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いつもAKARIの記事をご覧いただきありがとうございます、ライターのゆたです。
本記事は生きづらさを抱えながらも、それでも今をひたむきに生きる人々の“生の声”をお届けする密着取材企画「リアルボイス」シリーズです。今回は、その待望の第一弾をお届けします。
記念すべき第一回では、就労継続支援A型のメンバー(利用者)から就労継続支援B型の生活支援員になったSさんにインタビューをしました。
Sさんは、以前まで、就労継続支援A型であるTANOSHIKACREATIVE諏訪野町でメンバーとして、デザインとコーディングの業務をしておられ、現在、就労継続支援B型事業所ミエルカ久留米様で生活支援員として働かれています。
(以下、インタビューではミエルカ、ミエルカさん)
なぜ、生活支援員を目指そうと思ったのか、どうやって生活支援員になったのか、また、体調管理の方法や今までに苦労した話など、過去を振り返りながら、インタビューに答えていただきました。
今回は、インタビュアーとして、株式会社SANCYOより、最高執行責任者の田代亮一さん(以下、田代さん)にも参加していただきました。
就労継続支援A型から生活支援員になったSさんがどんな人生を送っているのか、是非、皆さんと一緒に見ていきましょう。
挨拶から。
ゆた:本日はどうぞ、よろしくお願いします。
S:よろしくお願いします。
田代:緊張していますか?
S:かなり緊張しますね(笑)なかなかインタビューを受ける機会なんてないので。
田代:普段通りの感じで、リラックスして大丈夫ですよ。
S:はい、普段通りの感じで答えていきます(笑)
過去を振り返って。
ゆた:TANOSHIKAに入られる前まではどのような仕事や生活を送っていましたか?
S:TANOSHIKAに来る前は、 ほかのA型の事業所に行ってて、内容的には施設外でピッキングとか商品の袋詰めとかそういったことをしてました。 その時って、割と今後のことに悩んでたんですよね。
これから就労しようと思ってもスキルがない分、(就職先の)幅が狭いから、スキルを身につけたいけど、どうしたらいいんだろうみたいな。そんな感じで日々、悩んでるような毎日を送っていました。
田代:最初にA型を利用するまでのきっかけとか経緯があれば教えて下さい。
S:経緯としては、そもそもブランクがあって働けないと思っていたんです。体調も整っていないし、とてもじゃないけど、働くのは無理だって。
A型に行く前も「私、本当に週5日で活動できる?」って疑問だったんですよね。
(A型に)入所する前も悩んで悩んで、もし行くって言って行けなかったらどうしようとか。自分が一体どこまで体調管理が整っているのかって目に見えないし、分からないし、何なら自信も持てないままだったんですよね。
そんな状態だったので、それこそ一般で働くとか全然考えられないし、不可能とすら思えるというか。A型という福祉の中で仕事をする、もうそれしかないっていうような感じでしたね。
田代:ということは、企業とかに就職したことはなかったんですか?
S:バイトとかはありますけど、それも、続かなかったですね。
ゆた:今のSさんのイメージとはかなりかけ離れていますね。
S:当時はもう本当に働き方が分からなくて、何となく、働くってことが夢みたいだなって。だって週5日、同じとこに行き続けるっていうイメージがどうしても湧かなくて。想像ができなくてもやもやしている感じでした。
田代:その時の感情とか気持ちって覚えてます?
S:覚えてます、結構リアルに。
田代:どんな気持ちでした?
S:もう、劣等感の塊…みたいな。友達とか周りとか、みんながキラキラしてるように見えてましたね。自分にはできない、なのに、皆んなはできてて「どうやったら私にもできるんだろう」っていうのをずっと考えていました。
田代: そんな中でA型を知るきっかけって何だったんですか?
S:それはやっぱりインターネットの情報ですね、福祉って普段生活していたらなかなか情報は回ってこないので、自分が(A型を)利用する対象であったとしてもそれを知る機会がなくて。
でも、ネットで調べてるとA型、B型がでてきて、比較があって。そういうのをどんどん掘り下げて調べて、近くに「どういったとこがあるんだろう」っていうのも見ていきながら調べていった感じですね。
その時に通いやすいって思える範囲にB型はなかったんですよ、なので、A型っていう選択をしました。
田代:「同じ場所に週5通うイメージが湧かなかった」っておっしゃっていたと思うんですけど、そこってどうやって生活リズムとかを整えていきましたか?今のSさん見てるとそのイメージが湧かないので気になりました。
S:実際に初めに行ったA型に通ってみてどうだったかっていうと、できたんですよ。
ゆた:通えたんですね。
S:そうです。「できるやん!」っていう、だから休んでないですよね。体調悪くて休むってことも実際1回もなかったんですよね。
要は、入る前の段階で体調管理に関しては、自分でやってたんだなっていうのがそこで分かりましたね。もうこれで十分、私、できてたんだって。なので、不安はもう解消できたんです。
生活習慣を整えるとかは、実際に働いてない期間でも、何時に起きて、この時間は運動するとか、この時間はこうしようっていうルーティンとかも立てて、それを実行するみたいな、そういう練習はしてたんですよね。
なので要はそれが、徐々にですけど、自分を立て直していくプロセスになるのかなと思います。
TANOSHIKAでの生活は。
ゆた:TANOSHIKAに入所されてからは、どんなお仕事をされてましたか?
S:デザインとコーディングをしてました。
ゆた:TANOSHIKAで実際に働き始めて、働き始める前とはどのような違いがありましたか?
S:私、実は、パソコンに対しての苦手意識があって、それもかなり強烈だったんですよね。だからこそ、一番初めのA型も手作業のものを選んだんですよね。だけど、実際にTANOSHIKAにきて、パソコン触って作業する中でその苦手意識は克服することができましたね。
今まではパソコンを使う仕事は無理だなって思っていたけど、それを克服することで(就職先の)幅が広がったっていうのが大きな変化ですね。
田代:A型事業所に入る前のA型に対するイメージってどうでしたか?
S:初めは、ほぼまっさらな状態で行ってたと思うんですけれど、1番初めに行ったA型事業所さんって何となく利用者さんのことを「ちょっと見下されているのでは?」っていう瞬間が多々あったんですね。それが居心地の悪さにも正直、繋がったんです。
「もうできないんだから、仕方ないんだからこれしなさい」みたいな。
そんな風に消極的なことを言われるのも、ちょっと合わないなって。
「もうちょっとできる可能性から自分の将来を探っていきたい」みたいな私の気持ちとは離れてたんですよね。
なので、そこは辞めたんです。
田代:TANOSHIKAに入ってみてそれって変わりましたか?
S:本当に、変わった。本当にめちゃくちゃ、変わりました。
事業所でも色んな事業所があるんだなっていうのが分かったし、TANOSHIKAの支援ってその人の可能性を信じてくれているなって。
それが前提にあって、そのうえでちゃんと向き合ってくれるんです。
障がい者だからとかではなく「私」っていう人間を分かって、向き合って、関わってくれるっていうスタンスの大きな違いがあって、TANOSHIKAで本当に助けられた部分ですね。
ゆた:就活についてなんですけど、TANOSHIKAにいたときから社員になるまでの就活っていうのはどのように進められましたか?
S:就活は支援員さんと面談をしながら方向性を定めて、その定めたものに対して自分で求人を探して進めていきました。
田代:その中で今のお仕事を知ったきっかけだったり、応募しようと思ったきっかけとかってありますか?
S:脇田さんが面談を重ねる中でアドバイスをくれたんですよね。
「パソコンを使って黙々と作業をするよりも、コミュニケーションが取れるのだから、支援員とかっていう選択肢もあるんじゃない?」みたいなのをぼそっと言ってくれて。
その時って、私の中には無かったんですよね、その選択肢。
でも支援に対して、福祉に対してのイメージが、TANOSHIKAで過ごす中で私の中でもできていて、それに対しても興味や関心はすごく持ってたんですよね。
そこから福祉に関係する生活支援員とか職業指導員とかっていうものを調べるようになりました。
生活支援員として、私は。
ゆた:TANOSHIKAでは、色んな経験をされたと思うんですけど、今のお仕事には活かされてますか?
S: 実際に私がやっていたデザインとかコーディングっていうのを今教えることはないんですよ。
なので、業務内容自体が活かされているかどうかっていうと、そこは使ってはないんですよね。
けど、私の中では、福祉という仕事に出会ったのがTANOSHIKAであって、TANOSHIKAにきていなかったら、絶対に支援員にはなってないなっていうのも思うところではあるんですよね。
この仕事をするっていう動機を与えてくれた場所だなっていうのは思います。
実際、ミエルカに就職する前は、実習とかも挟んだんですけど、TANOSHIKAにいる段階で支援員さんを見てるから、「支援ってこういう風にやるんだよね」とかを自分の中で自然に吸収してた分、(支援員という仕事が)すごく入っていきやすかったです。
なんの抵抗もなく支援っていう環境の中に入っていけたのは、やっぱりTANOSHIKAにいたからこそなのかなと思います。
ゆた:実際にお仕事をされている様子を見させていただいて、出勤したあと朝と帰りもそうだったんですけど、同僚の方とお仕事の話を結構されてたと思うんですけど、言える範囲でいいのでどういう会話だったのかっていうのを教えていただきたいです。
S: 私達、生活支援員は私と先ほどお話してた先輩と2人なんですよね。
なので、(利用者さんと)面談をする機会はかなり多くて、その中で得た情報の共有っていうのをかなり密に取ってます。
2人のどちらかが聞いたことでも、2人とも知っている状態になるぐらい話しています。
なので、利用者さんについては、どちらか1人だけが知っている状況ではなくって、同じ共通認識で知っているっていう状態を作る為に情報を共有するので長い間、話をしていたんですね。
それ以外にも、もちろん、私もどう思うのかとか、要は相談ですよね。
こういうことがあって、これに対してどういった介入がよかったんでしょうか、みたいな。そういう助言をもらうために共有しているっていう感じです。
ゆた:先程のお話でもあったんですけど、面談は、1時間近くじっくりお話されてた印象だったんですけど、普段から面談っていうのはああいう形でやられるんですか?
S:今日はですね、モニタリング面談で、事業所では月に1回は皆さん1人1人と時間を確保して行うようにしているんです。
今は、その期間中なので、そういった形でお一人とは30分から1時間ぐらいは時間を取っておくっていう感じでしてます。
それ以外にも面談の希望ってあって、何かあったら「お話したいです、相談したいです」っていう希望が入るので、そのときはまた別でちゃんと私か先輩のどちらかが空いてるときに対応して面談をするっていう感じですね。
ゆた:支援として働く中でやりがいっていうのはどこにあると思いますか?
S:利用者さんのそれぞれの目標に対して、前進したり、成長をされているのを見れることが1番のやりがいです。
私達、支援員って、サポートする人でしかないので、その方が実際に行動してこそ、その部分っていうのは達成されていくものなんですね。
それがすぐに大きく変わるっていうことは基本はないんですけれど、面談を通して、お話をして、それに対して実行して、そして習慣化して、一歩一歩着実に変化をされているなっていうのが、なだらかな変化を見るのがやりがいです。
ゆた:逆に支援員ならではの難しさだったり、葛藤っていうものは何かありますか?
S:私は割と前のめりになりがちなんですよね。急いだ方がこの方の為になるんじゃないかなって思うと、やっぱ「急いで急いで」ってなっちゃうんですけど、逆にそれってそのご本人様にとってはタイミングでないっていうことも多々あって。
支援って急ぐことではなくって、相手のペースに立ってもっと寄り添う、待つこともそうだと思うんですけど。
そういったところで私の熱量と実際の速度感、そのギャップに葛藤が出てきたりとかもありますし、私が実際にできることっていうのもかなり限られてますよね、そういった意味でもどかしさを感じたりとかもありますね。
ゆた:仕事をしていく上での大切な考え方って何だと思いますか?
S:何ができるかなって考え続けることかなと思います。実際に利用者さんの為に今何ができるかなとか、会社の為にどう貢献できるかなっていうのを考えていくことが大事であって。
きっとここまでやれば終わり、っていうのは特に支援にはないと思うんですよ。
もしかしたら、私が未熟だからちょっと見えてないだけなのかもしれないけど(笑)
でも、常に何かないかなって考え続けること。
ただ、私って、前のめりなんですってお話しましたけど、ちょっとぐらい積極的でいる方が楽しく働けるのかなとも思ってます。
ゆた:その考え方は他の仕事とかにも応用できそうですよね。
消極的になるよりは、ちょっと前のめりな意識って他の仕事でも必要なことかなと思います。
S:うん、そうだと思います。
ゆた:これからも支援員として働き続けていきたいですか?
S:支援員として働き続けていきたいと思っています。 ですけど、支援員っていう肩書であったり、福祉っていう枠にこだわってるわけでもなくって。
人を支えることが好きなので、そういったことを続けていきたいっていう気持ちが大きいですね。そこは変わらないだろうなっていう気持ちでいます。
ゆた:これからどんな未来が待っていると思いますか?
S:未来は私の中で与えられるものではなくって、自分で選んで作っていくものだなと思っています。
あれ、ちょっと、格好つけすぎですかね?(笑)
ゆた・田代: (笑)
田代:大丈夫ですよ、続けて下さい!
S:成長することに喜びを感じながら進んでいきたいと思っています。その中で、失敗することも、つまずくことも受け入れて、楽しみたい。そうやって主体性と責任感を持ち、選んだ未来は、きっと明るいものになるんじゃないかなと思ってます。
ゆた:過去の自分にかけてあげたい言葉があるとすれば、どんなこと伝えたいですか?
S:…過去の自分ってかなり不安だったんですよね。 なので、不安なときの自分に「大丈夫だよ」って言葉をかけてあげたいです。
「自分を信じてやっていこうね」みたいなことを言いたいなと思います。
後は、一気に変わろうとする必要はないし、自信がある必要もないし。
小さなことでもやってみるっていうこと、その積み重ねがやがて大きな1歩になると思うので、それを大事にしてほしい。
そのうえで「今の苦しさも迷いも、全て未来につながる道の途中なんだよ」っていうのを伝えてあげたいです。
ゆた:最後の質問にはなるんですけど、これから障がいを抱えながらも働こうと動いている読者の皆様に一言お願いします。
S:私は障がいが足かせではなく自分の強みに変えて働いていると思ってます。
過去には苦しさや葛藤もあったんですけれど、その経験があるからこそ人の痛みを理解できたり、寄り添えたりする場面があります。
障がいとは欠点でも弱点でもなく、1つの個性だと思うんですね。
その個性をどのように活かすかっていうのも、選択次第だと思います。
障がいがあることを理由に限界を決めつけないで、なりたい自分になれるように前進してほしいと思います。
私もその中の1人として楽しく、自分らしく前進していきたいと思ってます。
ゆた:それでは本日はありがとうございました。貴重なお話も聞けたし、Sさんの人柄が十分に伝わる内容になると思います。
S:ありがとうございます、なんか照れますね。
ゆた:今日はお忙しい中、ありがとうございました。
S・田代:ありがとうございました。
インタビュー終了後の対談
支援員としての心構え
田代:お疲れ様です。
ゆた:田代さんから何かありますか?
田代:そうですね、今回のインタビューは動画でも記事でも、響く人はたくさんいるだろうなって感じで聞いてましたし、「前のめりでやっちゃう支援」みたいなのをおっしゃってたときに、脇田さんとか僕の影響が強かったんかな〜?みたいな(笑)
S:(笑)
田代:そんなことはないかもしれないですけどね(笑)
S:いや実際、すごくありますよ。私、思うのが、その信じてくれる熱量がうれしいんですよね。
田代:そう言ってくれるのが僕としても(泣)
S:(笑)
田代:でもそれも、僕なりに信じてやってきた部分ではあったので、今ちょうど(支援員の)みんなに言ってるんすよ、TANOSHIKAで。
実は、TANOSHIKAって久留米の中では、かなり大きな支援事業所なんですよね。Sさんも同じ業界で働いてるので、感じる部分ではあると思うんですけど。
S:そうですね。
田代:だからこそ、さっきの熱量みたいなのって全員持っていかないと、TANOSHIKAはTANOSHIKAじゃなくなるというか。
それは、TANOSHIKAっていうものを守りたいんじゃなくって、僕達がなんのためにこれをやっているのかっていうところの根幹だと思ってるので。
それは本当に失っちゃダメなものっていうのは信じて、今ちょうど言ってるところでもあったので。
S:うん、嬉しい。
田代:だからそれを大切に思ってくれて、ミエルカさんでもそうやってやってくださってるっていうのは僕としてはすごく嬉しいし。
その中でも「利用者の方のペースを考えながら」みたいにおっしゃってたので、更にまた支援者として成長してるんだなってのは感じました。
S:一旦、そこは自分の中で葛藤がありましたね。「もうなんで〜!?」みたいな。「もっとこの方が良くない?」とか(笑)
自分を出し過ぎちゃって。
その時に言われていたのが、代表とかさっきお話していた先輩とかに「そうじゃないよ」って。
そうやって、先輩も見ながら、こういうペースで、こういう距離感でっていうのも自分の中で落とし込んでいった感じです。
田代:そうですね。
本当にその通りだと思うし、ミエルカさん代表とか同僚の先輩の支援者さんとかですね、そうやって言ってくださるその環境がまたとてもいいんだなって思いましたね。
ただ、僕はそこも一定の多様性みたいなものも重要なんじゃないかなって思ってる人で、突っ走る人もいていいんじゃないみたいな(笑)
S:(笑)
田代:行き過ぎちゃ駄目です、 もちろん。
それで利用者の方の不利益になったらもちろん意味がないんですけど、でもその利用者の方の考えの中になかったもの。
S:うんうん。
田代:ちょっと突っ走っちゃう表現の支援をする方が、殻を破るじゃないけど、その人になかった発想とか、なかったことを教えてくれた可能性もあるじゃないですか。
S:確かに。
田代:それって結果論なんですよね。
分かんないんですよ、 誰にも。
そこを丁寧に丁寧に「その人のペース、その人のペース」って言ってたら、絶対到達しなかったものもあるかもしれないじゃないですか?
S:誰かがちょっと乱暴でも「ガッ!」って開けるのが、何かのきっかけになるかもしれない、ということですよね。
田代:そうなんですよね。
そういう事例を僕は結構見てきたので、一概には言えないって思ってるんですよ。
ただ、常に「支援ってなんだろう?」って考えたときに、僕達がしたい支援じゃなくって、その方にとって本当に必要な支援っていう考え方であれば、結果「今その選択は、その方にとって大丈夫かな?」って思えるようなことでも、最後その方が「やってみます」って言えば、それはその方の選択なので。
提案はしていいんじゃないですかって思ってますね(笑)
S:うんうん、確かに。
田代:すいません、 僕の会じゃないのであれなんですけど。
今日密着させてもらってて、Sさんは突破力のある支援員だっていうのを聞いていたので、「行け行け!」って思ってました(笑)
S:本当はもうぶち壊したいみたいな、そんな思いはあるかも知れませんね(笑)
田代:(笑)
田代:でも、凄い楽しそうですよね、ミエルカさんで働いてて。
S:そうですね。本当に周りの先輩だったりとか、他のスタッフの方々って本当にいい人なんですよ。
いい人だし、本当にありがたい環境を与えてもらっているなって思いますね。
私と障がい
田代:この動画とか記事読んでる方って、「Sさんの障がいって具体的に何があるの?」みたいな純粋な疑問を思われる方っていらっしゃるのかなって思ってて。
S:うんうん。
田代:可能な範囲で大丈夫なんですけど、具体的にどういった障がいがあるかお話が聞けたらなと思います。
S:その辺りも話せたらって思うところです。
私は『双極性障がい』っていう障がいがあって、メンタルの部分ですね。
ですけど、自分の障がいに対しての課題っていうのは、かなり積極的にコントロールするために取り組みはしてきたし、今もしてます。
田代:うん。
S:自分の心の整理とかも本当に上手になったんですよね。
やっていくことで上手なコントロール方法が身についたっていうところで、寛解しているからこそ今何も問題なく働けているっていうような状態です。
でも、私、利用者さんにお伝えをするんですけれど、私と同じ双極性障がいの方って多くいらっしゃるんですよね。
でも「病気だからできないんです」って言われるけれど、「そうじゃないですよ」っていうのは結構はっきり言います。
自分の取り組み方次第で変わってくるものなので、そこは諦める必要もないし、「そういったトレーニングも事業所の中でやっていきましょうね」っていうのをお話してます。
ゆた:そのことで思うとこがあって、私は中学2年生のときに統合失調症になったんですよ。
S:うんうん。
ゆた:入院とかもしちゃって部活とか勉強とかついていけなかったんすけど、病気のせいにしたくなくて。
病気のせいにしちゃうと、もう俺駄目になっちゃうと思って。
とんでもなく体調が悪いけど、高校行って、大学行って、卒業してって、褒められたもんでもないけど、自分の中では頑張れたなって実感があって。
S:へー偉い!
ゆた:正直、病気は関係なく、頭は良くなかったんですけど、大学卒業まで行けたっていうのが、僕の中で「やればね、どうにかなったじゃん!」みたいな。自分の頑張りに勇気を貰えて、
なので、Sさんの今の話はかなり刺さるものがありましたね。
S:素晴らしいですね。
ゆた:気合いって言ったらあれですけど。
たまに、症状の部分も出ちゃうときはあるとは思うんですけど、それでも諦めずにっていうか。
ある程度コントロールしながらやっていけたなと思っています。
S:ん〜素晴らしい!
ゆた:ありがとうございます。なんか、泣きそうです(泣)
S・田代:(笑)
田代: 今回のこの企画っていうのも、そういう1人1人のストーリーが、今苦しんでる方にちょっとでも届いたらなって思いますね.。
明日から「自分もこれだったらできるかもしれない」みたいなとか、ちょっとでも思ってくれたらなってそういう想いの企画だったので。
ゆたさんがそうやって思ったように、届いてると思うんです。
ゆた:きっと皆んなに届くと思います。
S:そうだと嬉しいです(照)
障がいと向き合い、私と生きる
田代:障がいとの付き合い方っていうところは本当に千差万別だと思うんですけど、その中でも今Sさんがやり続けていること。これは大事かなって思ってるポイントみたいなのってあったりしますか?トレーニングっていう言葉もおっしゃってくれたと思うんですけど、そういったとこも知りたい人もたくさんいるのかなと。
S:私がトレーニングを始めたきっかけが「認知行動療法」っていう心理療法だったんですよね。
私の場合は自分で本を読みながらワークブックとかに取り組んだりしてたんですけど、それって自分の思考とか感情とかっていうのを書き出していくっていうようなワークになるんですけれど。
そういったものから自分の思考とか感情、内面、内側にあるものを丁寧に扱うようになったんですよね。
そのまま放っておかないで、「それってどういうことが自分苦しいんだろう?」みたいなのを、ここにあるものを書き出してちょっとずつ理解していく。
そうやって理解することで安心感が出てきたんですよね。
それまではすごく扱いづらい感情だったり気持ちだったのが、自分でもどうにかコントロールできるような扱えるものになってきたんです。
双極性障がいって感情のコントロールが難しいっていう病気なんですけど、自分でも手に負えないものではなくなるっていうような感覚がありましたね。
なので、私はそうやって自分の気持ちを丁寧に扱う。そして、その方法として書き出すっていうのを今も習慣としてやってます。
田代:書き出すというのは、日記とかだとは思うんですけど、それって結構「すごいね」とか「ストイックだね」みたいな感じで言われることも多い気がするんです。ですけど、実際、僕も結構習慣になったことがたくさんある人なので。それで自分のメンタルとか保ってるのも、僕もとても共感するんですよね。
それってやってる方が楽じゃないですか?
S:あ〜楽!
田代:だから、ストイックとかでもないんだよなって思うところもあるというか、楽するためにやってることだから。
S:わかりますよ。自分に優しくするためにやっているっていう。
田代:そうなんですよね、僕らがやっていることって自分を大切にすることじゃないですか?
だから、ストイックってちょっといじめてるようなニュアンスに聞こえちゃう部分もある気もするんですけど、「そんなんじゃないよね」っていうポジティブなメッセージとして、ぜひ、皆んなに伝わってもらえたら嬉しいなって、ハードル高く思われたくないなって思います。
S:でも、思うのが人って変わるときが1番大変じゃないですか?
今までやってないことをやり出すときって、「よいしょ!」みたいな感じで、そこだけ頑張らないといけないかもですよね。
習慣化するとかって要はそれが気持ち良くなったら、もう心地良くなってたらできちゃうんですよ。
もう「やらなきゃ」じゃない、「やりたい」になっている状態ですよね。習慣化すれば自然とやっちゃうけど、始めるとき、ちょっと頑張りが必要なのかなって思いますね。
ただ、その頑張りも、その良さを知ってもらうまでだよって思います。
自分のことをケアするとかって、やったことないと本当にストイックに聞こえたりもするかもしれないですけど、初めだけだよって。
あとはきっと気持ちよくなるはずって思います。
田代:最初のスタートのときはちょっと頑張ってやりました?
S:そうですね。やっぱ慣れてないし、そんなに初めから気持ちよくもないじゃないですか?
でもそれも続けることによって、徐々に変わっていったので。
田代:そういう何か変わるきっかけとかは、最初だけちょっと頑張ってみて、ですね。
S:初めだけちょっと勢いがいるんじゃないかなって思います(笑)
田代:取り敢えずやってみようって。
S:そうそう!そう思います。
田代:これを見てくださってる方の全ての人に共通する習慣じゃないかもしれないですけど、自分の思考の整理とか感情の整理っていうのは、どんな人がやってもとてもいい習慣だと思うので、是非、おすすめですね。後は、1つ1つ自分の障害に向き合ったりとかしていくことの大切さっていう感じですかね。
S:そうですね。
田代:ありがとうございます。
インタビューを終えて。
皆さん、いかかでしたでしょうか?
就労継続支援A型の利用者だったSさん。自分に自信が持てず、不安だった時もありました。
しかし、支援員の何気ない一言をきっかけに自分のやりたいこと、チャレンジしてみたいことがみえ、夢を叶え、生活支援員として働く彼女はとてもキラキラしていました。
今回は、リアルボイスの記念すべき第一弾。
実は、Sさんにはインタビューだけではなく、密着取材をして撮影もしています!
その時の様子はTANOSHIKA公式YouTubeチャンネル、TANOSHIKA ch.にて配信中です!
引用元:AKARI 心の暗闇を照らすメディア【障がい者就労のリアル】就労支援A型利用者から支援者になった彼女の1日仕事密着
是非、ご覧になってくださいませ。
お忙しい中、密着取材に協力していただいたSさんへの感謝を述べ、この記事は〆たいと思います。
本当にありがとうございました!
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