うつ病viviの「もうひとりの私」

もう一人の私

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うつ病viviの「もうひとりの私」

はじめに

私は幼い時から時々、「攻撃的で破壊的な私」になる時があります。

様々な過去と類似する出来事が起きると、フラッシュバックし頭の中でささやかれて「操られている」ような感じでとある行動をとってしまいます。その行動は大抵がよくないことで止めることはできません。

止めることができるのは「私」でも「もうひとりの私」でもなく「更にもうひとりの私」

最近、心の神経症がより過敏に酷くなりピリピリしてしている状態が続いていて、もうひとりの私がよく出現するようになりました。そのため他人様に迷惑をかけてしまう行動をとることが多くなりました。

そこで、フラッシュバックすることもさることながら他人様に迷惑な行動をとってしまう「私たち」を紹介します。

フラッシュバック

もうひとりの私は、攻撃的で破壊的な性格です。

このような私が現われてしまうのは、大抵なんらかの出来事が起きて「辛い」「怖い」などといった気持ちを感じた時です。瞬時に様々な過去と類似する出来事がフラッシュバックして様々な症状の後、心の中で何か変化が起きてふわふわしてきます。

私の場合のフラッシュバックは類似した出来事に遭遇するとその時の映像や音などが頭を何回もよぎり、イライラ・モヤモヤ・不安・悲しみの感情に襲われます。そして頭の中にある脳や首、胸をしめつけ息苦しくなってきます。

これだけなら頓服薬を飲めばなんとかなるのですが、エスカレートしていくともうひとりの私が動き始めます。ふわふわして何かに操られているような行動です。どんな行動をとるかは、その時の状況によって異なります。

攻撃的で破壊的

エスカレートしていくと気が付いたら攻撃し破壊的な行動をとっています。

そして「もっともっと」「やれ!やれ!」「戦え!戦え!」「やってしまえ」と言わんばかりにささやかれ、どちらかの私を動かします。

攻撃的で破壊的な私になった時のひとつに、このようなことがありました。

重度のうつ病でやっと動けるようになっていたころのことです。ここ最近の私よりも更に過敏な神経症でピリピリしていたある日。公的機関で不本意な出来事が起こりました。

「辛い」「耐えたれない」と思ったその瞬間、類似した様々な出来事がフラッシュバックして、その公的機関で暴れました。

暴れながらどちらかの私に「やれ!やれ!もっとやれ!」とどちらかの私をあおり、「更にもうひとりの私」からは「何してるの?」「もういいでしょ。やめよう」と私はなだめられていました。

そしてそこの職員や警備員に囲まれた時「ハッ」として我にかえってその場を立ち去り、そのあと私ともう一人の私は号泣し脱力。泣きながらふらふらしているその足で当時の主治医のもとへ駆け込みました。

攻撃的で破壊的になった私の忘れられない出来事のひとつです。

負けるものか

しばらくたって私ともうひとりの私の心がひとつになると、過去を思い出して「同じ目にあいたくない」「二度と同じ苦しみをあじわいたくない」「そのためには負けるわけにはいかない」と憤慨します。

頭の中では、ついさっきの出来事の映像・空気・声・が何度も何度も繰り返し映し出され、更に暴れていた時の心の中・囲まれていた時の心の中のことまでもがフラッシュバックし、今、目の前で起きていることのように体が震えて再び暴れたい心境になります。

だけどもう暴れてはいけないと更にもうひとりの私に止められて身動きができません。

仕方がないと思わされ頭の中で暴れます。この時私の頭の中ではフラッシュバックに妄想が加わり、より怒りがまして疲れて体力・気力を失ってきます。

悔し涙

憤慨した後、再び涙が次々に溢れてきます。そして思います。

「悔しい」「負けたくない」「もう二度と泣き寝入りするようなことはしたくない」

頭の中で起きているフラッシュバックに悔しかったこと・負けたくなかったこと・泣き寝入りしたくなかったこと、そんないろんな出来事が加わります。

そんな時に起こるフラッシュバックは尋常じゃない数。様々な出来事です。

あの日のことはもう思い出したくない。本当はもう忘れたいのに忘れさせてくれません。

そのたびに私は悲しみ、もう一人の私は怒り、更にもうひとりの私はそんな気持ちをなだめてきます。

更にもうひとりの私

ここまでお話してわかったように私には「もうひとりの私」以外に「更にもうひとりの私」が存在します。

今日まで本当のことは話しませんでしたが、私は他に2人います。「私」と「もうひとりの私」は世間に対しての「怒り」と「憎しみと悔しさ」そして「悲しみ」で繋がっています。片方が動かし片方が動く。

「更にもうひとりの私」は楽観的で陽気。どんな経験も楽しくして笑い飛ばそうする。

そんな「更にもうひとりの私」は私ともうひとりの私の行動を「これ以上はだめよ」っとエスカレートしすぎないように、ぎりぎりのところで抑えてストップさせます。

彼女でないと止められません。なぜなら私ともうひとりの私と同じ道を歩いてきたからです。

「更にもうひとりの私」は明るい性格。なんでも笑える。大抵のことはなんでも笑える。

だから「楽観的な更にもうひとりの私」が表にでている時は、このままの私でいた方がいいと思っています。いつまでも明るい私でいてほしいからこそ「おてんとさまに見守られていたい」と思うし「明日も晴れるかなぁ」って願っているのです。

おわりに

「私」には「もうひとりの私」と「更にもうひとりの私」がいます。

私ともうひとりの私は「悲しさ」ゆえに攻撃的で破壊的な性格をしていて、更にもうひとりの私は楽観的。明と暗に別れています。多重人格ではないかと思われるかも知れませんが私はそうは思っていません。

なぜならフラッシュバックを何度も何度も繰り返すことと同様に私にとっては「普通」のこと。だからこのことは病とも障害とも思っていないので主治医等に相談をしてみようなんて考えていません。

私が多重人格のようになってしまうのは全て「過去」が原因だからです。

私たちの過去は同じで歩んできた同じ道も同じ。誰にも解決することもできなければ消すこともできません。だからこのままでいい。このままでいいんです。

私には「もうひとりの私」がいて、もうひとりの私には「更にもうひとりの私」がいます。

どれが本当の私なのかはわからないけれど。あえて答えをだすならば・・。

その答えは全てが私。全てが「本当の私」。「3人で一人」なのです。

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2 件のコメント

  • 記事を読ませていただきました。
    また、貴女の記事でひとつ勇気をもらいました。ありがとうございます。

    • こんにちは。いつもコメントありがとうございます。私もこうしてコメントを頂けると励みになって、頑張ろうって気持ちになれます。また頑張りますね。ありがとうございます。

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    うつ病と闘うアラフィフ。おまけに、腰部脊柱管狭窄症!踏んだり蹴ったり。のんびり穏やかに毎日を送っていきたいと思ってます。