絶望の先で、私がA型事業所に就職したきっかけ

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こんにちは、翼祈(たすき)です。今回は一般就労を諦めて絶望し、施設に入るも又引きこもり生活になり、その後A型事業所で働き出したきっかけをお話しします。

ずっと引きこもりの生活だった

当時の精神科の主治医から、デイケア通所を言われていたものの、週5が基本なのを私は週2位しか行ってませんでした。デイケアに行っても、何も変わらないと、多分そう思っていたのでしょう。デイケアにも行かず、ずっと家にいて、寝ている生活を相変わらず送っていました。

働こうとしたきっかけ

ある日父が自宅で大怪我をし入院する事になりました。2ヵ月以上父が働けない日々が続きました。父が大怪我をした時、凄い音がし、近所の人が沢山集まり、父は意識なくドクターヘリで運ばれました。

私はまだ働いていなかったのですが、その時に「私働かなきゃ」と初めて働くという事を意識した瞬間でもありました。

母は私には関係ないと言ってなかったけど、

「でも働くって言っても、どこで働いたらいいんだろう…」と思って、近所を自転車で漕いでた時、ふとある建物に【A型事業所】という窓に貼ってあった文字が目に入って来ました。その時深い記憶の中に埋もれていた、A型という言葉が呼び起こされ、「ああ、ここで働こう」と思いました。

母に「近所にA型事業所って見つけたから、そこで働こうと思う」と話したら、母は「そこの会社の人が『今度A型事業所を作りましたので、興味があれば見学に来て下さいね』と前うちにチラシを持って来たんだけど、前A型でああいう事があったから、あんたは行かないだろうと思って、その話もあんたにはしなかったよ」と言われました。

凄く傷付いたあの日、でも時間が解決してくれ、私はA型事業所に対する嫌な思いはなく、凄く「早く働きたい‼︎」という欲に燃えていました。

10年余り遠ざかっていた面接、どうすれば、、、

私は面接というものに、何年も行っていなかったので、どんな格好をして、どんな用意をしていいか全く分かっていませんでした。後前の苦い経験を除いても、初めての障害者として臨む面接。本当に何の知識もなく、浦島太郎状態でした。

デイケアで「今度A型という所に就職しようと思っている」と話すと、デイケアのスタッフさんから「●さん、お仕事にピンクのアイシャドウは駄目ですよ〜」と言われました。

そうなんです、私今はベージュばかりで現在塗ろうとも思わないピンクのアイシャドウを当時好んで塗っていました。今ではピンク系は、というかベージュ系以外買いたいとも思わないのですが、まずはベージュのアイシャドウを早速買いました。

次はどうしたら良いか悩んでた時に、思わぬ再会

面接に行く時にどうしたら良いのだろうか?と行き詰まって、ハローワークに行ったら、前A型を受けようとした時に一緒に面接に行って下さった、ハローワークの職員さんがまだハローワークにおられ、そこでどうしたら良いか分からない旨を伝えて、今思うとそこまで普通して貰えないと思いますが、仕事用の化粧の仕方、履歴書の書き方、面接の仕方、服装など、色々教えて頂きました。

化粧も私はリキッドのファンデーションを塗っているので、ファンデーションだけ塗って、後はメイクなしで行って、ハローワークの2階で仕事用の化粧を施して貰ったり。(私はメイクはずっと自己流で、人にメイクをして貰った事はありませんでした。あの時して頂いたメイクを思い出しながら、毎朝メイクしていますが、あの時の様には上手くならないんですよねぇ…)

履歴書も大学中退の所を「一身上の都合で退学」と書いていたのを、『●を退学』だけ書けば良いとか、職歴を『●、契約期間満了にて退社』と書けば良いとか、色々教えて頂きました。今でもあの時書き方を教えて頂いた修正箇所の入っている履歴書、今入社している会社の履歴書を書いた時に、書く参考としてずっと大切に持っています。

今そのハローワークの職員さんは退職されて居ませんが、本当に今日に続くまで色んな事を教えて下さいました。今はお会いできませんが、今でも凄く感謝しております。

その成果でA型に採用され、現在へ

その時の成果でその行こうと思っていたA型に採用され、その後職が変わり、現在のライターのお仕事の会社に就職しました。ここに来るまで色々ありましたが、あの瞬間でしか会えないかけがえのない人達に出会え、今又新しい人達に繋がっています。

自宅で引きこもっていた時代は出会いとかそういうのに感謝とか全然思っていませんでしたが、今は嫌だった感情含め、出会った方の多くに感謝しています。

今のライターの仕事に就くまで色々ありましたけど、今は楽しく仕事出来ています。これからもライターとして仕事を頑張ります。

A型や就職に関する話題はこれで最後です。ここまでお読み頂きありがとうございました。

追記。

私は今日までに146番目の記事を書き終わりましたが、このA型に実際に行くまでの3部作は、去年の12月。既往歴の内容が終わり、20数番目に書いた記事でした。

この記事が載るのに当たって、今「私何でこんなに自己肯定感低すぎるんだろう?自信ないんだろう?」と考えました。

考えた結果、私自身の成功体験が少ないのと、昔から人に怒られてばかりで、褒められた経験が少ないからです。学生時代は出来る科目は褒められても、出来ない事が多いと人は怒るもので。「何をやらせても出来ない、貴方って本当に何も出来ないのね」とずっと大人になっても言われ続けて来ました。

人だから調子の悪い時とか、苛々する事もあると思います。そんな時に人に話しかけると、「あ、私嫌われたな。間違いない」と思って、それを何日でも引きずります。

私は自分が思っている以上に周りから嫌われているのは昔から知ってますし、私の事好きな人いないと思います。後ろ向き過ぎて、周りに害が出るタイプで。でも嫌われるのはいつも怖いなとやっぱり思いますよ。

褒められた経験がない分、褒められるとその感覚が自分にはよく分からない気持ちになります。余りに否定され続けたので、褒められる事がよく分からないのです。人に褒められても、そういう経験が少ないので、どういう表情とか対応していいか分からなくて。

この記事が載って、入社して半年経って(これは骨折した時期も入れたらです)、自分の中の違和感を見つめ直しました。これからも頑張って記事を書くので、良かったら読んで下さい。

この想いは何処かに書きたくて、この絶望の先で見つけた居場所を記したこの記事になら、書いてみようと思いました。ここまで3日間、私の3部作を読んで頂きありがとうございました。



Nnoteでも書いています。よければ読んでください。

TANOSHIKA 翼祈|note

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ABOUTこの記事をかいた人

左耳感音性難聴と特定不能の発達障害(ASD,ADHD,LD全ての要素あり)、糖尿病、甲状腺機能低下症、不眠症などを患っているライターです。映画やドラマなどのエンタメごと、そこそこに詳しいです。ただ、あくまで“障害”や“生きづらさ”がテーマなど、会社の趣旨に合いそうな作品の内容しか記事として書いていません。私のnoteを観て頂ければ分かると思いますが、ハンドメイドにも興味あり、時々作りに行きます。昔から文章書く事好きです、宜しくお願い致します。