「普通に見える」の裏で、毎日頑張りすぎていませんか?─ ASDの「社会的カモフラージュ」とは【ねこパンク】

黒猫が迷彩服を着て忍足で前進している画像

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ねこパンクロゴマーク

「普通に見えますよ。」

もし、私が誰かからそう言われたら、
たぶん少し引っかかると思います。

「普通に見える」ということは、
裏を返せば、

「普通ではないと思っていた」

ということなのかな、と。

もちろん、
相手に悪気はないのかもしれません。

それでも、

「普通って何だろう?」

と考えてしまいます。

実は、これ。

結構言われるんです。苦笑。

「普通」という定義を、
私はいまだに理解していません。

というより、

「普通」というものを、
ずっと拒絶してきたのかもしれません。

「普通にしなさい。」

そう言われるたびに、

「普通って、誰が決めるんだ?」

そんなことを、
子どもの頃からどこかで思っていた気がします。

今回、ある言葉を知りました。

「社会的カモフラージュ」

その言葉について調べていくうちに、
私は少し立ち止まって、

自分自身のことを
考えるようになりました。

「空気を読みなさい」と言われて育った

母猫に怒られている子供の黒猫

私は幼い頃、

「空気を読みなさい。」

「みんなと同じようにしなさい。」

と言われながら育ちました。

子どもの頃は、
それが特別おかしなことだとは思っていませんでした。

学校という場所では、
周りと同じようにすることが求められる。

先生の話を聞く。

友達と仲良くする。

場の雰囲気を壊さない。

そんなことを「当たり前」として覚えていきました。

でも、今振り返ってみると、

「みんなは、どうしてそんなに自然にできるんだろう?」

と思うこともありました。

周りを見ながら、

「今はこうしたほうがいいのかな。」

「ここでは、こう言ったほうがいいかな。」

と考える。

それがいつの間にか、
自分の中では当たり前になっていました。

しかし、心の中では、

「それでは自分ではなくなる。」

そんな違和感も抱えていました。

「社会的カモフラージュ」とは

木の影からこっそり様子を伺っている黒猫

社会的カモフラージュ(Social Camouflaging)とは、
主にASD(自閉スペクトラム症)のある人に見られるもので、
周囲に合わせるために自分の特性を隠したり、
「普通」に見えるよう努力したりすることを指します。

例えば、

  • 相手の表情を見ながら「ここは笑うところかな」と考える
  • 雑談の受け答えを頭の中でシミュレーションする
  • 周囲の人の話し方やしぐさを真似する
  • 本当は疲れていても「大丈夫です」と答える
  • 感覚的につらいことがあっても、我慢してその場に居続ける

こうしたことを知ったとき、
私は少し考え込んでしまいました。

「これって、誰にでもあることなのかな。」

それとも、

「人によっては、
ものすごくエネルギーを使うことなのかな。」と。

私はASDの診断を受けているわけではありません。

だから、
自分自身を「社会的カモフラージュをしてきたASD」と
決めつけることはできません。

ただ、

「周囲に合わせるために、
自分を少しずつ調整してきた。」

という経験については、
思い当たるところがあります。

「頑張っている人」に見えてしまう

迷彩服を着て歩いている黒猫

社会的カモフラージュについて調べていて、
もう一つ気になったことがあります。

それは、

頑張っている人ほど、
困っているように見えないことがある。

ということです。

職場で笑顔で挨拶をする。
頼まれた仕事をする。
会議にも参加する。
「大丈夫です」と答える。

そうしていると、周囲からは、

「問題なく働けている人」

に見えるかもしれません。

でも、
その人が帰宅してからどうなっているのかは、
外からは分かりません。

一日中、人に合わせている。
周囲の音や会話に気を配っている。
失敗しないように緊張している。

その結果、
家に帰ったら何もできない。

休日も、
疲れを取るだけで終わってしまう。

そんなこともあるのだと思います。

……と、ここまで書いていて、

「あれ?
これ、かなり自分に当てはまるな。」

と思ってしまいました。

書いていて、ちょっと辛いです。(笑)

これは、ASDに限った話として
単純に考えることはできません。

誰だって、
職場では多少なりとも
「仕事用の自分」を作っています。

わたくし、ねこパンクも、

「仕事のねこパンク」と
「プライベートのねこパンク」。

普段から、
この二つを使い分けています。

仕事では、
仕事をするための自分。

家に帰れば、
もっと力を抜いた自分。

それは、
ある意味では自然なことなのかもしれません。

でも、

その「仕事用の自分」を作るために、
どれくらいのエネルギーを使っているのか。

そこまでは、
外から見ただけでは分かりません。

同じように笑っていても、
同じように仕事をしていても、

その人がどれくらい頑張っているのかは、
見た目だけでは分からない。

だからこそ、

「普通に働けているように見えるから大丈夫」

とは限らないのだと思います。

どこまでが「頑張っている」で、
どこからが「無理をしている」のか。

その境目は、
本人にしか分からないこともあります。

そして、もしかすると本人自身も、

長い間、

「まだ大丈夫」

と思いながら、
気づかないうちに
無理を重ねているのかもしれません。

そんなこんなで、
先日、知り合いとこの記事について
話しました。

ねこパンク
「こういう記事を書いてるんだよ」

知り合い
「え? 自分のこと?」

ねこパンク
「どういうこと?」

知り合い
「多分、ねこパンクってASDじゃない?」

ねこパンク
「なんで?」

知り合い
「なんとなく」

……。

そうくるか、ですよ。

この知り合い、
こういうことにやたら詳しいんです。
以前から、
私に対してもズバズバものを言ってきます。

だから、

「まあ、なんかあるよね。」

くらいには思っていました。

でも、

「ASDじゃない?」

と、真正面から言われると、
ちょっと話が変わってきます。

もちろん、
知り合いに言われたからといって
ASDということにはなりません。

私は診断を受けていませんし、
自分で判断することもできません。

ただ、

「そういう見方もあるのか。」

とは思いました。

そして今回、
社会的カモフラージュという言葉を知って、

「周囲に合わせるために、
自分を調整してきたこと」

についても、
少し考えるようになりました。

もしかしたら、

自分が思っている以上に、
そういう部分があったのかもしれない。

そんなことを、
今になって考えています。

「まだ大丈夫」が危ないのかもしれない

迷彩服にサングラスまでして身バレを防いでいる黒猫

社会的カモフラージュについて知って、
私が特に気になったのがここです。

人は、
限界になるまで「大丈夫」と言えてしまう。

むしろ、
頑張っている人ほど、

「まだ大丈夫。」

「これくらい普通。」

「みんなも頑張っている。」

と言ってしまうのではないでしょうか。

でも、

「大丈夫」と言い続けているうちに、
本当に大丈夫ではなくなってしまうことがあります。

疲れていることにも気づかない。

助けを求めることもできない。

そして、
ある日突然、仕事に行けなくなる。

周囲からすれば「突然」に見えても、
本人の中では突然ではなかったのかもしれません。

何日も。

何か月も。

場合によっては何年も。

少しずつ、無理を重ねていた。

社会的カモフラージュについて知ると、
そんなことも考えさせられます。

だから「二次障害」についても考えたい

迷彩服を着てゴロリンしている黒猫

社会的カモフラージュそのものが、
直接うつ病や適応障害を引き起こすと、
単純に言うことはできません。

ただ、

周囲に合わせるための努力。
自分の特性を隠し続けること。
「普通にしなければ」と頑張り続けること。

そうしたことによる慢性的なストレスが、
疲労や不安、抑うつなどと
関連する可能性が指摘されています。

そして、それが積み重なれば、
心身の調子を崩すきっかけになることも
考えられます。

ここは、
私自身にも思い当たるところがあります。

前の章でも書きましたが、

「これくらい大丈夫。」

「まだやれる。」

そう思いながら、
仕事を続けていました。

仕事ができないわけではない。

やる気がないわけでもない。

むしろ、

ちゃんとやろうとしていた。

周りに迷惑をかけないようにして、
できるだけ普通に振る舞って、
仕事もきちんとこなそうとしていた。

でも、

そうやって頑張り続けた先で、
心身の調子を崩してしまうことがあります。

「仕事ができない人」だったわけではない。

「やる気がなかった」わけでもない。

むしろ、頑張りすぎていた。

そんな人が、
限界を迎えてしまうこともあるのではないでしょうか。

だから私は、

「働けなくなってから支援する」

のではなく、

「働き続けられるように、無理を減らす」

ことも大切なのではないかと思います。

仕事を続けられているから大丈夫。

ちゃんと出勤できているから大丈夫。

笑顔で話しているから大丈夫。

本当にそうなのか。

そこを、
もう少し考えてみてもいいのではないでしょうか。

障害者雇用で考えたいこと

仕事の打ち合わせで内容がいまいち分からずに困っている黒猫

このことは、
障害者雇用にもつながると思います。

「普通に見えるから、配慮は必要ない。」

そう考えてしまうと、
本人がどれだけ無理をしているのかを
見落としてしまいます。

例えば、

一人で集中できる時間をつくる。

指示を口頭だけでなく、
文章でも伝える。

会議や雑談への参加方法に
柔軟性を持たせる。

一人で落ち着いて休める場所を用意する。

こうした配慮によって、
本人が必要以上に、

「周囲に合わせなければ。」

と頑張らなくても済むかもしれません。

合理的配慮は、
仕事を特別扱いしてもらうことではありません。

その人が持っている力を、
無理なく発揮できる環境をつくること。

そう考えると、
見方も少し変わるのではないでしょうか。

オープン就労とクローズ就労

面接でASDについて話すか迷っている黒猫

そして、
障害を伝えて働く「オープン就労」と、
障害を伝えずに働く「クローズ就労」。

どちらを選ぶのかという問題もあります。

私の場合、
前職でうつが発症したとき、
会社には伝えていませんでした。

いわゆる、
「クローズ」で働いていたことになります。

当時は、
障害や病気のことを会社に伝えるという選択肢を、
あまり考えていなかったように思います。

仕事は仕事。

自分の問題は自分で何とかする。

そんなふうに考えていたのかもしれません。

だから、
つらくても仕事では普通に振る舞う。

できるだけ周囲に合わせる。

「大丈夫です」と答える。

今振り返ってみると、
そこにも「無理をしてでも普通に振る舞う」

という部分があったのかもしれません。

もちろん、
それが社会的カモフラージュだったのかどうかは、
私には分かりません。

ただ、今回この言葉を知ったことで、
当時の自分のことを少し違う角度から考えるようになりました。

オープン就労なら、
障害について職場に理解してもらい、
必要な配慮を相談しやすくなる場合があります。

一方で、

「障害があることを知られたくない。」

「周囲からどう見られるのだろう。」

そんな不安から、
クローズ就労を選ぶ人もいるでしょう。

クローズ就労には、
障害を知られずに働けるという安心感があります。

その一方で、
必要な配慮を受けにくくなり、
自分だけで無理を抱えてしまうこともあります。

どちらが正解ということではありません。

障害の特性も違えば、
仕事内容も違います。

職場環境も違います。

そして何より、
本人が何を大切にしているのかも違います。

だからこそ、

「オープンにするべき。」

「クローズにするべき。」

と、一つの答えを押しつけるのではなく、
本人が自分に合った働き方を選べることが大切なのだと思います。

私自身も、
当時はクローズという選択をしました。

その選択が良かったのか、
悪かったのか。

今でも簡単には答えられません。

ただ、今回「社会的カモフラージュ」という言葉を知って、
一つ思うことがあります。

「障害を隠して働けること」と、
「無理をせずに働けること」は、
同じではない。

ということです。

そして私は、

「障害を伝えるかどうか」だけではなく、

「障害を伝えても安心して働ける職場があるか」

ということも、
同時に考えていく必要があるのではないかと思います。

おわりに

迷彩服を脱いでくつろいでいる黒猫

「普通に見える。」

今回、
「社会的カモフラージュ」という言葉を知って、
私はこの言葉について
いろいろと考えさせられました。

私はASDの診断を受けているわけではありません。

それでも、

「空気を読みなさい。」
「みんなと同じようにしなさい。」

と言われて育ち、
周囲に合わせようとしてきた自分には、
思い当たることがいくつもあります。

そして、

「普通に見える」ことと、
「無理をしていない」ことは、
同じではない。

そんなことにも気づきました。

笑っている。
仕事をしている。
「大丈夫です」と言っている。

それだけでは、
その人がどれだけ頑張っているのかは分かりません。

だからこそ、

「普通に見えるから大丈夫」

と決めつけないこと。

そして、
本人だけに「もっと合わせて」と求めるのではなく、
環境のほうも変えていくこと。

それが、
本当の意味での「多様性」なのかもしれません。

この記事を書きながら、
私は改めて思いました。

「普通って、何なんだろう?」

そして、

普通にならなくても、
安心して生きていける場所があればいい。

たぶん私は、
昔からそんな場所を探していたのかもしれません。

参考元 : (厚生労働省)雇用の分野における障害者への差別禁止・合理的配慮の提供義務

参考元 : (Chiba University)“周りに合わせなきゃ”が心を傷つける~自閉スペクトラム症の社会的カモフラージュに向き合う新たな心理療法2026.02.24

参考元 : (川中島Fメンタルクリニック)「生きづらさ」の正体(PDF)

参考元 : (ヒロクリニック)「ふつう」に見せる努力(前編):自閉スペクトラム症と日本のカモフラージュ2026.07.02

参考元 : (ヒロクリニック)自閉スペクトラム症のある方のうつ症状とは?気づきにくいサインと支援のポイント2026.07.26

特殊部隊みたいなねこパンク

最後まで読んでいただき、
ありがとうございました。

また次の記事でお会いしましょう。

「ASDかもしれない」と言われてしまった、
ねこパンクでした。

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