「コロナ禍での友人の死を通して思ったこと」

友人の死

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皆さんこんにちは。Pinkです。今回は友人の死について思った事を書きたいと思います。

書くにあたって、かなり迷いもあったのですが、自分の中の記憶が新しいうちに、この思いを書き留めたい、皆さんに知って欲しいと思い書くことにしました。

ある日の夜、学生の頃の友人達で出来たグループLINEに久しぶりに連絡があり、読んでみるとそれは友人の訃報でした。

コロナによる肺炎とのことで、連絡がきた時には葬儀も終わっていて、あまりにも急な出来事に、ただ茫然とするだけでしばらくスマホを持ったまま動くことが出来ませんでした。

コロナ禍での過ごし方

毎日のように、コロナの感染者数・死亡者数・ワクチン接種数などがニュースで報道される中で、いつまで続くのだろうと不安の日々を過ごしています。

コロナ前は、マスクもせず、何も気にすることなく、友人と食事に行ったりしていた日々から一転してマスクは必須、食事に行く機会も少なくなりました。

最初の頃は、何となく孤独を感じていましたが、少しずつ生活にも慣れてきて日常へと戻っていきました。

しかし、昨年の夏に一度発熱し、コロナの検査をしてからは(幸いコロナではありませんでした)改めて、コロナの怖さを感じて、今まで以上に敏感になったと思います。

コロナが与えた影響

コロナがまだ詳しく認識されていない時に、芸能人が亡くなったという報道で一気にコロナに対する関心が高くなったのではないでしょうか。

急に人が亡くなってしまうという怖さ。それもテレビで見ていた人が、急に亡くなってしまう現実。人に与える影響は大きな物だと思います。

しかしその一方で、不安や怖さを感じても、それが身近でない限り、中々実感することは難しいと思います。

実際私も、今回のことがあるまでは正直、連日の報道に思考が麻痺してしまい、コロナの死者数を見ても、数字としてしか捉えることが出来ませんでした。

冷静に考えると少し残酷な気がしますが、テレビからの情報は、私にとってそのようなものだったのです。

友人の死

友人の死というのは、本当に辛いものです。今までにも数回経験していますが、コロナ禍において、コロナによる肺炎が原因で急に亡くなったというのは、あまりに突然で、最初に感じたのは「まさか」という思いでした。

時間が経つにつれて、何も出来ない自分が嫌になりました。それから学生時代の頃の友人が思い出されて、眠れなくなりました。

しばらくして、そう言えば数年前に数人で食事をしたのが最後だったと気付いて、もっと話せば良かったと思い、悲しくなりました。

しかし、友人が一番悲しんでいる、悔しいのではないかと思います。まだまだやりたいことなどがあったことでしょう。まさかこんな急に自分が居なくなるなんて、思いもしなかったでしょう。

最後に

生きていると、良いこともあれば、嫌なこともあると思います。そんな時、どこかへ居なくなってしまいたいと思うことがないでしょうか。

でも私は今回の友人の死を通して、今悩んでいる全ての人に伝えたいと思います。思いがけず、急に亡くなってしまうことがあるのです。また、人には寿命がありその時が来たら亡くなるのです。

だからこそ、生きている今を精一杯生きてみませんか?

 

noteでも記事を書いているので、よかったら読んでみて下さい!

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2 件のコメント

  • 記事を読ませていただきました。友人を亡くした後の辛さは同じような体験された人に伝わるものです。亡くなった人の分まで生きていこうと思うようになられたのではないでしょうか。これからも記事を楽しみにしています。

    • ハリネズミ様

      コメントありがとうございます。少し気持ちも落ち着いてきました。友人の分もしっかりと生きて、記事を読んで頂いている方へ私の思いを届けらるよう頑張りたいと思っています。

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