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パラスポーツと聞いて、皆さんはどのような印象を持たれるでしょうか。
人によっては「自分とは少し遠い世界の話」と感じるかもしれません。
ですが、その方の人となりを知り、競技への想いや仕事との両立について、熱く語る姿を知れば、パラアスリートの見え方は変わってくるはずです。
今回は、株式会社アシックス所属のパラ陸上アスリートであり、社内では一社員としても活躍されている、田巻佑真選手にお話を伺いました。
片脚切断という大きな苦難を乗り越え、現在は100m、200m、走幅跳の3種目で世界の頂点を目指す田巻選手。競技に対する熱い想いや日々のこだわり、そして社員アスリートとしてのリアルな歩みについて語っていただきました。
パラアスリートとしての歩み

アシックス所属パラアスリート 田巻佑真選手 提供:株式会社アシックス
Q. パラスポーツとの出会いについて教えてください。
僕は小学生の頃、病気によって片脚を切断しました。
当時は「もう一生走れなくなるかもしれない」と大きなショックを受けたのですが、切断して間もなく、スポーツ用義足の存在や、義足で走る人たちの練習会を知りました。
練習会に参加して、義足で風を切って走る人たちの姿を目の当たりにし、「足を失っても、もう一度走れるんだ」と衝撃を受けたのがパラスポーツとの出会いです。
「僕もスポーツ用義足を使って再び走りたい」と強く思うようになり、それをきっかけに再び走り始め、次第に競技として本格的に取り組むようになりました。
Q. これまでで最も苦しかった時期や、壁を感じた経験はありますか?
切断後、周りの子どもたちと同じように身体を動かせなくなった時期は本当に苦しかったです。もともとは外で遊び回るのが大好きな少年だったのですが、今まで当たり前にできていた動きが突然できなくなりました。
友達と同じように動けなかったり、遊びやスポーツの輪に入っても「足手まとい」になってしまうと感じ、大好きだった外遊びやスポーツを素直に楽しめなくなりました。
そんな時、義足でスポーツを楽しむ人たちと出会い、「片脚でも走れる」「もっと速くなれる」という可能性を知りました。
そこから、「できないこと」に目を向けるのではなく、「どうすればできるのか」を考えるようになりました。
Q. 田巻選手が思う、パラスポーツの魅力とは?
一言で表すなら「可能性」です。
義足であっても速く走れますし、高く跳ぶこともできます。
イベントで初めて義足を履いた子どもが、最初は怖がっていたのに少しずつ歩けるようになり、最後には笑顔で走ったりジャンプしたりして「もっとやりたい!」と言ってくれる瞬間がありました。
僕自身もパラスポーツを通して、自分ができる世界がどんどん広がっていくのを感じました。
また、パラスポーツには多様な障がいの中で競技を行うための「工夫」がたくさん詰まっています。
だからこそ、今スポーツを楽しんでいる人がもし怪我や病気で身体に変化を抱えたとしても、「運動を楽しむことができる」と示せるのがパラスポーツの素晴らしさです。
「できない」を「できるかもしれない」に変えてくれる、そこがスポーツの魅力だと感じています。
競技パフォーマンスと日々のこだわり

競技に真剣に取り組む田巻選手 提供:株式会社アシックス
Q. 選手としての最大の強みは何ですか?
現状に満足せず、成長に向けて日々試行錯誤を積み重ねられることです。
私は短距離をメインにしていますが、もともと足が特別速かったわけでも、優れた運動センスがあったわけでもありません。
だからこそ「どうすればもっと速くなれるのか」を常に考え、走り方やトレーニング方法、身体の使い方を少しずつ改善してきました。
思うような結果が出ない時でも、「自分には無理だった」と諦めるのではなく、「何を変えればもっと速くなれるか」を考えて行動に移す。
その試行錯誤の積み重ねができることが、今の自分の強みだと思っています。
Q. メダル獲得に向けて、特に重点を置いているアプローチは?
100mを中心に、トップスピードの強化だけでなく「そのスピードを最後まで維持する力」を意識して練習しています。
短距離は瞬発力のイメージが強いですが、100mを最後まで失速せずに走り切るには、ある程度の距離を走り込むスタミナが必要です。
そのため、200mや300mといった長い距離の走り込みにも取り組んでいます。
正直、長距離の練習はあまり好きではないのですが(笑)。
それでも苦しい練習で培った土台があるからこそ、100mの後半の伸びや、200m・走幅跳での勝負強さにつながっていると実感しています。
Q. 競技中や練習で一番意識しているポイントを教えてください。
実は、本番の競技中には余計なことを考えないようにしています。その代わり、練習の段階で「自分がどう動きたいか」の理想像を明確にイメージすることを徹底しています。
自分の中にないイメージを身体で表現することはできません。
そのため、トップ選手の映像を何度も見て理想の動きを探し、それを自分の身体に落とし込めるまで真似をします。
陸上競技において「動きのルーティン化」は極めて重要です。
ウォーミングアップの段階から毎日同じ動きを繰り返し、理想の動きを再現できるように身体へ染み込ませていきます。
特に走幅跳は動きが複雑なので、本番で考えるのではなく「考えなくても身体が自然と動く状態」まで練習で突き詰めることを大切にしています。
Q. 大舞台や緊張する場面で、心を落ち着かせる方法はありますか?
特別なことをするのではなく、「本番でもやることは練習と変わらない」ので、練習のように本番に臨むことです。
本番になって急に特別なことができるわけではありません。これまで陸上競技に誰よりも向き合ってきた自負がありますし、「これだけ練習してきたのだから、あとはいつも通り出すだけだ」というマインドで挑んでいます。
積み重ねてきたルーティンがあるからこそ、過度な緊張を感じることもありません。むしろ大きな舞台だからこそ味わえる緊張感も含めて、楽しむくらいの気持ちで臨んでいます。
Q. モチベーションを保つために気をつけていることは?
「モチベーションは一定でなくてもいい」と思っています。
順調に成長している時は自然とモチベーションも上がりますが、怪我をしたり記録が伸び悩んだりする時期も必ず訪れます。
だからこそ無理にテンションを維持しようとするのではなく、「調子が悪い日も含めて、昨日の自分より少しでも成長すること」に集中しています。
モチベーションに頼るのではなくやるべきことを淡々と積み重ねる。
その結果として、後からモチベーションがついてくれば良いと考えています。
Q. 日々のコンディショニングや食生活での意識は?
一番は「ストレスを溜めすぎないこと」です。
現代は健康やトレーニングに関する情報が溢れていますが、その中から自分に必要なものを選択することが大切です。
食事では脂質のコントロールやタンパク質の摂取を意識していますが、完璧を求めすぎるとそれがストレスになってしまいます。
睡眠リズムを整えるなど、自分が無理なく継続できる健康的な習慣をつくることを心がけています。
アスリートと社内業務の両立、そして「アシックス」との歩み

総務のお仕事と両立しています 提供:株式会社アシックス
Q. アスリート活動における企業からのサポートについて教えてください。
用具面はもちろんですが、会社のメンバーをはじめ全体から応援してもらえる環境が大きな支えになっています。
私が使用している競技用義足(板バネ)は、そのままだとトラックで滑ってしまうため、特注のスパイクソールを制作していただいています。
おかげで地面をしっかり踏み込んで走ることができます。
さらに、アスファルトなど一般道でも練習できるようにスパイクカバーも作っていただき、練習環境の幅が大きく広がりました。
パラスポーツは選手ごとに身体の特徴が異なるため、一人ひとりに寄り添ったサポートをしていただけることに深く感謝しています。
Q. 「社員アスリート」として働く中で、意識していることはありますか?
一番の課題は業務と競技(練習)の両立です。
私の場合、大学の陸上部で練習を行っているため、練習時間が午前や午後に変動することがあります。
そのため、上司やチームメンバーとのコミュニケーションを何より大切にしています。
事前に判明しているスケジュールは常に共有し、「現在抱えているタスク」と「必要な練習時間」を提示した上で、チーム内でタスクの調整やサポートを相談するようにしています。周囲の理解と柔軟なサポートがあるからこそ、両立が成り立っています。
Q. 実際にデスクワークや業務を行っていて、良かったと感じる瞬間は?
競技以外の「社会」を知ることができたことです。
競技生活だけでは出会えなかった人たちとの関わりや、効率的な業務の進め方など、毎日多くの刺激を受けています。セカンドキャリアを考える上でも、視野が広がったと感じています。
また、社内掲示板などで大会出場の報告が流れた際、同僚から「ずっと一緒にプロジェクトを組んでいたけれど、実はパラアスリートだったんだね!」と驚きと応援のメールをもらうことがあります。
パラアスリートとしてだけでなく、普段の仕事を通じて一人の社員として自分を知ってもらえていると感じ、うれしく思いました。
Q. 総務や企画業務の中で、ご自身の強みをどう活かしていますか?
「障がいに寄り添う」という自分の当事者視点や強みを、企画やオフィス環境の改善に活かしています。
例えば現在実行に向けて進めている企画の一つに、社内の「視覚障がい者向けサポートサービス」があります。視覚に障がいがある方がオフィスに来社された際、自分のデスクや会議室までスムーズに移動できるようサポートする方法を検討しています。
「誰もが働きやすい環境をどう作るか」を考え、自分の強みを生かして提案・行動することを意識しています。
パラアスリートがもたらす変化とファッションの自由

ブランドムービー内で、パラアスリートとして出演し、疾走する田巻選手 提供:株式会社アシックス
Q. 社内イベントでの印象的なエピソードはありますか?
社内メンバー(三原さん):「一番印象的でかっこよかったのは、社員運動会で田巻君が義足で本気で走ってくれた姿ですね。アスリートとしての圧倒的なパフォーマンスを間近で見せてくれて、一気に場が盛り上がりました。障がいがある・ないに関わらず、全員がスポーツを全力で楽しめる空間を彼が体現してくれています」
田巻選手:「入社1年目から社員運動会の企画に携わらせていただいており、パラスポーツの要素を取り入れた種目を提案・採用してもらいました。障がいの有無に関わらず、全員で熱中できるスポーツの場を作れたことは本当に嬉しかったです」
Q. SNSで話題の「銀色の義足」について教えてください。
日頃お世話になっている義肢装具士の方に「最高にかっこいい義足を履いてみたい」とオーダーして作っていただいた、ラメが入ったキラキラと輝く銀色の義足です。
おそらく世界初の試みではないかと思います。
義足をより身近に感じてもらえるよう、ファッションの一部として楽しめることも発信していきたいと思っています。
今後もInstagramなどを通して、義足のさまざまな魅力や可能性を届けていきたいです。
次なる挑戦とメッセージ
Q. 田巻選手が挑戦し続けられる「原動力」とは?
「障がいがあるから難しいだろう」と、最初から可能性を狭められてしまうことへの悔しさです。
義足を履いていると、「このスポーツは難しいのでは」「危ないのでは」と、必要以上に心配されたり、できない前提で見られてしまうことがあります。そうした見方をされることが悔しく、「やってみよう」と思う原動力にもなっています。
学生時代から、スケートやスノーボードをはじめ、義足では難しいとされるスポーツでも、興味を持ったことには障がいの有無に関係なく挑戦してきました。
実際に挑戦し、できるようになっていく姿を見てもらうことで、周囲の人たちの見方が変わることがあります。
それは、自分自身の可能性が広がるだけでなく、「障がいがあるからできない」と最初から決めつける必要はないということを、周囲にも伝えられる瞬間だと感じています。できることを一つずつ増やしていくことの積み重ねが、自分にとっての原動力になっています。
Q. 今後の大きな目標と夢を教えてください。
一番の目標は、小学生の頃からの夢である「パラリンピックへの出場」です。
単に出場するだけでなく、世界のトップアスリートたちと対等に勝負できる選手になりたいと思っています。
そして自分の走りを通して、「障がいがあってもここまで速く走れるんだ」「パラスポーツはこんなにもハイレベルでかっこいいんだ」という姿を証明したいです。
僕自身が幼少期に義足のランナーを見て希望をもらったように、今度は僕が誰かにとって「自分もできるかもしれない」と思えるきっかけや存在になることが、選手としての大きな夢です。
Q. 最後に、夢に向かって挑戦している方々へメッセージをお願いします。
自分で「できない」と決めつけないでほしいです。
僕自身、義足だから難しいと思われることや、自分でも最初はできるか分からなかったことにたくさん挑戦してきました。でも、実際にやってみると、練習すればできるようになることもありますし、やってみたからこそ分かることもあります。
最初から「自分には無理」「向いていない」と決めてしまうと、そこで可能性が止まってしまうと思っています。興味があるなら、まずやってみる。できなかったら、どうすればできるのかをそのとき考えればいい。
僕も今まで、できなかったことを一つずつできるようにしてきました。それによって自分の可能性が広がるだけではなく、周りの人が持っている「障がいがある人にはここまでしかできない」というイメージも変えていけると思っています。
これからも、自分自身ができることを増やしていきたいですし、パラリンピックという目標にも挑戦し続けたいと思っています。
取材後期
(北里)
私は大学で社会福祉を専攻しながら、学生2人で車椅子や視覚・聴覚障がいの方も楽しめるお祭りを企画・開催しました。クラファンで資金を集め、メニューの点字化や手話通訳などを準備したのですが、正直とても大変でした。
ですが今日のお話を聞いて、『自分は最初から特別に配慮しすぎていたのかもしれない』ということに気づかされました。特別な区別から入るのではなく、まずは『みんな同じ』という土台を作った上で、必要な工夫を足していくというプロセスに感銘を受けました。
11月に予定している次のイベントでは、今回の学びを活かして、みんなが自然に同じ目線で楽しめる空間を作りたいです。
(ゆた)
私自身も障がいを持って生きてきた中で、どちらかといえば『特別扱い』をされる場面が多く、無意識にそちら側のマインドになっていました。
しかし田巻選手のお話を聞いて、障がいを特別なものとして捉えるのではなく、『周りと同じ目線に立って一緒に運動を楽しむ』ということの本当の意味がすっと腑に落ちました。
パラスポーツや共生社会に対する視野が広がる、とても貴重で面白い時間でした。
(島川)
『パラ』という言葉がつくだけで、どこか自分とは遠い世界のように感じてしまう人も少なくないと思います。
しかし、田巻選手ご自身の魅力や競技への熱量、そしてアシックスさんがパラスポーツや社員アスリートに対して真摯に向き合っている姿勢を知り、一気に距離が縮まりました。
障がいの有無に関わらず、挑戦する個人やそれを支える企業を、これからも応援し続けていきたいと強く感じたインタビューでした。
参考資料:アシックスの取り組みとブランドムービーについて
株式会社アシックスは、創業哲学である「健全な身体に健全な精神があれかし(Anima Sana In Corpore Sano)」のもと、多様な人々がスポーツを通じて心身ともに健康でいられる社会の実現をめざしています。
その実現に向け、スポーツの価値や可能性をより多くの人々に届けるための活動として、パラスポーツやデフスポーツを含むさまざまな競技の振興やアスリート支援に取り組んでいます。
また、田巻選手も出場する、第5回アジアパラ競技大会(2026/愛知・名古屋)のオフィシャルパートナーとして、大会の機運醸成や価値発信も推進しており、こうした考えや取り組みを表現したブランドムービーを2026年7月10日に公開しました。
ムービーは、カラダを動かすことが心を前向きにする力は、パフォーマンスアスリートだけでなく、パラアスリートやデフアスリート、シリアスランナーからカジュアルランナーまで、そしてこれからカラダを動かそうとするすべての人に開かれている、という考えを表現したものです。
ムービー内には、アシックス契約アスリートの桐生祥秀選手をはじめ、社員パラアスリートの田巻佑真選手、パートナー団体所属のパラ陸上・デフ陸上選手、ブラインドサッカー®選手、元パラ水泳選手、アシックス社員が出演。
多様な出演者がそれぞれの形でカラダを動かす姿を通じて、障がいの有無や競技レベルにかかわらず、誰もがスポーツの力を感じられることを描いています。
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