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私は、それこそ20代前半に先輩方からかなりの頻度で言われた言葉です。
この言葉は、仕事をする上での未熟さに対し、怒られ注意されるうちは、周りから成長を期待されている証拠であるという意味で教えられ、働く中での私の一つの指針でした。
特に、発達障害を持つ私は、これまでの数多くのやらかしから、周囲の言葉に敏感で、失敗や注意に強く反応してしまうところがあります。
だからこそ「言われるうちが花」という言葉は、仕事を続けていくための支えでもありました。
ですが、最近とあるきっかけで、その逆の意味もあるんだと、考えさせられる出来事がありました。
※本記事には、パワハラを想起させる表現やイラストが含まれています。
ご覧になる際は、ご自身の体調や気持ちに合わせてご注意ください。
言われるうちが花で育った20代
私は、長年飲食に携わるお仕事をしていました。
飲食でも特に、客単価の高いお店では、高い技術などが求められるため、現場ではたくさん怒られてきました。
私が勤めた最初のお店は、老舗の和食の料亭だったので、技術はもちろんでしたが、上下関係が一般の会社とは異なっていたため、怒られる内容もなかなかヘビーでした。
たとえば「気が利かないんだよ!」と怒鳴られたり、少しでも先輩の動線に入れば「邪魔だ!どけ!」と後ろから蹴られたりしました。
※動線とは、人が通る通路などです。この場合ですと、先輩の通る通路にタイミング悪く入ってしまったわけです。
仕事の業務だけでなく、関係がないと思えるような細かな所作や言葉の選択まで、ワケが分からないまま叱責され、何度も「なんで、あんな理不尽なことを言われなきゃいけないんだ…」と、涙しました。
ですが、ちゃんと一人前に育ってほしいからこそ、怒られた直後などは他の先輩が必ずフォローを入れてくれていました。
そんな日々の中で、よく言われたのが「言われるうちが花だよ」という言葉でした。
今思うと、ADHDを持つ私は、過去に入社したどの新人よりもミスが多く、向き合う先輩方も大変だったと思います。
ですが、そのようにフォローをしていただいたおかげで、叱責→落ち込むで終わらず、上司や先輩の厳しさは、未熟な私に対する深い思いやりであり「言われるうちが花」なんだと思えました。
その後、転職した職場でも、あいかわらず不器用な私は、先輩や上司にしょっちゅう叱責されていました。
家で泣きながら、退職という文字が頭をよぎっても「怒られるのは、見放されていない証拠だ。もう少しだけがんばろう‥」とこの言葉のおかげで、踏みとどまることができました。
そして、現在のTANOSHIKAに勤めるようになり、ある出来事を通して、この言葉がより深いものになったのです。
ダメ出しを覚悟していたのに‥
私は最近マンガイラストを含めた記事を書き始めました。
絵は学生以来で、手探り状態のイラスト作成でした。
TANOSHIKA CREATIVEにはデザイン部門もあるため、せっかくなのでデザインの職業指導員であるNさんに、ご意見やアドバイスをいただけないかと思い、絵を見てもらいました。
Nさんはじっくりと絵を見た後「これは、中鮮さんの絵だから、これが中鮮さんの良さ、味ですよ」と、言われました。

普段の業務で、Nさんはデザイナーさんたちに、たくさんのアドバイスをしている姿を見ていたので、自分もそのくらい‥なんなら過去に感じた「向いていないかも」と思えるくらいの意見を覚悟していました。
ですが、「そのままが良い」という、ある意味アドバイスをもらえなかったその言葉に「言われるうちが花」で育ってきた私は、驚きを覚えました。
そして同時に、過去のある記憶がふと蘇ったのです。
まっさらだから、出せる輝き
それは、学生時代に友人が何気なく見せてくれた絵でした。
趣味で描いている彼女の絵は、中途半端に絵を学んだ私のそれとは違い、枠にとらわれない自由な表現でした。
私が美術部だったこともあり、彼女は終始委縮していましたが、自分が積み上げてきた努力を跳ねのけるような輝くセンスに心奪われ、嫉妬すら覚えました。
それは、絵を学んでいないからこそ出せる輝きでした。
そんな過去の出来事とNさんの一言がリンクしました。
きっと、長年デザインの第一線で経験を積んできたNさんなので、私の絵に指摘する所はたくさんあったと思います。
ですが、お客様の求める仕事としてのデザインではなく、個人の色を表現するライター業務のためのイラスト。
それにベストなのは、今の私だから描けるこの絵であり、これもまた一つの良さなのだと気がつかされました。
それは「ありのままで、勇気を出して行ってみましょう」と、そっと背中を押されるような、信頼に近いものでした。
だからこそ、この何気ない言葉が優しく胸に残り、心底うれしく感じたのです。
もちろん、これを読まれた方の中には、注意されなくなった時や答えをもらえなかった時、または納得ができない時「見放された」「期待されていない」そんな疎外感を抱く方もいらっしゃるかもしれません。
障害を持つ方の中には、働く中でその不安を強く感じてしまう人も、決して少なくないと思います。
私も注意や叱責がなくなり、周りと静かに距離が出来てしまった人たちをたくさん見てきたからこそ、その怖さもよく知っています。
ですが、今回の出来事を通して、もし答えをもらえなくても
それは見放されているのではなく「あなたならできるよ‥」
そんな風にあえて一歩引くことで、自分の足で立つことを信じていてくれている場合もあるのだと、気づかされました。
仕事をする中で、誰もが新しいことや苦手なことを任されると、叱責や注意という形で答えをもらう、そんな「言われるうちが花」。
それだけでなく、あえて何も言わない事から生まれるもの。
それは「言われないこともまた、信頼という花」なんだ——

言われないことにも、花は咲く
きっと、これを読んだNさんは「そこまで考えてないですよ~」と謙遜されそうです笑
言われるうちが花。
そして、言われないことにも、静かな信頼という花がある。
今までは、言われないことに怖さがありましたが、今の私は、言われなくなってきたことに対して、ほんの少しだけ人生の経験値が増えたように感じる出来事でした。
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