どんはれ、自転車に撥ねられる

自転車事故

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はじめに

私が中学生に自転車で撥ねられて経験したことをご紹介しようと思います。

轢かれた経緯

自宅付近の飲食店の前で自転車に撥ねられ、左足首を捻挫しました飲食店前は駐車場になっており、中学生は歩いている私が駐車した車の影で見えなかったらしいです。私も気がついたときには体が前に吹っ飛んでいました。

その日は土日で中学生は何かのスポーツの試合の帰りだったらしく、20名ほどの自転車を乗った集団で帰宅途中でした。

すぐに110 番通報

私は事故にあった直後、携帯電話ですぐに110番通報しました。警察が来る間、中学生は自身の母親を呼んいました。母親が近くの病院に車で連れて行こうと申し出ましたが断りました。私は頭を強く打ってはいないし、今のところ痛いのは足だけだったので、とりあえず警察が来るのを待ちました。

警察が来て、事情聴取を受け、私は兄に病院に連れていってもらいました。その日の夕方、中学生とその両親が謝罪に自宅まで来ました。

叱る

ご両親の真摯な謝罪を受け、きちんとしている印象を持ちました。中学生もそのご両親の愛情をきちんと受けて育っていると感じました。中学生の母親が警察との事情聴取の際、私と同世代なことを知ってしまったので、ここは大人としては中学生をちゃんと叱った方がいいと判断し、厳しく叱ることにしました。

あなたがちゃんと気をつけないと、あなたも、あなたのご両親も取り返しのつかない不幸になるよ」と言って叱りました。あとはご両親がフォローにまわるだろうと思いました。

心の傷?

この話を当時勤務していた会社でしていました。そしたら、普段から私と折り合いの悪い同僚が聞いていたらしく、そんなに怒ったら「心の傷になってしまう」と言ってきました。私は「はぁ?」とかなり呆れました。その同僚が言うには、自分も自分の息子と同じ学校の生徒に自転車に撥ねられたことがあるが自分は何も注意しなかったと言いました。

そして、私は再び、呆れました。それは、相手の生徒の親と揉めるのが面倒だという気持ちを「心の傷になる」っていう便利な言葉を使って無意識に責任転嫁しているだけです。私がもし息子がいて、その息子と同じ学校の生徒にそのようなことをされたら、なおさら、叱らなければならないと思ったでしょう。そこで叱らないで、その生徒が反省せず、「今度は自転車で人を轢き殺してしまいました」なんてなったら、私が後悔してしまう。私には息子はいませんが、思春期の年頃の子どもたちは大人が本気で真剣に自分のために叱ってくれているのか、そうじゃないのか、直感で見抜きます。自分も思春期の頃はそうでしたし、その当時の周りの友人たちもそうでした。それは、いつの時代も変わらないと思います。ストレス発散のために怒っているわけではありません。「怒る」と「叱る」の違いがわかっていない。

だいたい、被害者は私の方なのになんでそんなこと言われなければならないのでしょう。私は、中学生の両親が自分の子どもをぶん殴る理由をいつも探しているような虐待の恐れがあるような親ではないと判断しました。愛情持って大切に育てられているからこそ、私の叱りつけを受け止められる器があると確信しました十分に配慮したつもりです。「心の傷」と言ったら私の方が受けました。事故に遭ってからしばらくの間、背後から自転車の音が聞こえるたびに恐怖で体が固まってしまう条件反射がなかなか収まりませんでしたから。

意識を変える

しかし、母親という生き物は繊細であることも十分に承知しています。そして、その現役で子育てしている母親が言う意見なのでそれを尊重してそういうこともあるかもしれないとも思いました。それで中学生の様子が気になったので、後日、再び事故の手続きで警察官の方とお会いする機会があり、「中学生の様子はどうですか?私は少々言いすぎたかもしれないです」と言って聞いてみたら、中学生は私のことが特に怖いということもなく、反省しているようですと言っていました。私は「でしょうねー」と思いました。

百歩ゆずって、その中学生には20分の1の確率で私を撥ねてしまったある意味運が悪い経験だったかもしれませんが、その中学生1人が叱られたことにより、周りの意識も変わり、私の近所では自転車の集団が道いっぱいに広がって乗っている光景は見られなくなりました近隣の各学校でも自転車の交通ルール教育を積極的に行われるようになり、かなりマナーが良くなってきていることを肌で感じます。

大人が厳しく叱るときって、今までやってきたやり方では危険だったり、意識を変えてほしいときに叱るものですその叱りを受け止めてより良い行動ができるだろうと期待されている、またはそういう伸びしろがある子どもに向けられて叱るものです。出来ないようなら叱らないし、どうでもいいと思うことでも叱りません。自分もそう厳しく叱られて育ったし、自分より下の世代なら悪いことは叱ってあげない方がかわいそうな気もします。私も子どもの頃、叱られた瞬間はシュンとなりますが、後から思い返せばあのとき叱られてよかったなと思うこともあります。と、私は思うのですけどね。

自転車も車両

もう一つ付け加えるならば、交通心理学的には、そのようなマナーを守る大会でいい成績をとった子どもが交通事故を起こしてしまう可能性はなくはないのです。大会で自信がつくのはいいのですが、そこでやり切ったと満足してしまい、肝心の日常での交通マナーがおざなりになってしまうことがどうもあるらしいです。

交通ルールは毎日新たな気持ちで危機感を持って守らなければならないものです。それは大人が自動車を運転するのとなんら変わりはありません。

私のような丈夫なおばちゃんだったから捻挫だけで済んだものの、もし、これが小さなお子さんだったら、お年寄りだったら、下手すれば命を奪う事故になっていたかもしれません。

自転車も車両です。交通ルールを守って安全に気をつけて乗りましょう。

参考文献

交通心理学/蓮花一己・向井希宏/放送大学教育振興会






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2 件のコメント

  • 文章を拝見いたしました。

    ちなみにどんはれ様は「轢かれた」という言葉はどのような状況でつかうかご存じでしょうか。

    • そら様、最後まで記事を読んでくださりありがとうございます。

      ご指摘の件ですが、私の記事の内容から考えますと、「轢かれる」より「撥ねられる」との表記の方が正しいことを改めて確認し、気がつくことができました。
      ご親切にありがとうございます。

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