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我が家には2匹の黒猫がいます。
2匹は私に対して、
まるで全幅の信頼を寄せるように、
いつもそばにいてくれます。
私が苦しんでいる時も、
私が悲しんでいる時も、
私が楽しそうにしている時も、
私が怒っている時も。
そんなことは関係なく、
順番に膝の上へ乗ってきます。
私の様子をうかがうように、
じっと見つめ、
少し目を細めて、
「ニャー」と鳴く。
まるで何かの儀式のように。
猫は、人間の言葉を話しません。
「大丈夫?」
とも言わないし、
「頑張れ」
とも言わない。
悩みを聞いて、
解決策を考えてくれるわけでもありません。
仕事の問題も、
病気も、
将来への不安も、
何一つ解決してくれません。
それなのに、不思議です。
膝の上で安心しきって眠る姿を見ていると、
張り詰めていた心が少しだけほどけていく。
ゴロゴロという小さな振動を感じているだけで、
「まあ、今日はこれでいいか。」
そんな気持ちになれる日があります。
猫は、
「生き方」を教えようとはしません。
昨日を後悔することもなく、
明日を心配することもなく、
ただ今日を生きています。
眠くなれば眠る。
甘えたくなれば甘える。
日向があれば移動し、
お腹が空けばご飯をねだる。
その姿を見ていると、
人間だけが必要以上に、
過去や未来を抱え込んでいるのかもしれないと思います。
私は、うつ病や関節リウマチを経験しました。
心は深く沈み、
息をするだけで精一杯の日もあります。
体のあちこちに痛みが走り、
思うように動けない日もあります。
何もできず、
自分を責めてしまう日もあります。
そんな時でも、
猫たちは何も変わりません。
「今日は何もできなかったね。」
とも言わない。
「もっと頑張れば?」
とも言わない。
ただ隣に座り、
時々こちらを見て、
眠くなれば眠るだけ。
その「変わらなさ」に、
私は何度も救われてきました。
人は、
誰かに励まされることで救われることもあります。
でも、
何も言わず、
ただ隣にいてくれる存在に救われることもあります。
猫は何も解決してくれません。
それでも、
何度も私を救ってくれました。
救われるというのは、
人生の問題がなくなることではありません。
「もう少しだけ、生きてみよう。」
そう思わせてくれることなのだと、
私は2匹の黒猫から教わっています。
私はよく猫たちに話しかけます。
他愛もないことを話して、
一人で笑ってしまうこともあります。
そんな自分がおかしくて、
気づけば嫌なことを忘れています。
猫たちは話の内容なんて興味がないのでしょう。
私が話しかけると、
目を細めて、
大きなあくびを一つ。
そして、どちらからともなく立ち上がり、
こちらを見ます。
「……そろそろ、おやつの時間では?」
そう言っているような顔で、
2匹そろってお皿の前へ。
私は今日も、
「はいはい、ただいまご用意いたします。」
と言いながらおやつを準備します。
どうやら私は、
救われているつもりで、
2匹の優秀な下僕として毎日働かされているようです。
でも、それでいい。
猫は何も解決してくれない。
それでも、
今日も私を救ってくれています。
今回は、我が家の2匹の黒猫について書いてみました。
皆さんにも、心の支えになっている存在があるのではないでしょうか。
ワンちゃんかもしれない。
推しかもしれない。
トカゲや熱帯魚など、小さな家族かもしれない。
人生の問題を解決してくれるわけではなくても、
「もう少し頑張ろう。」
そう思わせてくれる存在は、きっと誰にでもあるのだと思います。
もしそんな存在がいるなら、どうか大切にしてください。
猫の下僕、ねこパンクでした。
参照元 : コレサワ「にゃんにゃんにゃん」2023/02/22
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