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メンバーサポーターの試用期間を経て、わたしはようやくメンバーサポーターになれた。
しかし、最初の頃は、いつも葛藤していた。
ある日のこと。
「こうしてくれませんか?」
とわたしが言ったところ、
「なんで、そんなこと、しなければならないの?」
そう言われた。
わたしはついつい
「支援員さんが言っていたから」
と言ってしまった。
その時、お相手の表情はよく見えなかった。
帰ってから悶々と悩んだ。
「あのサポートは良くなかったな」
そう、結論づけた。
色々なことを遡って考えてしまった。
わたしは小さい時から「いい子」と言われていた。
「こんなにいい子はいないね!」
と大人が目を丸くしてびっくりするくらい、それくらいよくできた子だった。
「頭がいい」
「すごいね」
いろんな言葉をもらった。
大人を喜ばせるのは簡単だった。
今でも覚えている。
ひとつめ、大人っぽい言葉を言う。
ふたつめ、でも加減が大事でたまに子どもらしいことを言う
最後に。絶対に逆らうな。
わたしは嘘ばかりついていた。
いつも嘘ばかりついていた。
本当はしたくないことを「したい」と言った。
言いたくないことを言った。
だるいのに、褒められるため、誰もしたがらない掃除当番を率先して引き受けた。
本当は嫌な地味な洋服を着て、本当はしたくない塾に毎日行って、本当はしたいプリクラを我慢した。
全ては大人を喜ばせるために。
幼い頃から、大人に嫌われる=生きていけない、という危機感を抱いていた。
大人に嫌われるということは、命がやばいことと同等だったのだ。
大人に嫌われることが、恐ろしくて、いつも大人の顔色を伺いながら生きていた。
でも、一方で。
同学年の子どもからはあまり人気がなかった。
「先生が言っていたから、やめようよ」
と平気で言う子だったからだ。
たまに、「先生、あの子がこんなこと言ってましたよ!」とか、チクったりするそんな嫌な子どもだった。
それで「悪いことに注意したお礼」のご褒美シールをもらった。
嬉しかった。
でもどこか心が泣いていた。
友達も少なく、いつも寂しかった。
本当はのびのびと生きていきたい。子どもらしくありたい。
そのことに気づかないくらい追い込まれていた。
21歳の頃から、TANOSHIKAで働いているが、やはりわたしは、支援員さんの言うことをいつもいつも真剣に聞いていた。
いつしか、支援員さんイコール先生の存在になっていたのだ。
聞きすぎていたかもしれないと思う。
心の中で「いや、それちゃうやろ」と思っていても「そうですよね、そうします!」と言ったり、
「そこまで踏み込まれたくない」と思っていても「わたしが悪いです〜」とおちゃらけたり。
たまに支援員さんの言うことを聞きすぎて、同僚のみんなの気持ちより、支援員さんの言うことを信じていた。
そう、やっぱり!いつしか支援員さんイコール先生みたいになっていたのだ!
あの時と同じように…
でも、同じように子ども時代のトラウマがある仲間がプライベートでできたことで、徐々に「誰かにとってのいい子になること、それは、わたしの本当にしたいことではない」と気づいた。
その仲間たちと触れ合う中で、わたしは本当は「いい子でもない」し、むしろユニークで個性的で、でも優しい人間なんだと気づいた。
そこで改めて考えた。
「どんなメンバーサポーターになりたいですか」
と聞かれたら、わたしは、真っ先に「支援員さんや偉い人のための手助けのために働く」そんなサポートではなく、「利用者さん、みんなの味方」のサポーターになりたい。と答えたいと。
いい意味で、利用者さんみんなの盾になりたいし、みんなと一緒に、みんなのために、支援員さんの盾になって、時には支援員さんに嫌われてもいい!それくらいの人にもなりたい。
支援員さんにとっては、「嫌なやつ」と思われるかもしれない。
もちろん、支援員さんへの助けも必要だが、マインドはいつも、みんなの味方でいたい。
うーん、うまく伝わっているだろうか?
とにかく!
やっぱりわたしはもう
「支援員さんが言っていたから。」
なんていうメンバーサポーターにはなりたくない。
今度からは、みんなに寄り添い、みんながしたくない時は意見を聞いて、頑張っていきたい。
いつまでも、誰よりも、支援員さんより、みんなの味方でいる、最高のメンバーサポーターになりたいな。
そんな最近の働く上での新たな目標でした❤︎
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