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こんにちは、翼祈(たすき)です。
約100年前の大正時代に、現代の貧困やジェンダー格差にも繋がる問題を社会に訴えていた、伊藤野枝さんという女性をご存じですか?彼女は28歳という生涯を生きて、短いながらも濃く太く生きた力強い女性でした。そんな彼女を題材にしたドラマが今年2022年放送されます。
女優の吉高由里子さんが、2022年3月にNHK・BS8Kで放送される特集ドラマ『風よ あらしよ』に主演することになりました。永山瑛太さん、松下奈緒さん、稲垣吾郎さんが出演することも発表されました。吉高さんは伊藤野枝を演じ、自由を守ろうと懸命に生きた女性の“炎”を描きます。
日本を代表するアナキスト・ 大杉栄を永山さん。自由恋愛を実践し、刃傷沙汰にもなりますが次第に野枝とベストパートナーとなっていきます。日本初の女性による女性のための文芸誌「青鞜」を創刊し、「元始、女性は太陽だった」の言葉でも知られる平塚らいてうを松下さん、翻訳家・思想家の辻潤で日本のダダイズムの中心的人物・辻潤を稲垣さんが演じ、辻潤は伊藤野枝の女学校の教師で最初のパートナーとなり、彼女の文才を見いだし、知の扉を開きます。特集ドラマ『風よ あらしよ』はNHK BS8Kにて2022年3月31日(木)の19時〜21時放送、BSプレミアム、BS4Kにて2022年9月4日(日)22時放送より全3回です。
『風よ あらしよ 劇場版』は2024年2月9日(金)より新宿ピカデリーほか全国にて順次公開されます。
あらすじ
いまから100年前の大正時代、平塚らいてうは「元始、女性は太陽だった」と宣言を出し、男尊女卑の風潮が色濃い世の中に反旗を翻し、喝采した女性たちは社会に異を唱え始めた。
福岡の片田舎で育った伊藤野枝は、貧しい家を支えるための結婚を蹴り上京。自由を渇望し、あふれんばかりの情熱を武器にらいてうの青鞜社を支え、やがては時代の“若きアイコン”となっていく。第一の夫、ダダイスト・辻潤との別れ、生涯のベターハーフとなる無政府主義者・大杉栄との出会い、波乱万丈の人生をさらに開花させようとしたやさきに関東大震災勃発。理不尽な暴力が彼女を襲うこととなる…。
引用:吉高由里子「令和に残すのが私の使命」大正時代の女性解放運動家に!「風よ あらしよ」制作 cinemacafe.net (2022年)
原作
[風よ あらしよ]は、第55回吉川英治文学賞を受賞した村山由佳さんの同名小説が原作で、第35回向田邦子賞を受賞した矢島弘一さんが脚本を担当。大正時代の女性解放運動家・伊藤野枝が、結婚制度や社会道徳に真正面から異議を申し立て、貧困・ジェンダー格差など、現代に通じる社会矛盾に果敢に立ち向かった姿を描きます。
予告編も公開中
伊藤野枝さんとは?
大正時代の女性解放運動家・伊藤野枝さん。100年前、筆一本の力で、結婚制度や社会道徳に真正面から異議を申し立てました。あふれんばかりの情熱をただ一つのよりどころに、自由を求めて奔放に生き、文筆家としてさらに開花しようとしたやさき、理不尽な暴力がわずか28歳の彼女の命を奪います。ですが、貧困・ジェンダー格差など、現代に通じる社会矛盾に果敢に立ち向かったその生涯は、閉塞感に満ちた現在を、今改めて、強烈に揺さぶっています。
大正時代のジェンダー格差
第1に、男尊女卑は封建翻の産物だという。封建融下の武家では、男子のみ が家を継ぐことができたからである。
第2に、男尊女卑は戦国時代によるものだと述べている。戦国時代は武事軍 事ばかり重視し、文事が衰退した時代であった。そのことにより嫡女が緬値をさげ、地位を落とし、勢力を失ったとも指摘している。
第3に男尊女卑の風習をもたらしたものとして指摘しているのは、腕力重視である。未開、野蛮の社会では、禽獣社会の弱肉強食が支醗的であり、その業務は多く腕力を要するものに傾きがちなため、婦女の真成の極値が顕われないとしている。
第4に、男尊女卑の風習にも地域や階級による違いがあるという指摘がある。夫婦の不同等は、武士が最も激しいと指摘している。
第5に、男尊女卑を正当化するイデオロギーとして儒教をあげている。小学、 女論語、女小学のテキストにより、次のように、婦女を軽蔑する儒教の教義を 説萌し、挺の婦女よ、彼の儒学を穰斥せよと呼びかけている。
100年前の文献[親のため子のため]の記述に、帰宅した夫に妻が、「あなた、どこに歩いていたの?」と言うと、夫が妻の顔を平手打ちする。そんな事が日常茶飯にある、男尊女卑の特に強い時代だったと言います。
大正時代の結婚制度
大正時代になると、娯楽施設も増え、喫茶店の女給も洋服を着るようになった。自由恋愛も盛んとなり結婚式は簡略化されていった。式は神前結婚が多く、自宅結婚は減っていった。宴会は料理屋かホテルで行うようになり、新婚旅行も一般化していった。
画像・引用:日本結婚史
図にある様に、江戸時代前までは婿入り結婚が主流で、女性も13〜15歳位で結婚出来ていた時期もあった様です。正妻は特に子どもがいないと危うい立場で、夫が家に通ってこない、あるいは家から出ていって2~3年すると離婚が成立したといいます。
大正時代の社会道徳
大正デモクラシーが 時代思潮となり、従来の女性像や女性の教育の在り方が大きく問われることとなった。女子中等教育理念としての良妻賢母は、1900年代初頭に確立し、高等女学校教育の中に定着した。明治後期に確立した良妻賢母理念は、基本的には家族制度の下で儒教道徳に基づく妻・母としての家庭 内役割を女性に求めるものであった。このため、女性の職業は奨励されず、また人格の確立や人間的自立についても求められることはなかった。
引用:大正期における良妻賢母理念をめぐる新たな論議 ~雑誌『教育時論』掲載記事を中心として~ 早稲田大学リポジトリ(姜 華)
高等女学校では、漠然とした「人格形成」を目標にゆるやかに組織化されていたといいます。
大正時代の貧困
農村部でも現金収入が広がって、自給自足な農業社会が急速に崩壊。
困窮の中での若年層の女性が、女工として現金収入を得る目的で使われたとも書いてありました。
伊藤野枝さんは、
今日までの課題である、結婚制度のあり方や人口中絶制度のことなど、多くを考えて、女性や弱者のために声を挙げておられた女性でした。関東大震災の時、着物を周りの困っている人達に渡し、野枝さんと夫たちは洋装の服しか手元に残らず、そのまま捕らえられて亡くなった様です。
学生時代私は歴史が好きでも、近代史は先生が授業のペース配分を間違えていたので、近代史は駆け足でほとんど授業では習っておらず、とても書くのに難しかったです。もう1つ近代史の記事を書こうとしているので、こんなに調べるのにも苦労して、今からもう1つも書けるだろうかと心配しています。
とても難しい題材だったので、私がこのドラマを観た場合理解出来るのか分かりませんが、約100年前に現代に通じる、ジェンダー問題などを訴えて来た伊藤野枝さん。現代においても大切な題材だなと思いました。
参考サイト
noteでも書いています。よければ読んでください。
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