ゲームは本当に有害なのか?香川県の条例案について思うこと

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「いずれ、香川ではゲームが遊べなくなる――」

 今、インターネット上ではこんなジョークが飛び交っています。

 風刺的なジョークが流行するきっかけとなったのは、香川県議会が作成した『ネット・ゲーム依存症対策条例案』。子どものネット・ゲーム依存症につながるようなコンピュータゲームの利用を平日60分・休日90分までに制限、さらにスマートフォン等の利用を夜10時まで(義務教育終了前の子どもは夜9時まで)に終了させるように努めなければならない、とする条例案です。

 この条例について、インターネット上では「極端な規制だ」「家庭内の取り決めに行政が介入するのか」と批判が続出しており、条例のネット・ゲーム依存への有効性を疑問視する声も見られます。

 AKARIでも以前にネット・ゲーム依存症対策条例案を取り上げた記事が投稿されていましたが、今回はゲームとゲーム依存に焦点を当てた上で条例案の妥当性について考えてみたいと思います。

新しい病気となった「ゲーム障害」

 2019年5月、WHO(世界保健機関)は「ゲーム障害」を新たな病気として国際疾病分類に加えました。

ゲーム障害の診断基準

・自分自身の意思でゲームをやめられない

・日常的な活動、関心事よりもゲームを優先する

・ゲームによって何か問題が引き起こされているのにも関わらずゲームを続けている

・学業、仕事、家事など日常生活に著しく支障をきたしている

上記の項目がすべて当てはまり、なおかつ12ヶ月以上症状が継続している状態だとゲーム障害と診断される。

また、上記のすべての症状が現れていて、かつ重症の場合は12ヶ月未満でもゲーム障害と診断される可能性がある。

 若者のネット・ゲーム依存はたびたび問題視されており、ゲーム障害が社会問題化している中国では2019年に政府が未成年のオンラインゲームのプレイ時間を大幅に制限する方針を示しました。

 また、香川県のネット・ゲーム依存症対策条例案でも、子どもがゲームを遊ぶ時間の制限が検討されているようです。

 しかし、ゲームを長時間遊ばせないようにするだけで本当にゲーム依存は解消されるのでしょうか?

ゲーム障害の原因はどこにある?

 以前からネット依存の治療にあたっており、WHOのゲーム障害の認定にも貢献した国立病院機構久里浜医療センター院長の樋口進氏によると「現時点で疾病化を支持するエビデンスが蓄積されているのはゲーム依存だけ」という理由でネット依存ではなくゲーム障害が認定されたそうですが、実はゲーム障害・ゲーム依存に対する科学的根拠は未だ不十分である、とする意見もあるのです。

 WIREDの記事によると、ゲーム依存に対するこれまでの研究は「ゲームを長時間プレイしているが何の影響も出ていない人」「ゲームのやりすぎで実生活に悪影響が出ている人」を正確に区別できていないため、ゲーミング人口の46%前後がゲーム依存だとする研究もあれば0.25%程度しかいないとするものもあり、ゲーム依存の正確な有病率はわかっていないそうです。

 また、別の研究ではゲーム障害の診断基準を満たしたアメリカのゲーマー6,000人を6か月にわたって調査したところ、調査終了後にゲーム障害の診断基準を満たしていた者はおらず、健康状態に著しく影響が見られた者もいないという結果が出ています。これらの情報を信じるならば、ゲームを長時間遊んでいるとゲーム障害になるとは言いきれません。

 さらに、ゲーム障害ではなくネット依存に関する話題ですが、「インターネット依存」研究の展開とその問題点という論文において以下のような指摘がされています。

 インターネットによる影響論が主流の社会心理学的アプローチに対して、精神医学・臨床心理分野からの知見は、その因果関係が必ずしも明確ではないことを示している。

 ひとつは、「インターネット依存」が共存症であるという可能性である。例えば、Shapiraet al.(2000)は、インタビューした「インターネット依存」の全ての患者は情緒障害(mood disorders)や不安障害(anxiety disorders)など何らかの別の精神医学的症状を有していたと報告している。つまり、もともと他の精神疾患を有している人が過剰なインターネット利用に陥る可能性があるというわけである。もし過剰なインターネット利用が別の原因で生じるのであれば、それは「インターネット依存」とは言えない。インターネットに原因があるわけではないからである。

 他の疾患の方が過剰なインターネット利用に関する説明力を有しているとの指摘もあり(Shaffer et al., 2000; Stern, 1999)、少なくとも、今のところは「両者が別の疾患なのか片方が他方の土台となっているのかは分からない」(Spapira et al., 2003)。だが、そうであれば、「インターネット依存」に問題を矮小化させることは本来の疾患を見逃すという意味で危険だとも言える。

(中略)

 「インターネット依存」という言葉には、インターネットの利用が問題行動の「原因」であるという含意があるが、インターネット利用の形で何らかの心理状態が示されているとすれば、問題はインターネット利用自体ではない。インターネット利用と問題行動との因果関係は未だ推測の域を出ていないのである。

―小寺敦之【「インターネット依存」研究の展開とその問題点】より引用

 要するに、ネット依存は「インターネットの使いすぎ」や「インターネット内の依存性の高いコンテンツ」が引き起こすのではなく、「他の精神的疾患の症状のひとつ」の可能性があるということです。ゲーム障害についても、全く同じことが言えるのではないでしょうか?

 ゲーム障害の裏に何らかの精神的疾患や発達障害があるのなら、ゲームへの依存を対策したところで根本的な解決になるとは言えません。ゲーム依存は単なる症状のひとつでしかなく、元となる疾患や障害に対処をしなければ「咳止めを飲んだだけで風邪を治した気持ちになる」のと変わらないのですから。

ゲームは危険であるか否か

 ここで、もう一度ゲームの依存性について考えてみましょう。

 「ゲームをやりすぎるとゲームに依存してしまう」のならば、ゲームの何がそこまで人を依存させてしまうのか。

 1日1時間程度のプレイなら問題ない、とされる根拠は何か。

 依存の対策として、ゲームを制限するのは妥当か。

 議題をこの3つに絞ってみます。

どんなゲームが人を依存させるのか?

 香川県の条例案では「子どものネット・ゲーム依存症につながるようなコンピューターゲームの利用は1日60分、休日は90分までを上限とする」と定めているようですが、そもそも子どものネット・ゲーム依存につながるようなコンピューターゲームとは具体的にどのようなゲームなのでしょうか。

 一口にゲームと言っても、実際には多種多様なゲームが存在します。人型の敵を銃などの武器で倒すアクションゲーム、人とはまったく異なる姿のモンスターと戦うロールプレイングゲーム、お店や町などの経営を体験するシミュレーションゲーム、一定のルールに基づいてステージのクリアを目指すパズルゲーム、選択次第で結末が変わる物語を読み進めていくアドベンチャーゲームなど、ゲームのジャンルによって内容には大きな差があるのです。

 また、同じジャンルのゲームであっても作品によって内容やシステムが全く異なることも珍しくありません。世界的に有名な「テトリス」はパズルゲームですが、同じパズルゲームには「クロスワードパズルのように文字を揃えて言葉を作る」ゲームや「自分勝手に動くキャラクターに指示を出し、ゴールへ導くゲーム」もあります。

 シンプルなパズルゲームから残虐な表現を含むホラーゲームまで全てをひとまとめにして危険と見なすのはいささか乱暴ですし、「ネット・ゲーム依存につながるコンピューターゲーム」を制限するのであれば専門家も交えて徹底的に検討した上で依存性があるゲームの具体的な基準を定めるべきではないでしょうか。

ゲームを1日1時間にする理由は?

 先程述べたように、香川県の条例案では「コンピューターゲームは1日60分・休日は90分」と定めていますが、この根拠は文中で示されていません。

 「ゲームのやりすぎは依存症のもと」「ゲームをいきなり取り上げてはいけない」という考えから1時間に設定しているのかもしれませんが、1時間なら問題ないとする根拠が不十分なように思います。

 また、昔から「ゲームは1日1時間」という有名な言葉がありますが、これはファミコンブームの時代に人気を博した『高橋名人』の発言で、本人曰く1時間という目安には全く根拠はないそうです。

 利用時間の制限には本当にゲームの遊びすぎがゲーム依存に直結するのか、個人差を考慮せず一律で1時間に制限するのは妥当なのか、など疑問が残ります。

ゲーム依存対策はゲームの制限で解決するか?

 そもそも、ゲームの制限はゲーム依存の防止策として提案されているのですが、本当にゲームを制限すればゲーム障害は防げるのでしょうか。

 個人的な意見になりますが、私は「ゲーム障害」は防げたとしても他のものに依存することまでは防げないと考えています。

 そもそも、ゲーム依存はアルコール依存などの「物質依存」とは違い「行動への依存(行動嗜癖)」です。物質依存はお酒や薬物など、体内に取り込んだものに含まれる成分が脳に働きかけることで依存を引き起こしますが、行動への依存は「その行動を取った時の喜び、達成感、安心感」を脳が求めることで引き起こされます。

 ここで重要なのは「行動への依存は人によって違う」ということです。薬物のように肉体に働きかけて依存させるのではなく、行動を取った時に心地よさを感じて「もう一度あの感覚を味わいたい」と脳が欲するようになるのが依存の条件です。どんな行動によって心地よさを感じるかは人それぞれなので、誰もが同じ行動に依存するとは限りません。

 つまり「ネットやゲームは危険だからやりすぎてはいけない」と遠ざけても、他の行動――例えば食事やテレビ、買い物、ダイエット、リストカットなどに心地よさを覚え、それが我慢できなくなると別の依存症になって生活に支障をきたしてしまう可能性があるのです。

 また、物質依存・行動への依存に陥っている人の多くは何らかの悩みや生きづらさを抱えています。つらい気持ちを和らげるために物質や行動から来る「快感」を求めているので、一度治療で依存から抜け出してもつらく苦しい状況に直面すると心の支えを求めて依存を再発させてしまうケースが非常に多いのです。

 依存症の治療において重要なのは患者が依存しているものを取り上げて我慢させることではなく、依存しなければ生きていけない理由を探り、患者が抱えている痛みを依存以外の方法で癒すことです。依存症の予防においても、その理論は応用できるのではないでしょうか。

 子どもの心身の健康のためにゲーム依存を対策するのであれば、ただ依存の元になりそうなものから隔離するよりも子ども達一人一人が抱えている悩みや生きづらさに向き合って支援していくことが何より重要だと思います。

まとめ~ゲームは決して悪者じゃない~

 香川県の「ネット・ゲーム依存症対策条例案」への私の見解と主張は以下の通りです。

・「子どものネット・ゲーム依存につながるようなコンピューターゲーム」の基準が不明。明確な基準を示さないと、すべてのゲームが依存症につながると判断されかねない。

・ゲームをやりすぎると依存症になるとは断言できず、1日1時間という目安にも明確な根拠が見当たらないため、ゲームを遊ぶ時間の制限は妥当とは言えない。

・依存症の原因はゲームだけでなく、子どもの心にもある可能性が高い。ゲームを遠ざけるよりも子どもの心のケアが重要ではないか。

 引きこもり問題やゲーム障害の件で、ゲームは「一度やったらやめられなくなる」「一人でのめり込むため、コミュニケーション能力が低下する」「うつや引きこもりを招く」などと悪いイメージを持たれがちですが、実際は決してそうではありません。

 ゲームは単に中毒性を持ったプログラムではなく、「与えられた課題を試行錯誤しながら達成する遊び」であり、「目と耳で楽しむ物語」でもあり、「インターネットを介して友達や見知らぬ人と繋がるツール」でもあります。

 ゲームばかりに夢中になるのはよくないというのはもっともな意見ですが、ゲームさえやらなければ健全に育つというわけではありません。ゲームは子どもたちのコミュニケーションツールのひとつであり、ゲームの話題で友達を増やしたりゲームの影響でさまざまなものに興味を持ったり……といった良い影響が存在する可能性も忘れてはなりません。

 現に私も、ゲームから物語や歴史に興味を持って読書や博物館巡りに勤しみ、ゲームの話題で人と親しくなってコミュニケーションの機会を増やした一人です。この条例案には、ネット・ゲームは危険だから子どもを遠ざければ安全だろう――という安易な思想が透けて見える気がしてなりません。

 ゲーム障害やネット・ゲーム依存の対策に関しては、子どもをゲームから隔離するのではなくゲームとの上手い付き合い方を教えるという方針に変わることを願うばかりです。

 

参考元:ITmedia NEWS―香川県の「ネット・ゲーム依存症対策条例案」【全文】

    NHK健康チャンネル―やめられない怖い依存症!脳に異常が起きるゲーム障害の症状、治療法

    HUFFPOST―夜間のオンラインゲーム、国が禁止します。中国政府が未成年のプレイ時間や課金を制限

    NHK解説委員室―「ゲーム依存の実態と課題」(視点・論点)

    WIRED―「ゲーム障害」を過度に心配してはいけない理由

    CiNii論文―「インターネット依存」研究の展開とその問題点

    Buzzfeed―ゲーム規制条例案に高橋名人が苦言「上からの押しつけは意味がない」

    NHKハートネット―これって“依存症”?

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