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突然ですが、この記事を読んでいるみなさま、”恋愛”はしますか?
「そりゃするでしょ」という意見や「自分は他の人に恋愛感情を抱かないアロマンティックというセクシャルだからしないな」という方もいます。
「障がい者でも恋愛するの?」
ではそう質問された時、障がい者の方はどう答えるのでしょうか?
今回は、初めての障がい者雇用時代にふと聞かれた質問をはじめ、現在の”訳あり冒険者”モリサワの思う恋愛観と今後の子供の有無についてのお話を書いていきましょう。
かつての”訳あり冒険者”モリサワが実際に起きたこと、そして、冒険者としてのジョブ(職業)が【探究者】としてのモリサワの考えを書いていけたらと思います。
初めての障がい者雇用で指導してくれていた上司に聞かれた質問
新卒カードが終了し、就労移行支援で訓練をし、やっと見つけた障がい者雇用の場所は作業療法士という資格をもとに決まったデイサービスでの機能訓練指導員と介護職でした。
この時、障がい者雇用のモリサワの指導に対して担当をしてくださっていたのが上司のAさん。
Aさんのお子さんは重度の障がい児だということで、担当することになったそうです。
ある日の夕方、食事介助をしていると、Aさんがお子さんをお迎えして行った時に、珍しく異性の子を微笑んで見ていたとのこと。それを初めて目にしたとのことでした。
その時にポツリと「あの子も恋をするのかな」と。
その質問は、当時発達障がい(ADHD及び自閉症)と診断を受け、当時のWAIS-Ⅲにおける全IQ(知能指数)も70で精神障がいを持っていたモリサワに飛んできました。
「ねえモリサワくん、障がい者でも恋愛ってするの?」
あまりの突発的な質問に驚くモリサワ。
この時に、
「あ、そうか。最低限の配慮は頂いているけれど、それが障がい者と健常者の違いなのか。一人の人とは思われていなかったのか…。」
と、思いました。
食事介助中に何故か急に震え出すスプーン。そして、速くなる鼓動。
Aさんに対して、モリサワは頭がフリーズしながら言葉を作り出すまでに時間が少しできました。
そして、吃りながらも
「自分は恋愛します。恋もしますし、相手がいたら愛します。」
そう口が勝手に動いていました。
現場自体は基本的に優しい人ばかりだけれど、Aさんからは後からもこういう質問や発言が多く、ふとした時にフリーズすることが多かったです。
今思うと、Aさんのこの時の質問に悪意は多分一つもなかったと思うのです。
お子さんのことを想ってこぼれた、ただの本音だったのだと思うのです。
でも、悪意がないからこそ、この手の言葉は厄介だなと思います。
「障がい者は恋愛しないもの」という前提が、無意識のうちに存在しているような気がするのです。
それは差別しようとして出てくる言葉ではないと思います。むしろ心配や優しさの延長線上で、ポロッと出てきてしまう無意識のものかなと思うのです。
障がい者雇用の仕事にいると、こういう場面に出会うことがあります。
「恋愛」や「結婚」をはじめ、将来設計の話題になると、なんとなく空気が変わります。
「体調は大丈夫?」「無理しないでね」という”配慮”はありがたくも当時は頂けました。
しかし、「好きな人はいるの?」「恋愛はどうしてるの?」という”一人の人間としての会話”は、なぜか後回しにされるのです。
職場では恋愛の話が休憩中に他の職員にあっても唯一の障がい者雇用だったモリサワには話されなかったのも事実で、いつも他の話題を話していました。
当時の利用者さんから恋バナをされていたので、一緒に恋バナをしていました。
そう考えると、どこか障がい者は「守られる対象」ではあっても、「恋愛をする対象」としては想定されていないかのような。
【スキル:言語能力レベル1】ゆえに上手に言えないのがもどかしいところです…。
実際、モリサワが以前訓練を受けていた就労移行支援の場でも、似たようなことはありました。
多分、元々モリサワ自体が当時、人並みの倫理観を持ち合わせていなかった部分もあったからという理由だったと思います。ちなみに倫理観はここで沢山叩き入れていただけます。
当時の支援員さんとの面談で「就職後の生活」について話す機会は何度もあったのに、どこかその先の「結婚」について聞かれたことはありませんでした。
まるでそのテーマだけ、最初から選択肢に入っていないかのような感じです。
”配慮”と”一人の人間として見る”ことは、似ているようで全然違う気がするのです。
この話を知り合いにした時に、
「そこまで求めるなよ」
と言われたことがあります。
ただ、配慮は「できないこと」「この部分が難しくて困っていること」を前提に差し伸べられることを仮定します。
でも、”一人の人間”として見るというのは、「この人にも喜びや欲望や、恋をする権利がある」という前提の上に成り立つものであると思うのです。
健常者や障がい者と分けてしまうから潜在的にそうなるのでしょうけれども、障がいと言っても色々あるのです。
きっと、このAさんが電車やバスの中にいても、街中を歩いていても「まさかこの人が障がい者だったなんて」と言うことがあるのではないかと思うのです。
これが”見えない障がい”と言ったら良いかはわかりません。
またこれも、モリサワ自身の発信での無意識な差別意識なのかもしれません。
当時のAさんの質問は、モリサワ自身に「自分はどちらとして見られていたんだろう」と考えさせるきっかけになりました。
”訳あり冒険者”モリサワは恋愛をする。でも子供は持たない。
結論からまず先に述べます。
モリサワは恋もするし、交際もします。
”パンセクシャル”と言うセクシャリティなので、性別は男女はもちろん、相手の性自認などは関係なく、好きになる対象の幅が大きいです。
しかし、逆に言えば、本当にタイプというか心から尊敬する人や人間臭い人に恋をします。
恋をする感覚も、交際も、きっと皆さんと変わりがないと思います。
「気になって、その人がどんな人かを知りたくなって、だから関わっていく。」
そんな感じなのです。
それでも、自分の子供のことは考えてはいません。
モリサワはトランスジェンダーです。
自分の性別変更を終えた時に結婚できるかもしれないし、性自認と同性の方を好きになった後は日本で同性婚ができない限りはパートナーシップを結んだりするかもしれません。
もしくはパートナーが出来ない可能性だってあります。
ただ、子供は考えていません。
モリサワの場合、障がいの有無に関わらず、親の背中を見て生活しています。実際に、モリサワ自身の生活で現状はいっぱいいっぱいです。
また、トランスジェンダーですので、その点でも乗り越えるべき壁がありますが、たとえ子供を何かしらの方法で作ったとしても、金銭的な問題も立ちふさがります。
習い事や旅行、塾代、ゲーム代、遊びに行く費用、お小遣い、子供の病気や怪我は急に起こるのです。
その際にすぐに金銭的に出せる能力が現在はありません。
最終的に今の状態で金銭面において、子供に苦労させてしまいそうな可能性が高いと判断しているので、考えていません。
子供は特に最初こそ家庭内だけで過ごしますが、後に集団で暮らしていきます。
友人との交友もその一つだと思います。
その友人がおもちゃを持っていたりすれば欲しくなるでしょうし、
「あそこの学校へ行くために、将来こうなりたいから勉強をしたい」
と言った際に、学費をすぐに準備できるかと言う問題です。
もちろん学費についての方法はたくさんあると思います。
しかし、例えば奨学金を借りたとして、働いている途中でうつ病をはじめ、何か病気や障がいが見つかり子供が働けなくなったことにより奨学金を子供が払えなければ、親であるモリサワたちが払うのは当たり前です。
これらは、たらればの話と言われればそこまでですが、順風満帆だったはずのモリサワが実際に経験したからこそのことなのです。
奨学金の免除等はあるかもしれませんが、免除が絶対にされるという保証はないですし、当時のモリサワは、「なんとか社会復帰して働いてでも借りたお金で学んだからこそ返済しなければいけない」と思い返済していきました。
モリサワの親にもその覚悟があったのです。
せっかくこの世に生まれてきた子供には、最高の人生を送って欲しいと思うからこそ、今のモリサワには、それが出来ないので子供は考えていません。
そして、自分自身の幼少期のことを考えると、子供を育てることにも恐怖心が出てくるのです。
そのため、今後モリサワにパートナーが出来た時、どれだけ相手のことを心から恋をして、愛しているとしても、この「子供を持たない」という選択肢は曲げないと思います。
ちなみにモリサワは、障がいがある孤独による”寂しいから”という理由で恋愛はしません。
でも、この寂しさを埋めるように恋愛する人も居るのかもしれないですし、それを利用する人もこの世に存在するかもしれません。しかし、それが恋愛として成り立つかは定かではありません。
こちらは、寂しさで愛情(?)を埋めていた時代のモリサワの記事です。
正直に書いておきたいことがあります。
もし将来、状況が変わって「子育てをしたい」と思う日が来たとしても、モリサワは自分一人の力だけでそれを背負うことは難しいと思っています。
その理由として、金銭面だけでなく、”訳あり冒険者”モリサワにはステータス上、精神障がいも発達障がいもあります。
モリサワはトランスジェンダーであることにより、体の嫌悪感から自分の遺伝子を残すことはしません。
しかし、それとはまた別の話です。
つまり、モリサワ自身の精神状態が安定しないときに、一人の命の責任を全部引き受けるのは、正直怖いのです。
だから、もし”子育てをする選択”をする日が来るとしたら、それは「自分一人で頑張る」ではなく、「周囲に協力してくれる人がいる」という前提があって、初めて成り立つ話だと思っています。
なお、モリサワの考える「周囲に協力してくれる人がいる」という相手は、例えば、善意の協力のもとモリサワのパートナーの親や親戚、実の親や親戚などのことだと思っています。
確かに、「支援を使えばいいのでは?」という意見もあるかもしれません。
それでもモリサワは現在、支援を使ってまで子育てをしたいとは思っていません。
ただ、誤解しないでほしいのは、これは「障がい者は子供を持つべきではない」という話では決してない、ということです。
これは押し付けの優生思想でもなんでもなく、あくまでモリサワ個人の「責任を持てない状態で、誰かの人生を巻き込んでまで無責任に生命を生み出したくない」という、一人の人間としての価値観の話です。
これは、モリサワという一人の冒険者が、自分自身と向き合った上で出した、今の答えというだけです。
障がいの有無など関係ない。人である限り、恋愛は自由だと思う。でも「誰と、どう生きるか」は人それぞれ
この記事の冒頭で、「恋愛感情を抱かないアロマンティック」の話に触れました。
恋愛をする人もいれば、しない人もいる。
結婚したい人もいれば、したくない人もいる。
ただ現状、法律により出来ない人たちもいる。
子供を持ちたい人もいれば、持ちたくない人もいる。
昔よりも選択できるようになったこの時代に、そのどれもが、間違いじゃないと思っています。
障がいがあってもなくても、恋愛観もライフプランも、本当は十人十色でいいはずなのです。
大事だと思うのは、「その人がどう生きたいか」という意志を、誰かが勝手に決めつけないことだと思うのです。
”訳あり冒険者”でジョブ(職業)が【探究者】のモリサワは、恋をするし、パートナーがいれば愛します。
でも、子供を持つという選択については、今のところ「子供は持たない」という道を自分で選んでいるにすぎません。
それでいいと、モリサワは思っています。
代わりに、兄の子供とたくさん話して、遊んで、悩みを聞いて。それでいいと思っています。
最後に:”訳あり冒険者”【探究者】モリサワが辿り着いた答え
「障がい者でも恋愛するの?」
そう聞かれたら、モリサワはこう答えます。
「します。恋もしますし、好きな人ができたら大切にします。
”障がいがあるから恋愛ができない”とも思っていません。
ただ、それとライフプランは別の話だと思っています。
例えば、”子供を持つかどうか”という選択は、恋愛とはまた違う責任の話だからです。」
さて、”訳あり冒険者”モリサワは「障がいがあるから」といっても、健常者同様、一人の人間です。
ただ、恋愛の先にある選択があるとして、例えば結婚、出産、子育てなどの将来設計は、障がいの有無に関係なく、一人の人間として、一人ひとりが自分の状況をきちんと把握した上で向き合って決めることだと思うのです。
元上司であったAさんの何気ないこの一言がきっかけで、モリサワは自分の恋愛観、そして人生設計について、今回改めてAKARIという媒体を通して言葉にする機会を頂きました。もちろんnoteが最初ではあります。
最後に、この記事を読んでくださっている貴方に聞いてみたいことがあります。
「あなたにとって、”恋愛”とはなんですか?」
そして、恋愛の先にある選択を、あなたはどんな基準で決めていますか?
よろしければ、この記事のコメントで皆さんの意見を聞かせてください!
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記事を読ませていただきました。誰でも個人的には惹かれる存在を見つけます。片思いがいつしか付き合ってるなんてこともあるでしょう。健康な人や体や心にダメージがある人にもある年令になると異性を気になることも、心の成長かもしれません。個人の価値観や考え他にもあるかもしれないですね。これからも記事を楽しみしています。
カワウソさん
いつもコメントありがとうございます!
そうなんですよね。誰でも惹かれる存在を見つけます!
ここが心の成長という点は新たな視点かもしれないですね!
これからも頑張って記事を書いていきます!よろしくお願いいたします!