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こんにちは、翼祈(たすき)です。
地震が発生した石川県能登半島などの避難所では、感染症が相次いでいます。特に新型コロナウイルスが、毎日100人以上、避難所で感染しています。
避難所ではパーテーションもなく、感染症は空気感染なので、間仕切りがない中で、個別のスペースを設けていても、天井など上からのウイルスを止めることができません。
また避難所での隔離も、個室を用意できないことから、3〜4日間そこから動かないで下さいと言って、留まって貰う形でしかできず、困難な状況です。
そんな折、「災害が発生した時に、医療的ケア児にどうしたら良いか?」というテーマの記事を読みました。
今回は災害発生時で、医療的ケア児にすべきことをお伝えします。
医療的ケア児に災害発生時でも、して欲しいこと
石川県の能登半島地域では、人工呼吸器やたんの吸引が必要な「医療的ケア児」が23人いて、個別に状況に対応したサポートが求められます。
ソーシャルワーカーで「いしかわ医療的ケア児支援センターこのこの」のセンター長の中本富美さんに医療的ケア児に必要なサポートなどを尋ねました。
①「心のケア」
今回の令和6年能登半島地震で子ども達の心への影響はかなり大きくなっていると考えられ、今後長期間経過を見ていく必要もあります。
医療的ケア児の子ども達の中には自分が思っている不安を言葉で言い表すことができない子も多く、独り言が増えたり、音に過敏に反応したり、親と離れない様になる以外にも、頭痛や腹痛などの身体的症状を訴える子ども達も確認されていることから、注視して見守る必要性もあります。
医療的ケア児は移動や外出も制限される中で、周囲の人たちとの関係性が希薄になりやすい傾向で、この様な非常時だからこそ、もっと、友達や支援者との関係性を感じても頂くことで安心を獲得できます。
②「生活の再建」
家屋倒壊などといった、住み慣れた自宅に住み続けることが困難となった時は、みなし仮設住宅や仮設住宅など新しい家を探すことになります。
例を挙げると、余震が起きた時に医療的な機器を一緒に持って避難しやすい1階に住めるか否か、避難した先の近くに病院や学校があるかなど、家族の希望も聞き取りながら条件に合う家を探さなくてはなりません。
ですが、医療的ケア児の優先枠が個別にあるわけではないため、みなし仮設住宅や仮設住宅などは申し込みが早期に埋まってしまう場合懸念され、条件に適した物件に今後移り住めるかも大きな課題です。
さらに、転校した先の学校とコミュニケーションを重ね、医療的ケア児の子ども達が溶け込める環境を整備されているか、移住先の新しい病院が医療的ケア児の子ども達の病状を通院していた病院と同様に理解してくれるかどうかなど、個別に対応した支援が長期的な目で必要です。
色んなサポート団体や地域の専門職に従事する人、家族会などが一丸となって、新しい地域でも横断的なサポート体制を構築できるか否かが鍵となります。
参考:【解説動画】被災地「医療的ケア児」の現状と必要な支援とは NHK NEWS WEB(2024年)
被災した医療的ケア児の子ども達を観て「大変だね」などと声をかけてしまうかもしれませんでが、置かれている状況もその人で異なり、求められるサポートも多様化する中で、周囲の大人にはその子ども達の生きたいと思う力を信じて、「一緒にその災害を乗り越えていよう」という姿勢で繋がって頂くことが重要だとします。
こういう配慮は必要
今は誰しも当てはまることだと思いますが、障害者は特に環境の変化に弱いです。
ある家族は息子さんが重度の自閉症で、避難所には叫ぶなどの問題があり避難できず、自宅で過ごしていましたが、災害の発生で、心を落ち着けていたおもちゃの電池が切れて遊ぶことができなくなり、自傷行為が止まらなくなって、妹もそんな兄を観ていて不安定になり、家族で助けて欲しいと福祉避難所を利用したと書いてありました。
もう1人の人は、災害発生で通所していた事業所に行けなくなって、不安で怖くてずっと泣き叫んでいましたが、二次避難所に支援者共に移ってようやく安心できていると、テレビでやっているのを観ました。
医療的ケア児の子ども達は自分の力では動けない子ども達も多いと思います。
自分で動けないことには、家族や人の力を借りないといけません。
そういう子ども達が被災して、取り残されないためには、より多くの支援が必要です。
制限された生活が続く中、どうやって医療的ケア児の人も、日常を取り戻していくか。
より難しい課題だなと、この記事を書いて、より思いました。
noteでも書いています。よければ読んでください。
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