帰れない場所を探して

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Soul Asylumと、“居場所を失った人間”

音楽は時々、人生より遅れて意味を持つ。

Soul Asylumは、私にとってそんなバンドです。

90年代オルタナティヴ・ロックには、
怒りを叫ぶバンドがたくさんいた。

世界を壊したいバンドもいた。

自滅を美学にしたバンドもいた。

でも、Soul Asylumは少し違った。

彼らが歌っていたのは、

「壊れながら、それでもどこかに居場所を探している人間」

だったように思う。

そして、それは若い頃の自分そのものだった。

若い頃、「消えてもいい」と思っていた

 

別に死にたかったわけじゃない。

ただ、

“自分がどこにいても変わらない”
“自分が何をしていても変わらない”
“ここ数年やってきたことに意味を感じない”

そんなふうに思っていた時期がありました。

ある時期、自分は家族や友人との関係を断ち切り、
数年にわたって所在を消していました。

居場所を変える。
仕事を変える。

どこへ向かうかも分からないまま、
それでも「戻る」という選択だけはできなかった。

逃げていたのかもしれない。

探していたのかもしれない。

何かを求めていたのかもしれない。

今となっては、よく分からない。

週末の夜は、クラブのフロアの爆音の中にいる時だけ、
少し安心した。

誰にも何も聞かれない。

名前も過去も関係なく、
ただ音だけが鳴っている。

でも朝になると、また空っぽになる。

そんな日常を何年も繰り返していた。

この曲と初めて出会った頃は、
Runaway Trainの意味なんて分かっていなかったと思う。

ただ好きで聴いていた。

けれど何十年も経った今、
この曲を聴くと、
あの頃の自分がそこにいる。

だから私にとってRunaway Trainは、
人生に後から追いついてきた曲なのかもしれない。

参照元 : Soul Asylum  Runaway Train 2010/02/27

多くの人にとってこの曲は、
失踪した子供たちを扱ったMVで記憶されていると思う。

もちろん、それはとても大切な意味を持った作品だ。

けれど自分には、
この曲は少し違って聞こえる。

失踪の歌ではなく、

「自分自身から迷子になった人間の歌」

だった。

人は時々、
自分がどこにいるのか分からなくなる。

周りには人がいる。

街には灯りがある。

生活も続いている。

それなのに、
自分だけが世界から切り離されたような感覚になる。

Runaway Trainは、
そんな孤独を静かに歌っているように聞こえる。

「Misery」不幸は仲間を欲しがる

もう一曲、
自分が好きなのが「Misery」だ。

参照元 : Soul Asylum  Misery  2009/10/25

タイトルだけを見ると暗い曲に思えます。

実際、
歌われているテーマも決して明るくはないです。

でもこの曲には、
妙なユーモアがある。

不幸な人間は、

不幸な人間に惹かれる。

傷ついた人同士だからこそ、

分かり合える空気がある。

ライブハウス。

ゲームセンター。

深夜のクラブ。

朝まで営業しているファミレス。

そういう場所には、

どこか似た匂いがする。

綺麗に生きられない人間たちが集まり、

ほんの少しだけ同じ熱を共有する。

所在を消していた頃、
夜な夜なゲームセンターに集まり、
無駄話をし、満足したら解散する。

路上に座り込み、

その日のこと、
明日のこと、

意味のない会話を続ける。

帰りたい場所があるわけじゃない。

だから帰らない。

ただ夜が終わるまで、

そこにいただけだった。

Miseryは、

そんな人間の弱さや愚かさを笑い飛ばすでもなく、

肯定するでもなく、

ただそのまま歌っている。

だから好きだ。

だから今になって思う。

Soul Asylumが好きだった理由は、

音楽性だけではなかったのだと。

人生は後から追いついてくる

Soul Asylumは、
「こうすれば救われる」
とは言わない。

頑張れとも言わない。
夢を持てとも言わない。

むしろ、
救われないかもしれない人間。
迷い続ける人間。
居場所を見つけられない人間。

そんな存在を、
そのまま描いている。

だから本当に沈んだ時に聴ける。

あの頃の私は、
そういう歌を求めていたわけではなかった。

ただ好きだった。

けれど今になって振り返ると、
あの頃の自分が抱えていた孤独や空虚さを、
Soul Asylumはずっと歌っていたのだと思う。

当時は気付かなかった。

いや、
気付いていたとしても、
結局同じ道を歩いていたのかもしれない。

今でも、「居場所」はよく分からない

今でも、「居場所」という言葉だけは、
よく分からない。

本当に見つかったのか。

それとも、
見つかったことにしているだけなのか。

そんなことを考える夜がある。

そういう時にRunaway Trainを聴くと、
昔の自分を思い出す。

帰る場所を探していた自分。

居場所を探していた自分。

そして今も、
完全には答えを見つけられていない。

 

「ここからアルバムの曲が聴けます」↓

参照元 : Grave Dancers Union 2025/11/18

参照元 : Let Your Dim Light Shine 2025/09/24

コートを着てギターを弾いているねこパンク

最後まで読んでいただき、
ありがとうございました。

それでは、また次の記事でお会いしましょう。

ねこパンクでした。

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