【経験談】両親の介護と仕事 第2弾-その後、両親の状態はどうなったか?私の立ち位置は?-

笑顔で話し合う老夫婦の姿

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こんにちは、金次郎です。

4月に、高齢になった両親の介護と仕事は両立するのか?
と言う記事を書きました。

あれから3ヶ月経ちましたが、我が家は現在どの様な状態になっているのでしょうか?
記事を読んでいただいた読者の中で、似たような家庭環境の人は「あの家族、その後どんな感じになったんだろうな?」と、気になっていた方もいるのではと思います。

今回は、3ヶ月経った現在の両親の状況と私の生活や立ち位置がどうなっているのかを書いてみました。
どうぞ、最後までお付き合い下さいませ 

父への対応 その1:歩行困難と失禁対策

私たち家族は、トイレに行くのもやっとこさ歩いている状態の父の為に、屋内のいたるところに歩いたり立ち上がる為の補助にと「手すり」を取りつけました。
・リビング ⇔ トイレまでの廊下壁面
・リビング ⇔ 食卓までの壁面
・父のベッドサイド
・父のリビングチェア横

また、失禁への備えとして、ブリーフに「尿とりパッド」を付ける様になりました。
最初は嫌がっていましたが、ある日デイサービス中にも失禁した事が・・・。
施設の人から強制的に付けさせられてからは、パッド付きのブリーフも嫌がらず履くようになりました。
しかし「尿とりパッド」の吸収容量を超えてしまうと、失禁しながら歩いてしまいます。
なので私は、毎朝朝食後に新聞を読みながら

・以前より減ったとは言え、まだこんな枚数のブリーフを毎日洗濯しているのか

と思いながら、洗濯ものを干している母を見ています。
母の話によると、夜中も2時間おきくらいにトイレに行っているとの事

父への対応 その2:物忘れと変わった好みの追加

その夜中のトイレの時に、母は父が布団から出る物音で目を覚まし「トイレに行くみたいだけど、その後はどうかな?」と思いながら布団の中で様子をうかがっているそうです。
父は「失禁した」と自分で分かった時は、リビングの電気を点けて自分でブリーフやジャージを履き替えています。

そして履き終わった後ですが、今度はどのスイッチを押せばリビングの電気が消えるか?を忘れてしまい、あちこちのスイッチを押しているそうです。
ダウンライト(間接照明)が点いたり、食卓のライトが点いたり、果てはお風呂の給湯スイッチまで押してしまいまして「お湯張りをします」と言うデジタル音声が流れると、それまで耐えていた母が起きて対応しているとの事です。

また、何がきっかけなのか?母も良く分からないとの事ですが、最近やたらとヤクルトを飲む様になっています。
父が冷蔵庫に行き、ゴソゴソと何か探しているのを母は横目で確認しながらテレビを見てまして、リビングに戻って来た父の手を見ると、ヤクルトが1本。
更にジャージの胸ポケットからも2本取り出し合計3本取って来ています。
母が「なに3本も取って来てるの?」と聞くと、父は「良いやんか飲みたい」と答えます。
すると、母が「もうここに1本あるでしょ!」とテーブル上のヤクルトを指さします。
目の前に取って来ているのも忘れています。

「ヤクルト」に関して
主治医より
・1日4本までは飲ませて良いです、その代わり毎月血液検査をしましょう
と言われているそうです。

ヤクルトは、私も朝食時に1本飲んでいますが、飲み終わった後にゴミ箱のフタを開けると、父が飲んだと思われるヤクルトの空容器のヤマが・・・。
母を見ると「しょうがない」みたいな顔をしています。
なので今は、飲み過ぎ防止の為に、4本以外は冷蔵庫の探しにくい場所にわざと隠しています

父への対応 その3:どんどん自己中心的な行動になる

以前からデイサービスの日は疲れ切っていましたが、最近は無い日もグッタリしています。
リビングには、長いソファータイプの椅子以外に父専用のリクライニングチェアも有るのですが、トイレから戻っても自分の椅子まで行くのがキツイのか、私が1階に居る時に座っているソファーのリビング入口近くの場所でグッタリしています。
だからと言って、母や私が父のリクライニングチェアに座ると「俺の席に座るな!」と怒り出します。

また最近は、夕食の準備が整い母が「食べますよ」と呼んでも、ソファーから立ち上がろうとしません。
何度呼んでも来ないので、現在は「構わないから、先に食べましょ」と母が言うので、父が来ないけれども先に食べ始めています。
ですので、最近は食後の片付けが母と私の分、そして後から食べだしている父の分と2段階になっており中々片付けが終わらない状態になっていますので、私の自由時間も少なくなっています

母の「帯状疱疹」も、まだ治らない

前回の記事にも書いた様に、母が帯状疱疹に罹ってしまった原因は過労とストレスと医師から言われています。
今まで書いてきた様に、わがまま勝手な父の対応に母も疲れ切っています。
初診から3ヶ月経った今も、通院し薬も処方されていますが、右目の周りの痛みが取れないとの事で、右目を押さえながらテレビを見ています。
日曜の買い出しの時など、ご近所さんに遭遇しますが「痛みが取れるまで半年かかるわよ」とか「1年コースかも?」と、体験された方から脅かされています。

鎮痛薬の副作用に「眠気」がありますが、疲れているのも追い打ちをかけているのでしょうね。
夕食後に薬を飲んだあと、10分もしないうちにソファーで寝てしまっています。

取り合えず、仕事は出来ているけれど・・・

一応、今のところ仕事に行けていますが「今後は?」と問われると「状況次第」と答えるしか無いのが現状です。

今まで22時になったら母が寝る準備をはじめますので、私も2階の自室に上がっていたのですが、現在は22時を過ぎても母は動きません。
そして22時30分あたりに私が
・どう?もうお父さんは、トイレに起きて来ないだろ?
と問います。
・そろそろ起きて来るはずなんだけどな・・・、もう寝ようか
と言う母の一言でやっと2階に上がります。
そして、そのまま寝れる日もあれば、2階に上がった後に父の失禁対応を迫られる日も有ります。

なので、朝起きる時間は変わらないのに床に着く時間が現状どんどん後ろにずれており、結果睡眠時間が短くなっている状態でして、睡眠導入剤の効き目が残ったまま起きて仕事に来ているので、眠たくてしかたがありません。

終わりに

と、現在は父の行動に振り回されながら、母も私も生活しています。
そんな母や私を少し休ませる事ができる日が来ます。
介護福祉士さんから提案されていた、父のショートステイ体験の日が決まりまして、1泊2日ですが、介護施設で過ごす事になりました。

状況次第ですが、ショートステイに行く事に慣れて来たら、少しずつ1回の日数も増やして行く予定です。
これで、母もかなり楽が出来る様になるでしょうし、父の介護や自身の病気でしばらく休んでいた「ママさん卓球クラブ」に行くのも再開して、運動する事で体力維持が出来る様になるでしょう。

また、最近は自宅の固定資産税や、介護保険の内容なども私に話してくれています。
これは
・近いうちに、家の事や介護の事も全部貴方に頼るわよ
と言う無言のメッセージだと受け取っています。
いつか来るその日に備えて、私も覚悟を決めないといけないと思っています。

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