そうしか生きられない人たち~深夜のネットカフェで見た、ある生き方~

暗い夜空に、小さな月と星が浮かぶ円形の街のイラスト。

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こんにちは、中村鮮魚店です。
世の中には、誰かが手を差し伸べても、それを受け取ることができない人がいます。
優しさや助けを拒んでいるわけではないのに、なぜかその手を掴むことができない。
今回は、以前働いていたネットカフェで出会った、そんな一人のお客さんのお話です。
※個人が特定されないよう一部フェイクを入れています。

深夜のネットカフェに集まる人たち

まだ20歳くらいだったころ、私は収入が少なかったので昼のお仕事と掛け持ちで、深夜のネットカフェで働いていました。

その店舗は、駅に近かったこともあり、治安はあまりよくありませんでした。

盗難、無銭飲食、客待ちのような女の子、「○○ってヤツはいるか?」と利用客を探しに来るその筋の人たち——。

もめ事もしょちゅうで、月に一回は通報をしていたので「ここは事件が多いですね」と、警察の方がため息交じりで苦笑いするほどでした。

そんなお店に、過去に何度か来店したことのある男性のお客さん(以下、Aさん)が、ある日ふらりとやって来ました。

非日常が日常な風景

Aさんは、シワシワのスーパーの袋に山ほど小銭を入れ来店しました。

その時のAさんは呂律が回っておらず、どうにか受付をし一番安いカウンター席に入りました。

少しして、同僚が「あのカウンターのお客さん、ずっと何か言ってくるけど、わけわかんないから無視していいよ」と、耳打ちしてきました。

Aさんは私のところにも来て、深く窪んだ目でぼんやりとこちらを見ながら、聞き取れない言葉をずっと繰り返していました。
『同僚が言っていたのは、このことか…』と思いましたが、よくよく聞くと
「小銭を数えたいから、数えるヤツを貸してほしい」と、言っていることに気が付きました。
そこで、使わなくなったレジ締め用のコインカウンターを貸しました。

Aさんは席に戻ると、スーパーの袋からたくさんの小銭を机にばらまき、なりふりかまわず、長い時間をかけて震える手で、小銭を数えてテープで留めていました。

それを見た同僚は「えー!何言ってるか、よくわかったね」と、驚いていました。
ここで「気の毒だね」なんて同情の言葉が誰からも出てこなかったことが、このお店の日常を表していたようでした。

上から伸びた手が複数の小銭を数えている様子を描いたイラスト。背景には灰色の質感が広がっている。

Aさんを取り巻く、深すぎる何か

Aさんは、まだ頻繁に来店していた頃、知り合いの方とよく一緒に来ていました。
お連れの方は寡黙で、Aさんとは対照的に、特に目立つところのない方でした。

一方のAさんは
「ここにあるもの、全部タダ?」
「それもタダ?」
と、お連れの方に終始確認していました。

ですが、小銭を数えていたあの日を境に、Aさんはパタリと来店されることがなくなりました。

そんな時、そのお連れの方が久しぶりに別の方と来店されました。
ドリンクの補充の為に、表に出るとその方たちの話し声が聞こえてきました。

「ねぇ、アイツ大丈夫?ヤバいんでしょ。ほら、クスリ…」

そこですぐに、来なくなったAさんを思い浮かべてしまいました。

他の方の話だったかもしれないし、Aさんのことだったのかもしれない…
ですが、小銭を数える震える手や深く窪んだ目、言葉にならない話し方を思い返すと、どうしてもAさんのことを想像してしまいました。

半開きの目と灰色のもやが描かれたモノクロのイラスト。

 

そして、来店しなくなったAさんを取り巻く問題は、お金以外にもあったのかもしれない——
その深すぎる何かに、若すぎた私は実感なく、ただただAさんのことを思い出すしかありませんでした。

そんな時、追い打ちをかけるように店長からこう言われました。

明日のパン

「前に利用してたAさんって、いたでしょ。あの人、出禁ね。」

どうやら、Aさんが公園で毛布を持って歩いていたのを、偶然店長が見かけたとのことでした。
ただでさえ、無銭飲食が多い場所なので、払えるお金があるかどうかは、お店にとって大きな問題でした。
そしてAさんは、払えるお金がないだろうという判断で、出禁になってしまいました。

そうして、寒い冬が来てその事を忘れかけた時、Aさんが来店されました。
以前より、ガリガリに痩せて顔色もとても悪く、服も汚れていました。
そんなAさんに、お店の利用ができなくなった旨を伝えました。

出禁の覚悟があったのか、その言葉に対して反応はなく、以前よりもたどたどしい言葉でこう言われました。
「明日の…明日のパンがないから、300円貸してくれ。そのくらい、持ってるだろ…」

この言葉は20歳の私には衝撃でした。
私なんかより、ずっと年上なのに数百円のパンが買えない、明日のごはんも食べられない。
そんな状況にまでなってしまったのだと、その時初めて実感しました。

その場では、お断りをして帰ってもらいました。
どこへ向かうのかも分からないまま、トボトボと歩いていくその後ろ姿が、目に焼きついて離れませんでした。

雪のような白い粒が舞う夜空の下、ビル街の前で一人の人物が立っている様子を描いたイラスト。

切れてしまった糸

その後、お店に二人組の年配の女性が来店されました。
たしか、どこかの福祉関係の方だったと思います。

「私は〇〇の田中と言います。Aさんという方は、こちらに来たことはありますか?もし、来ることがあったら、田中が『気にしないで、いつでも戻ってきてね。』と言っていたと、伝えてもらえませんか?」と、必死な様子で言われました。

その時初めて「Aさんも何かしら、ちゃんと人と繋がっていたんだ」と驚きました。
それと同時に、このお店はAさんにとって、逃げた先だったのかもしれないと思いました。

このお店に人を探しに来るのは、その筋の人たちだけではありませんでした。

家出した子供を探す親、職場から姿を消した人を探す人たち…

周りから見れば、まっとうなはずの『いるべき場所』。
そんな場所から逃れてやってくるのが、このお店なのです。

結局、その方たちの言葉をAさんへ伝えることはできませんでした。

暗い夜空に、小さな月と星が浮かぶ円形の街のイラスト。

そうとしか生きられない

私はこのお店で、本来なら福祉などの支援に繋がるべき人たちをたくさん見てきました。

ですが、彼らは初めから繋がっていなかったのではなく、様々な理由から繋がり続けることができなかった。
以前の記事でも触れた父ですが、生前の生活や亡くなった時の状況を知った母は
「どうして、もっとまっとうな生き方ができなかったの…どうして」
と、何度も言っていました。

ですが、私はそういう生き方しかできなかった人たちの気持ちに、どこか共感してしまう。
それは、私自身も社会の中でうまく馴染めず、繋がりを自分から何度も断ち、転職を繰り返してきたからでした。
母からすれば、私もまっとうには見えない少しズレた生き方の人間なのかもしれません。

ですが、そんな私たちは、きっとそうとしか生きられない。

だとしたら『いるべき場所』へ帰ることは、その人にとって本当に正解なのか。

たしかな答えは、私の中にまだない。

白い雪が降る夜空と、シルエットのような街並みだけが描かれた静かな風景。

 


この記事のように、誰かの助けを受けたいと思っていても、どこへ相談すればいいのか分からなかったり、一度繋がった場所から離れてしまったりすることがあります。
一方で、相談をすることで別の新たな支援につながる場合があります。

もし今、生活や生きづらさについて悩みがある場合は、まずはお住まいの自治体の福祉窓口(福祉課・障害福祉課など)へ相談してみてください。

また、社会福祉協議会や基幹相談支援センター、高齢の方であれば地域包括支援センターなども相談先の一つになります。

誰かに話すだけでも、大きな一歩になることもあります。

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