わたしは障がい者?…ではない!!同僚に助けられた話

全体的にピンク味を帯びた桜の写真

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わたしは、就労継続支援A型事業所というところで7年間、働いています。

20代のほとんどをA型事業所で働いてきました。

わたしは19歳の頃くらいまで、自分にちゃんとした診断名が付いていませんでした。

実際は「双極性障害」などという名前はついていたのですが、あまりそれを実感して生きていくことはなかったです。

なぜかというと、わたしは「普通の女子高生」として、普通の学校に通っていたから。

なのでわたしは学生時代、いわゆる「障がいのない女性」として生きてきました。

しかし、20歳あたりで、本格的に診断名がつき、

21歳から、今のTANOSHIKAで「障がい者」として働き始めることに…。

つまり…19歳の頃までは「障がいのない人として生きてきた」なのに、突如として、「障がい者」として生きるようになったわけです。

働く際「障がい者」になることに、戸惑いはなかった。むしろ。

働く上で「障がい者」として生きること。そこに戸惑いはありませんでした。
むしろ「障がいがない人」として生きているときは、苦しくて仕方なかったのが、「障がい者」として配慮されることで、見違えるように生きやすくなりました。

今までは働く時「なんでそんなことできないの…?」と不思議がられたり、アルバイト先で叱られまくっていたわたし。

でも。

障がい者として働くことで、みんなが

「この子は障がいがあるから、配慮しよう」

という視点で見守ってくれて、ありがたいし、とても救われました。

20代前半はそのようにして、楽しんで生きてきました。

自分が「障がい者であること」。

自分が「障害者手帳を持っていること」。

どちらもが、わたしを「生きやすくしてくれるツール」のように思ってたくらいでした。

特に働く上で「障がい者」という代名詞がついたことは、大きくて、とても「働きやすくしてくれるツール」だったのです。

障がい者であることがいつしか…

しかし、20代後半になってから。

持っている障害の影響で地獄のような日々を送るように。

でも本当にそれが症状なのか?
それとも「自分は障がい者だから乗り越えなきゃ」と思い込んでいるのか?

わからなかったです。

とにかく言えることは「わたしは障がい者なんだ!」という気持ちがすごく強かったということ。

「障がいがあるから、障がい者として、対策を練ろう」
「障がいがあるから…挑戦するのはやめよう」
「障がい者だから…みんなに迷惑をかけないようにしよう」

いつしか、「障がい者」であることが、わたしを縛っていました。

「障がい者」であることが、わたしを「生きやすく」「働きやすく」させてくれていたはずが…
「障がい者」であることがわたしの足をぎゅっと後ろに引っ張るような感覚でした。

そして。

外に出ることもなくなり、おしゃれをすることもやめました。

地味な洋服を着て自信なさげに下を向いて歩く。

それがわたしの日常になったのです。

わたしの考えが変わったきっかけ

しかし。

ある日、ガラリと考えが変わる出来事が起きました!⚡️

その日、わたしはとある女性メンバーさんに話しかけられました。

そのメンバーさんの名前をNさんとします。

「The piasu(わたしの名前)さん、お久しぶりです☺️」

Nさんはそう声をかけてくれました。

Nさんは素敵な、わたしの尊敬している、事業所の同僚さんです。

Nさんと久しぶりに。休み時間に、長時間話しました。

プライベートのことも。好きな食べ物のこと。住んでいる場所。仕事のこと。

そのNさんと話している時が本当に楽しくて楽しくて。

わたしはその時、ハッとしました。

「わたし、ほとんど10年ぶりくらいに…“一人の女性”として話している!」

「わたし、ほとんど10年ぶりくらいに、障がい者としてではなく、障がいがあるない関係なく、ただ一人の人間として話している!」

それは、他でもなく、Nさんがわたしを「一人の同僚」「一人の女性」「一人の人間」として見つめてくれたからだと思います。

それはここ数年でひさしぶりのことでした。

わたしはその時間が涙が出るほど嬉しく、家に帰ってから、すっかり元気が出て、その時のことを思い出して嬉しくて、泣いたりしました。

Nさんのわたしを見つめる瞳、それはまさしく「一人の人間」としてしか、わたしを見てないそんな瞳でした。

そんな瞳で見つめられたのはずいぶん久しぶりだったから。

ここ数年間、ほとんど「障がい者」としてしか見つめられなかった。

だから。すごく嬉しかったです。

それ以来考えが変わった

それ以来、考え方が変わりました。

今までは「障がい者」として「だけ」で生きてきたわたし。

でも「一人の人間」として、わたしは

「もっともっと人生を楽しみたい」
「もっと生きていることを楽しみたい」

と思えたのです。

わたしは「障がい者」である前に「一人の人間」である。

すっかり忘れていたことでした。

それからは、生きること、暮らしのこと、そして「働くこと」に前向きになってきました。

働く姿勢からも学ぶことがある

Nさんからは働く姿勢からも学ぶことがたくさんあります。

具体的なエピソードは省きますが、Nさんは一人の人間として、みんなに接していて、そこが素敵だなと思います。

就労継続支援A型事業所で働いていると、どうしても同僚同士を「配慮しあう同士」「障がいがある者同士」として見合ってしまう時もあると思います。

そうやってお互い配慮して働いていくことが当たり前になっているような気もします。(もちろんそれは大事なことですが)

ただ、Nさんはみんなのことを「ただ一人の大切な人」として、接してくれる。

配慮もしてくれるけれど。

それ以上に「一人の人として」会ってくれる、話してくれる。

わたしもNさんを見習って、みんなのことを配慮するだけでなく、(それはもちろんそうだけれど)一人の大切な「人」としても、接したい。そうやって一緒に働くぞ。

当たり前のことだけれど、とても大事なことだけれど、完全に忘れていたことを。

Nさんはいっぱい教えてくれました。

Nさんだけでなく、ここにいる人たちにも、尊敬する部分がたくさんあります。

これからも同僚としてよき関係を続けていきたい

もちろん同僚=友達ではないです。なのでここに書いてあることは「あくまで同僚としての関係で感じたこと」として、皆さんには受け止めていただきたいなと思います。

でも本当に出会えてよかった、そんな体験でした。

Nさんには感謝です。

これからも同僚として、いい関係を続けていって、日々お互いに成長していきたいなと思います☺️

働くことで得た、小さな、いや大きな一歩の体験でした。

これを読んだみなさんにとって、何かの支えになったら嬉しいです。

これからも同僚として切磋琢磨して歩んでいきます!

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2 件のコメント

  • The piasuさん、読みました。
    なんだかありがとうございます、照れました☺️
    あのとき私も楽しかったですし、そんなふうに感じてくださっていたことが嬉しかです。
    これからもお互い笑いながら過ごしていきたいですね。

    • りんごいくらさん、コメントすっごく嬉しいです😆
      照れてくださったんですね。
      りんごいくらさんに本当に助けられていますよ🍎✨
      笑いながら、またよろしくお願いします☺️♪

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