9.11同時多発テロ事件から17年 テロとアメリカと映画 その後の映画から考えること

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9.11から17年 テロとアメリカと映画

 2001年9月11日にアメリカで起きた同時多発テロ事件から17年が経ちます。ニューヨークのワールド・トレード・センターとワシントンDC郊外のペンタゴン(アメリカ国防省)が攻撃を受け、2996人の死者、6000人以上の負傷者を出したと言われています。

 テロ事件を受けて、アメリカでは多数の関連した映画が作られました。どんな映画が公開されたのでしょうか。ここでは、その一部を紹介したいと思います。

『ユナイテッド93』

 「まだ早すぎる」「悲劇の搾取をすることになるのでは」といわれつつ、テロ事件を直接的に扱う大手のメジャースタジオの映画が初めて公開されたのは、2006年のことです。

 手持ちカメラでの撮影が多く、リアリティがあるアクションシーンを撮ることを得意とするポール・グリーングラス監督が、テロ事件でハイジャックされたうちの一機であるユナイテッド航空93便の機内の様子をリアリティ溢れる描写で描いた『ユナイテッド93』を製作しました。本作は、絶賛と同時に、あまりのリアリティ描写に物議を醸し出しました。

 ユナイテッド航空93便は、テロ事件でハイジャックされた4機のうち、唯一、攻撃目標に到達しなかった機体です。

 映画は、機内の様子や、地上の航空職員のやりとりを臨場感溢れる描写で描きます。出演者は無名俳優を中心に選ばれ、また、リアリティを追及するため、パイロットや客室乗務員役はその職業の経験者を中心に起用されました。空港との無線などは、事件当時の実際の音声が一部使用されています。

 映画を製作するにあたり、ほぼすべての遺族と連絡を取り了解を得て、また、何人かの俳優が自身が演じる役をより深く演じるようにと、遺族のもとを直接訪れたりもしました。

 監督をはじめとする製作スタッフは、犠牲者の遺族や関係機関への入念な取材を行いました。管制官や一部の出演者は、テロ事件当日に現場で勤務していた本人が演じたりもしています。

 ポール・グリーングラス監督はその年のアカデミー賞監督賞にノミネートされ、英国アカデミー賞では監督賞を受賞しました。

『華氏911』

 大手メジャースタジオで公開されるテロ関連の映画が最初に公開されたのは2006年のことですが、大手ではない独立系のインディペンデント映画界では、多数のドキュメンタリー映画作品を撮ってきたことで有名なマイケル・ムーア監督が、2004年に『華氏911』を発表します。

 映画では、テロ事件をめぐり、ブッシュ大統領とテロの首謀者とされたビンラディンとその一族やサウジアラビア王室、イラク戦争を主導したドナルド・ラムズフェルド国防長官とイラクのサッダーム・フセインの密接な関係を描きました。

 映画は、第57回カンヌ映画祭の最高賞であるパルム・ドールを受賞する一方、配給元の映画会社ミラマックスの親会社であるウォルト・ディズニー・カンパニーが政治的影響を懸念して配給拒否の態度を示すなどの騒ぎも起きました。

『ハート・ロッカー』

 テロ事件から5年の間に、大統領ジョージ・W・ブッシュは、イラクが大量破壊兵器を所有していると非難し、これを受けてイラク戦争が開始されます。これを受けて、その後はハリウッドでも政治的メッセージを含む映画が多数公開されるようになっていきます。その中でも最も評価を受けた作品が、『ハート・ロッカー』(2008年公開)でしょう。

 映画は、イラクを舞台としたアメリカ軍爆弾処理班を描きます。アカデミー賞では9部門にノミネートされ、作品賞・監督賞・オリジナル脚本賞・編集賞・音響効果賞・録音賞の6部門を受賞、監督のキャスリン・ビグローは監督賞を受賞する史上初の女性監督となりました。

 「ハート・ロッカー」というタイトルは、アメリカ軍のスラングで「苦痛の極限地帯」、「棺桶」を意味します。

 

『ゼロ・ダーク・サーティ』

 ビグロー監督は、その次の作品の『ゼロ・ダーク・サーティ』(2012年公開)でもテロ関連の映画を製作します。映画はテロ事件の首謀者とされるウサーマ・ビン・ラーディンの殺害に至る経緯と、その作戦に挑む特殊部隊を描きます。タイトルの「ゼロ・ダーク・サーティ」は軍事用語で、作戦が開始された午前0時30分を意味します。

 映画は、事実と異なる部分があるという指摘があったものの、女性CIA分析官が、自分のすべてを犠牲にして巨大で危険なミッションに当たっていたことを描き、衝撃を与えました。

『チャーリー・ウィルソンズ・ウォー』

 テロ事件が描かれる映画が製作される一方で、その知られざる舞台裏も描く映画も作られるようになりました。たとえば、『チャーリー・ウィルソンズ・ウォー』(2007年公開)がその一例です。

 映画は、アメリカ・テキサス州選出の下院議員チャーリー・ウィルソンが、1980年代にCIAの諜報員とともにソビエト連邦による侵攻を食い止めたアフガニスタンを救うために奮闘した姿がユーモラスに描かれます。

 アメリカとソ連の冷戦状態が続き、ソ連が隣国のアフガニスタンへ侵攻した翌年の1980年。テキサス選出の下院議員ウィルソンは、ある日、アフガニスタン難民たちの悲惨なニュース映像を目にします。すると彼は、二の足を踏む政府を横目に、パキスタン、イスラエル、エジプトといった近隣諸国も巻き込んで、アフガニスタンへの武器弾薬を密輸で調達することにしたのです。

 アフガニスタンへの軍事支援により、ソ連軍のアフガニスタンからの撤退をはじめ、ソ連経済の停滞、ベルリンの壁崩壊、冷戦の終結、ソ連の崩壊といった一連の歴史的経緯を作ったことが、ウィルソンの功績であることは確かです。CIAはCIA要員にしか贈ったことがない功労賞を、初めて文民であった彼に授与しています。

 一方で、CIAから何百万ドル単位の支援を受けたアフガニスタンの軍閥が、国際テロ組織アルカイダなどとつながりを持つ危険なイスラム原理主義勢力となり、それがテロ事件と繋がったことも事実です。

 この点に関しては、映画では、学校を作るなど、アフガニスタンの経済復興を試みずに、軍事支援だけで終わってしまったことを悔いています。

『アメリカン・スナイパー』

 テロ事件を受けて、好戦的な映画が多数作られたことも確かです。ですが、『アメリカン・スナイパー』(2014年公開)はテロ関連としての映画のみならず、アメリカで公開された戦争映画史上最高の興行収入をもたらしました。

 原作は、イラク戦争に4度従軍したクリス・カイルが著した自伝です。カイルは、狙撃兵として類まれた才能を開花させる一方で、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しみ心身を疲弊します。

 そして、ラストに描写されるあまり現実のむごさに、戦争の悲惨さを観客は思い知ることになるのです。

 

 9.11同時多発テロ事件以降、テロはますます日常化しています。一方で、アフガニスタン、イラクともに、その混乱は収まりつつありません。

 時に、映画は、私たちに知られざる事実を提示してくれます。ご紹介した映画を機に、私たちが置かれた現状を考えてみると良いかもしれません。

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