイドの副作用も重なって、だんだんと自分で歩けなくなっていって、60代で手術に至ったというのが大まかな経緯です。

手術に関して

人工股関節

島川:手術の前後で印象的なことはありましたか?

mako:その頃は親の介護、夫の病気など、いろいろなことがあったので、「ずいぶん年数がかかってしまいました」と整形外科の先生に伝えました。

そのときに、「大丈夫ですよ。今から治していきましょう。」と言っていただけたことで、

「まだ自分も頑張ろう」という気持ちになって、ありがたかったです。

りんごいくら:手術の前はまだ血液内科にいました。

2019年に無事に退院して2020年になったとき、世間はコロナで大騒ぎで、久留米大学病院も本当に感染した患者さんでいっぱいになっていました。

私は病院の邪魔になりたくないし、医療従事者さんの仕事を増やしたくないので、病院に相談することを遠慮していたんです。

大腿骨頭壊死症は進行していたのですが、痛いぐらいで病院に電話したくないと思っていました。友達が大学病院で働いていて、かなり忙しいとも聞いていたので。

「生きとるだけでいいやん」と思って1年間ずっと我慢していたら、どんどん壊死症が悪化し、年末になると、症状が末期まで進行して、もう15秒も立てなくなっていました。

それから、2021年に年が明けてから整形外科に行って手術をしたのですが、「我慢しすぎてこうなった」という感じです。

手術でカピカピになった関節を取って、新しい人工関節を入れてもらったので、病気そのものはなくなりました。

手術の後は「股関節に何かついたけど、もう痛みがなくなったからラッキーぐらい」の感覚で生活していました。 

島川:それはありがたいですね。そのぐらいガラッと変わるものなのですか?

mako :ガラッと変わるのは、人によると思います。

私はほったらかした状態が長かったので、筋肉がほとんどない状態でした。

病院から、「ある程度リハビリで筋肉を回復させてから手術を受けましょう」と言われたのですが、なかなか思うように筋肉がつかなくて。

手術の前に先生から説明を受けたとき、耐用年数は20年から30年と聞いて、タイミングについてすごく悩みました。
出来ることならば手術を受けるタイミングを少しでも伸ばしたいと思い、頑張ってリハビリを行ってみたのですが、結果的には痛みに耐えきれなくなって、手術を決断しました。

島川:手術前に想像していた術後像と、実際の術後で何かギャップを感じたことはありますか?

mako:手術を受ける前、手術を受けたら、またいろんな仕事ができたらいいな、と思っていていました。

実際にはこの年齢で探せる仕事となると立ち仕事が多くて、選択肢が狭いんですが、それでも頑張ろうと思っていたんです。

ですが、「しゃがむことはできません」「できるだけ重いものは持たないでください」のような動作制限がかかることが術後にわかりました。

先生からも「立ち仕事はできるだけ避けた方がいいです」と言われました。

動作制限があるとは思っておらず、病院で聞いたときは、「どうしよう…」とショックを受けました。

でも、病院の中でだんだんリハビリをしていく中で、初めて外に出られた日があったんです。

その時の感触を今でも鮮明に覚えていて、「自分の足で土を踏みしめてる〜!」という感動がありました。

今も動作制限はあるものの、手術を受けてよかったなと思ってます。 

りんごいくら:私は最初に基山のA型事業所に入ったんですけど、そこは手帳を持っている人が集まる事業所であって、そもそもがん患者がいなかったんです。

10年間ずっとがんの世界にいたので、そこから障がい者の世界に入り込んだときに、「がん患者がいない!」と感じて、そのギャップがもう20代の時はつらかったです。

島川:今まで同じがん患者の方と関わってこられてきたので、様々な状況の方がいる世界に入ってきたら、戸惑ったでしょうね。

りんごいくら:そうでしたね。今はお陰様でだいぶ落ち着いています。

リハビリに関して

リハビリに励む女性

島川:日常生活に戻るためのリハビリはどのくらいかかりましたか?

mako:手術前に先生から「リハビリを開始しましょう」と言われて、7ヶ月間リハビリをしました。

退院後は4ヶ月間ほど整形外科に通ったんですけど、その間に転倒して肩を痛めてしまったんです。

やはり、なかなか筋肉がつかなくて、足が安定してなかったんですね。

その関係もあって整形外科で肩も一緒に診ていただいていました。

整形外科がすごく患者さんが多い病院で、待ち時間がとても長くストレスもあったのですが、少しでも良くなればという思いで週2回リハビリに通っていました。 

普通の方は、退院後にリハビリに通うことはあまりないのかもしれませんが、私の場合は少し長い方かなと思います。 

島川:前後合わせたら1年ほどリハビリしてますね!本当に大変でしたね。

りんごいくら:私の場合は、右足と左足それぞれで手術とリハビリの入院をしたので、合計で半年間でした。

手術を受けてから2週間は安静にしないといけないので、2週間後にリハビリ病棟の方に移動して2ヶ月間ぐらいしました。

日曜日は休みでしたが、毎日担当の理学療法士の方とリハビリをしていました。

島川:どんなリハビリをされていましたか?

りんごいくら:最初は関節の可動域の確認をしながら、両手に鉄棒を握って立つ練習をしていました。

それに慣れてきたら次はエアロバイクと、あとはリハビリ室にある階段の上り下りなどをしていました。両足手術をして、リハビリも2回もしたので、よく覚えています。

ねこパンク:今も出勤や退社のときに階段を使うでしょう?

もう全く苦になるような感じはない?

りんごいくら:もう全く。おかげさまでなにもなくサクサク上ってます。

一同:(笑)

りんごいくら:階段は数少ない筋トレ場所になっていて、リハビリをしていたから諏訪野に通うことができたので、筋肉がついてからは、休日に結構いろいろなところに行ってます。

ねこパンク:いつも「大丈夫なのかな?」と思ったりして見いてたのですが、考え方次第ですね。

mako:私の場合、「体につけられた点滴薬が外れたら、リハビリを開始します」と言われました。手術後は傷も痛くて、車椅子に乗ることさえ辛い状態だったのですが、すぐにリハビリが始まりました。

傷は痛いし、動かしていると筋肉痛にもなるので、アイスノンをもらって冷やしながらリハビリに取り組んでいました。

それから、ある程度日にちが経つと、「理学療法士によるリハビリ以外にも、ご自分で自主トレもやってください」と言われました。

動いても動かなくても痛いので、痛みとの戦いがずっと続いていました。

なので、お話を聞いていて、本当に人それぞれだなと思いました。

島川:術後の痛みについては、どのような状況でしたか?

りんごいくら:一番最初の右足の手術が終わったときは、全身麻酔だったので意識がなかったんです。

目が覚めたらもう夜になっていたんですけど、手術した傷口がかなり痛くて。

もう本当に痛くて痛くてギャーギャー叫んでしまいました。

そのときはもう夜でしたから、看護師さんが「やかましいから」と、ベッドごとナースステーションの後ろにある処置室に連行されて、「じゃあここで寝とって」と言われました。

それから、あまりにも痛いので「モルヒネ持ってきて」「マイク持ってきて」「イテイテイテイテ」とか、ぎゃんぎゃん言っていました(笑)

痛み止めはしっかり入っていたんですけど、そのときは効果が切れてたんです。

ねこパンク:切れたらもう痛みがすごいんだ?

りんごいくら:右足は泣きましたけど左足もう慣れてたからですね、ツーンみたいな(笑)

一同:(笑)

島川:リハビリが進んでいくにつれて、痛みの度合いや動きに関して変化はありましたか?

mako:傷の治り具合は数ヶ月単位で、少しずつしか治っていきませんでした。

術後のリハビリは、質のよい人工股関節が入っていても、やはり長年の体の癖を矯正しようとすると身体中に筋肉痛が起こって、慣れるまでに長い年月がかかりました。

島川:新しい関節を使いこなすために、体の動きを変えないといけないのですね。

mako:はい。なので私は、体感で覚えていくようなリハビリをさせられました。

りんごいくら:私の場合は、ガバっと開いたように見える傷口が、腰の外側に20センチぐらいありました。他の方から「すみません。腰に何かついてますよ。」と言われたこともあります。

なので、温泉とかに行くのが恥ずかしかったです。

ねこパンク:女性はそういうの気になるよね。

術後の脱臼予防と「日常生活の工夫」

手すりに摑まる女性

島川:人工股関節の方が、やってはいけない動作や、しない方が良いことには、どんなことがありますか?また、家や職場、移動中にどんな工夫をしていますか?

mako:私は人工股関節をつけている関係で、股関節を90度以上曲げられません。

しゃがんだり、足を組むことができないので、おもちゃのようなマジックハンドを病院で勧められて買いました。下のものを拾うときは、術後しばらくはそれを使いました。

工夫としては、「お尻が沈み込むようなふわふわのソファーに座らないこと」です。

座ると、お尻より膝が上に来るので、股関節に負荷がかかって立ち上がれなくなります。

なので、私は未だに職場の椅子も高さを一番上まで上げて調節しています。

足が床につかなくてブラブラするんですけど、やはり少し低い椅子に座ると股関節が痛くなるんですよ。

もともと左側も少し変形していることもあって、座った時に股関節が90度より深くならないように気をつけています。

あと、医師からの助言で、生活環境を入院前の早い時期から変えるように言われました。

・杖を使いましょう。(私の場合、術前から術後も約1年半ほど使いました。)
・布団からベッドへ変えましょう。
・テーブルと椅子の生活にしましょう。
・トイレは洋式を使うようにして、出来れば手すりを付けましょう。
・お風呂にバスチェアを置いて、入り口とお風呂の浴槽に手すりもつけましょう。


我が家は夫の両親と暮らしていて、すでにトイレやお風呂場に手すりをつけており、バスチェアもありましたので、特に準備はせずに助かりました。

りんごいくら:私もmakoさんと同じく90度以上曲げないことと、あとは爪切りです。

最初は足の爪切りができなかったので、お母さんにしてもらっていました。

島川:普段の爪切りはどうされているんですか?

mako:良い方の足は自分でできるんですけど、反対の足は老眼の入った夫に頼んでいるので、おっかなびっくりです。身を切られそうで怖いんですよ(笑)

それもちょっと困りごとですね。

りんごいくら:あとは、5本の指が入る靴下はもう履けなくなりました。

島川:足先に手を届かせるのが大変ですもんね。普段は靴下とかはどうやって履かれてるんですか?

りんごいくら:ソックスヘルパーを使います。

本体部分は、かかとから足の裏を包み込むような柔らかい筒状で、プラスチックのような素材です。その両端に紐がつけられています。

まず、その筒状の本体に靴下をかぶせてセットし、そこに足を深く入れます。

あとは両側の紐を手前に引っ張って本体を引き抜けば、靴下が履けます。

※以下はソックスヘルパー本体と、実際に使用している様子の画像と動画です。

ソックスヘルパーの開いた状態 ソックスヘルパーの閉じた状態 ソックスヘルパーに靴下を通した状態ソックスヘルパーを引っ張っている様子 靴下をはいた様子

りんごいくら:ストッキングを履くときも結構使ってます。

ねこパンク:よくできていますね!女性はストッキングを履くこともありますよね。

mako:ソックスヘルパーがないと履けないので、ほぼ毎日使っていますね。

りんごいくら:あとは、作業療法士さんが入院中に使うリーチャーを作ってくれました。

「靴下を履くためのリーチャーを作ったから、材料費で三百円ちょうだい」と大真面目に言われましたね。

mako:リーチャーというのは、フックが付いた30センチぐらいの長さの棒です。
例えば、フックに引っ掛けたズボンやスカートに足をまずは通して、それを引っ張り上げて履くんです。そのための道具になります。
今は、要領が良くなってそれを使わずに服が着られるようになりました!

※以下はリーチャーの画像です。ものを取ったり、ズボンを履くのにも重宝します!

ねこパンク:父はそれを持っていたかな?

mako:病院によって違うかもしれません。

たまたまですが、りんごいくらさんと私は同じ久留米大学医療センターだったんですよね。

ねこパンク:うちの父も久留米医療センターでした。
今もいらっしゃるのかはわかりませんが、医療センターには偉い先生がいらっしゃって、皆さんその先生をピンポイント狙いで行かれるそうです。

mako:私たちの場合はここ何年か前のことなので、そういう道具を病院の方で販売してくださるようになったのは、もしかしたら最近のことかもしれません。

島川:服装や靴の選び方について、困ったことや、工夫していることなどありますか?

mako:「紐やベルトが無くて、できるだけクッション性の良いスニーカーを選んでください」と言われました。

そのことで最近だと有り難いのが、スリップインというタイプの靴です。

ねこパンク:うんうん、スケッチャーズとかですね。

mako:そうですね。立ったままスポッと履けるような靴を選んでいます。

最初は靴べらを使っても、スニーカーの前の布のところが中に入ってしまうんです。

あれがどうしようもなくて、靴を履いていると違和感がずっとあったんですけど、スリップインの靴ができて本当に助かっています。

ねこパンク:あれは革命なのかもしれませんね。

mako:嬉しいですね!それまでは靴べらでなんとかしようとしてたんですが、上手くいかないときもありました。

あとは、ヒールのある靴を冠婚葬祭とかで履いてみたんですが、履くと体幹が崩れるのか、たちまち腰や膝が痛くなったりとかするので、ヒールのある靴は、私の場合もう無理かなと思ってます。 

島川:冠婚葬祭用にスリップインの靴を開発してほしいですよね。

mako:そうですね。そんなのができたらいいのに。

ねこパンク:うちの父親は革靴派の人だったから、紐のないスリッポンシューズでしたね。

そのような靴が玄関に沢山ありました。

「スニーカーを履けば?」と心の中で思いつつも、こだわりがあったんでしょうね。

でも、本人が嬉しそうに履いているから、それが一番かなと思いますね。

mako:あと便利だった補助具で、入院時に用意するよう言われた大きめで厚みのあるクッションがあります。

寝るときに術側の足をかばうためというか、手術後に足が内側に向くと脱臼の原因になるので、「両脚の間にクッションを挟んでください」と言われたんですね。

島川:固定するということですか?

mako:そうですね。今でも『ちょっと足が内側に入りそうかな?』と感じたときは、クッションを脚の間に挟むようにしています。

りんごいくら: 同じです。ぬいぐるみを当ててます。

ねこパンク:うちの父親がぬいぐるみを挟んで寝てたら、絵面的に全然可愛くないので嫌ですね。

一同:(笑)

前編はここまででです!

後編もお楽しみに!

『AKARI Cross Talk』について

AKARIではこれまで、座談会などのトーク企画を様々な形で行ってきました。

この度、メンバーさんと行っていた座談会の名称を『AKARI Cross Talk』と改めています。

Cross Talkには、「座談会」「対談企画」という意味があり、お互いの個性や経験が掛け合わさり、新たな魅力を発信したいという想いを込めました。

今後も同じような悩みや経験がある方で集まって、お話しした内容を共有できればと思っています。

以下はこれまでのAKARI Cross Talkです。ぜひこちらも併せてご覧ください!

第1回【ライターさんで集まって好きなものの話などをしました】

https://akari-media.com/2026/07/06/member-3760/

https://akari-media.com/2026/07/07/member-3767/

第2回【お互いの日常の困りごとについて話しました】

https://akari-media.com/2026/07/10/member-3740/

第3回【The piasu×海音でCross Talkを行いました】

https://akari-media.com/2026/08/24/member-3801/

また、トークの中で出た、よりディープな内容については、有料noteでも発信しています。

こちらもぜひ購入して読んでいただけると嬉しいです!

https://note.com/mio0053/n/n4efcddfb9e3c

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