【水道民営化】問題点とオルタナティブな運営方法について

水道民営化

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1.水道事業の民営化

 昨年12月に改正水道法が成立しました。この改正法は二つ施策を打ち出しています。一つが、都道府県が中心となって水道供給の広域連携を推進することです。それにより、施設の集約、職員の削減など効率化を進める狙いがあります。ただ、それだけではコスト削減に限界があり、また各事業所間の経営効率の違い、料金格差を平準化していくのは難しいです。

 そのため、もう一つの施策としてコンセッション方式の導入が打ち立てられました。現状では多くの自治体で料金徴収など一部の業務に限って民間企業が参入していますが、コンセション方式では水道施設の更新、保守管理、災害時の応急給水などを含む、水道事業そのものの経営を民間企業に委ねられます。

 厚生労働省によると、浜松市、宮城県、宮城県村田町、静岡県伊豆の国市が上水道でのコンセッション方式の導入に向けて調査などを実施し、大阪市や奈良市も検討しているとのことです。

 では、なぜ、水道事業の民営化がなされようとしているのでしょうか。それは、日本の水道事業が今、危機的な状況にあるためです。まず深刻なのが、水道管の老朽化です。そして、人口減少で水道利用量は2000年をピークに減り続け、2065年には2000年の60%程度に減ると予測されています。

 また、40年の法定耐用年数を超える水道管の割合は2016年時点でも15%に達するといいます。

 震度6強程度の地震にも耐えられる「耐震適合率」も4割にも満ず、団塊の世代の退職で水道職員は30年前と比べて約30%減少しています。

 このような、危機的となった水道事業を立て直そうと、民営化がなされようとしているのです。

2.世界各国では民営化は失敗続き

 ですが、世界の事例を見ると、水道事業の民営化は失敗続きでした。イギリスやフランスでは財政赤字が深刻化した1980年代に水道民営化が始まり、東西冷戦終結後の1990年代には各国で民営化が推進されました。

 しかし、コスト削減優先の民営化は、安全対策の手抜きを生みました。イギリスでは1990年代に赤痢患者が増え、フランスでも未殺菌のままでは飲めない水が提供されるなどの問題が頻発しました。

 また、民間企業である以上、採算が取れなければ公営以上に水道料金の引き上げは簡単に行われます。1984年にコンセッション方式で民営化で民営化されたフランス・パリ市では水道料金が3.5倍に跳ね上がったために、25年で公営に戻りました。

 民間企業による不正も目立ち、パリでは2002年の監査で経済的に正当化される水準よる25~30%割高の料金が設定されていることが発覚し、ベルリンでも同様に、水道料金の高騰や透明性を欠く財務体質に批判が出て、2013年に再公営化されました。

 イギリスのシンクタンク、スモール・プラネット・インスティチュートによると、民営化された事業が行き詰って再公営以化される割合は、エネルギーで6%、通信で3%、輸送で7%だったのに対して、水道の場合は34%にものぼるといいます。

 トランスナショナル研究所と国際公務労連の調査によると、2000年から2014年までの間に世界35ヵ国で民営化されたいた水道事業が再び公営化された事例は180件だそうです。

3.水道民営化が抱える大きな問題点

 さて、このような水道民営化ですが、次のような問題点が挙がっています。

 まず、コンセッション方式では、施設の更新などを理由に安全対策を「人質」に値上げを要求された場合、自治体は拒否できるだろうという点です。

 大災害などの際に本当の民間会社が責任を持って事業を継続するかについても懸念の声が上がっています。そもそも赤字に悩む地域に民間企業が名乗りを上げるでしょうか。参入した民間企業が過度の利益の追求に走れば、料金の高騰と水質低下を招く恐れもあります。

 このままでは、人口が少なく、採算の見通しが立たない過疎地が切り捨てられ、利益が出ていない自治体の水道事業に民間が参入するとは思えないとの声もあるのです。地域の独占企業となだけに値上げの懸念も強いです。

 南アフリカでは、水道を民営化した結果、料金が払えなくなった約1000万人が水を止められ、人々が河川でそれを代替したため、コレラがはびこったそうです。

 フィリピンのマニラでは1997年に水道事業が民営化されると、アメリカのべクテル社が参入。すると、水道料金は4~5倍になり、低所得者は水道の使用ができなくなりました。

 世界銀行の勧告に従って水道事業を民営化した開発途上国に欧米の巨大企業が進出し、その国の水道事業がほぼ独占されました。

 フランスのヴェオリアとスエズ、イギリスのテムズ・ウォーターの三社は「ウォーター・バロン」と呼ばれ、水道事業で大きなシェアを持ち、これ以外にもアメリカのべクテルなど、欧米には「水メジャー」とも呼ばれる巨大企業が軒を連ねており、日本にも参入をうかがおうとしているのです。

4.オルタナティブな運営方法の構築を

 では、どうすれば良いのでしょうか。世界を見渡すと、民営化された水道ではなく、不十分な公営水道でもない、現実的なオルタナティブな水道事業のモデルが存在するのです。

 先進国と途上国の双方で、公営の水道事業体が、水道インフラの拡充や給水・汚水処理、水源の保全などの事業全般の運運において、住民や市民運動、労働組合などの積極的かつ主体的な参加を受け入れることで、事業体が直面するさまざまな困難を乗り越えてきた事例がいくつもあります。

 ブラジルのポルトアレグレ市やインドのケーララ州では、「参加型予算」という制度の下で、住民なら誰でも参加できる地域ごとの大規模な集会を通じて、自治体予算の使途が具体的に決定されるという、新しい「直接民主主義」のような形態がみられます。

 このような大規模な住民集会を通じて意思決定を行うプロセスは、ベネズエラやブラジルのレシフェ市などでも実施されており、またインドのケーララの村やガーナのサベルグでは、住民自身が給水など水道事業のさまざまな役務を担っています。

 先進国においても、たとえばアメリカでは、水道が公共サービス消費者行動グループといわれる制度の下で、多くの州で、‟市民公共サービス理事会(CUB:Citzen Utility Board)”が活動しています。

 この会員の投票で選出された理事会は、利用者を代表して料金設定にかかわる各種プロセスを監視したり、公共サービスに関する調査・研究を実施したりするほか、広報活動や、条例制定・住民投票などを求めるキャンペーンを実施する権限も与えられており、住民利益の擁護に大きな役割を果たしているのです。

5.水は‟権利”

 今、世界規模で、誰が水を管理するのかという問いに決着をつけるための国際法の変更が求められています。水には経済的な側面があることは事実だとしても、水は商品ではなく人権に関わるものであり、公共財であるという理解が必要です。

 国家が自国の市民に対し、公共サービスとして十分な量の安全な水を支払可能な料金で供給する義務について成文化する拘束力のある法律を作ることが求められているのです。

 たとえば、2000年の開発に対する権利に関する国連総会決議や、2004年の有害廃棄物に関する人権委員会決議、2005年の非同盟運動(116ヵ国加盟)によるすべての人が水を得る権利声明などで、水に対する権利の側面が訴えられてきました。

 国家レベルでも動きが始まっています。ウルグアイでは2004年に世界で初めて、水に対する権利の法制化を問う国民投票が行われ、賛成多数で可決されました。ウルグアイでは今、水は基本的人権であるだけでなく、政府が水政策を策定する際には経済面への配慮よりも社会的配慮を優先しなければならないのです。

 アパルトヘイト(人種隔離政策)の廃止を勝ち取った南アフリカでも、ネルソン・マンデラによって水を人権と規定する新憲法がつくられました。水の‟権利”は、エクアドルやエチオピア、ケニアなどのほかの途上国でも憲法に明記されているのです。

 水道事業が今、危機に瀕していることは確かです。ですが、民営化だけが答えではありません。今一度、原点に立ち戻り、水を得ることを‟権利”として考えることから出発する必要があるのです。

  参考

コーポレート・ヨーロッパ・オブザーバトリー、トランスナショナル研究所編(2007)『世界の<水道民営化>の実態 新たな公共水道をめざして』佐久間智子訳、作品社.

ニュースソクラ(2019)Yahoo!JAPANニュース『【論調比較・‟水道民営化”】多くの地方紙が危機感表明』<https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190110-00010000-socra-pol>(2019年1月17日アクセス)

橋本淳司(2018)Yahoo! JAPANニュース『水道民営化 賛成する自治体、反対する自治体』<https://news.yahoo.co.jp/byline/hashimotojunji/20181211-00107296/>(2019年1月17日アクセス)

原彰宏(2018)マネーの達人『水道民営化で安全神話崩壊の理由「水道法改正」可決に至る3つの経緯とポイント。』<https://manetatsu.com/2018/12/158408/>(2019年1月17日アクセス)

坂東太郎(2018)Yahoo! JAPANニュース『水道事業を民間委託? 水道法改正の背景と課題とは 坂東太郎のよく分かる時事用語』<https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181224-00010000-wordleaf-pol&p=1>(2019年1月17日アクセス)

モード・バーロウ(2008)『ウォーター・ビジネス』佐久間智子訳、作品社.

六辻彰二(2018)Yahoo! JAPANニュース『世界の流れに逆行する日本ーなぜいま水道民営化か』<https://news.yahoo.co.jp/byline/mutsujishoji/20181115-00104161/>(2019年1月17日アクセス)

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