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こんにちは、翼祈(たすき)です。
私は障害者雇用で働いたことがありません。
障害者雇用は、障害者の人にとって、一般企業で仕事ができる手段の1つですが、難病の方にとって、その制度を利用して働くことも大変だったりします。
実は最近、難病の方を対象とした、採用枠ができたそうですが、一体どこの都道府県なのでしょうか?
今回は、千葉県が始める障害者手帳を持っていない、難病の方を採用する枠は、いつまで募集か、などを説明したいと思います。
2025年度から初となる、千葉県は難病の方を対象とする職員の採用枠を設置し、募集を開始しました。申し込みは2025年9月12日(金)まで受け付け、2026年4月1日付で一般行政職3人を採用する予定です。
千葉県によりますと、2024年度に山梨県が難病患者の採用枠を設置し、「全国で初めて」だと注目を受けましたが、それに後を追う形だと言えます。
詳細は千葉県の受験案内のホームページ(https://www.pref.chiba.lg.jp/jinji/ninyou/saiyoushiken/jukenannai.html)にて。
千葉県で、難病当事者が障害者雇用で、働ける年齢は、いつ生まれの方ですか?

対象は1964年4月2日から2008年4月1日までに生まれ、障害者総合支援法の対象疾病の診断を受けている人。択一式の教養考査と作文、面接による選考がある。県では以前から障害者の採用枠があったが、障害者手帳を持たない難病患者は対象外で、通常の採用試験を受けるしかなかった。
凄く良い取り組みだと思いました。難病の方は、再発期と寛解期の繰り返しで、体調が良い日もあれば、急に悪くなる日も多いと聞いています。
それでも治療費を得るためにはお金が必要。病院に行く日も多く、仕事先で理解や配慮がないと、なかなか仕事を続けるってことも難しい。
体調が悪くなった時、「ゆっくり休んで、回復してからで大丈夫ですよ」という言葉も無ければ、働くことも無理をしてしまうと思います。
障害者の方は、必ずしも障害者手帳を持っているわけではありません。
手帳を持つためには申請しないといけないのです。
持つと便利ですが、持つことに抵抗がある人もいることも事実です。
それでも、障害者雇用で仕事をしたいと思う人もいます。
障害者雇用で働く時、恐らく、障害者手帳を会社に提示することは必要だと思います。
持っていないことで、そこがネックとなります。
千葉県の難病の方の採用枠は、持っていなくても、応募できるところが良いなと思いました。
難病は幾つも診断書などを提出した後、患者だと認められたり、証明書も数ヵ月経過して届きます。もし、その時、障害者手帳がなくても、ここで働きたいという想いを叶えることができます。
複雑な難病指定までの制度があるからこそ、必要な配慮だと思いました。
自分の障害者雇用に至るまでの話
私が障害者雇用を知ったのは、A型事業所で仕事を始めてからです。
それまで、引きこもりになり、19歳から20歳の時、短期で働きましたが、一般枠しか知らずに、健常者として働いていました。
最初の短期アルバイトは、半月程度の郵便局での年賀状の仕分けでした。地図が読めない私は、年賀状を住所ごとに仕分けることができず、手探りで、こなしていました。それでも、初めて、自分で稼いだお金を貰い、嬉しかったです。
最後に行ったアルバイトは、契約社員として働いていました。食品メーカーの工場内での作業でした。工場での仕事はいかに早く、正確にするかが求められます。私は何度も、上手くできずにレーンを止めてしまい、施設長などからいつも怒られていました。
工場の管理職にも、『何で、こんなこともできないのか!』と関係が急速に悪化し、メンタル面で支障をきたし、段々仕事に仕事に行けなくなり、契約期間も終わって、辞めました。
そうやって自分に合っていないことをする工場の仕事でしたので、契約社員の仕事を紹介して下さった会社とも立場が悪くなって、それ以降、仕事としてそこで探すことはしなくなりました。
働いていない期間が圧倒的に長いですが、色々あったなと思っています。
あの頃、本当に障害者雇用という言葉も知らなかったですし、もしあの当時から知っているのであれば、もっと早くから働けていたのかな?とも考えました。

私の母の身近にいた、障害者雇用の方
母が仕事をしていた時、職場に車椅子の方がいました。
若い頃に交通事故で脊髄を損傷し、車椅子になりました。
仕事はバリバリできて、一人暮らしもしていて、凄い方だったらしいのですが、一緒に仕事をして大変なことも多かったといいます。
母は手術する前ほど悪くなかったものの、膝が結構悪くなりかけていた時期でした。
その方と外出して仕事をする時、荷物を下ろすのも、鍵などをかけることも全部母がします。
車椅子で、傘が差せないその人と雨降りで外出する時は、母は荷物も持って、その人に濡れない様に傘を差していた。
自分も膝が悪くて大変だったのに、色々しなくてはならないことも多かった。
母は膝が悪すぎて、仕事の初日に行って、「暫く休ませて頂けませんか?」と言って、1週間休んだ日もありました。
母も人工関節を入れたら歩ける様になったので、身体障害には該当しません。
それでも、あの当時から悪かった膝を無理をしないと、その車椅子の方と一緒に仕事ができなかった。本当に凄く頑張っていた時期の1つだったなと思っています。

noteでも書いています。よければ読んでください。
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