2025年9月12日まで、千葉県でも、2026年4月から障害者手帳を持たない難病の方の採用枠も開始!

書類を手に持つ女性

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こんにちは、翼祈(たすき)です。

私は障害者雇用で働いたことがありません。

障害者雇用は、障害者の人にとって、一般企業で仕事ができる手段の1つですが、難病の方にとって、その制度を利用して働くことも大変だったりします。

実は最近、難病の方を対象とした、採用枠ができたそうですが、一体どこの都道府県なのでしょうか?

今回は、千葉県が始める障害者手帳を持っていない、難病の方を採用する枠は、いつまで募集か、などを説明したいと思います。

2025年度から初となる、千葉県は難病の方を対象とする職員の採用枠を設置し、募集を開始しました。申し込みは2025年9月12日(金)まで受け付け、2026年4月1日付で一般行政職3人を採用する予定です。

千葉県によりますと、2024年度に山梨県が難病患者の採用枠を設置し、「全国で初めて」だと注目を受けましたが、それに後を追う形だと言えます。

詳細は千葉県の受験案内のホームページ(https://www.pref.chiba.lg.jp/jinji/ninyou/saiyoushiken/jukenannai.html)にて。

千葉県で、難病当事者が障害者雇用で、働ける年齢は、いつ生まれの方ですか?

同僚とコミュニケーション

対象は1964年4月2日から2008年4月1日までに生まれ、障害者総合支援法の対象疾病の診断を受けている人。択一式の教養考査と作文、面接による選考がある。県では以前から障害者の採用枠があったが、障害者手帳を持たない難病患者は対象外で、通常の採用試験を受けるしかなかった。

引用元:毎日新聞 千葉県、採用の「難病枠」を新設 3人 障害者手帳ない患者に(2025年8月22日公開)

凄く良い取り組みだと思いました。難病の方は、再発期と寛解期の繰り返しで、体調が良い日もあれば、急に悪くなる日も多いと聞いています。

それでも治療費を得るためにはお金が必要。病院に行く日も多く、仕事先で理解や配慮がないと、なかなか仕事を続けるってことも難しい。

体調が悪くなった時、「ゆっくり休んで、回復してからで大丈夫ですよ」という言葉も無ければ、働くことも無理をしてしまうと思います。

障害者の方は、必ずしも障害者手帳を持っているわけではありません。

手帳を持つためには申請しないといけないのです。

持つと便利ですが、持つことに抵抗がある人もいることも事実です。

それでも、障害者雇用で仕事をしたいと思う人もいます。

障害者雇用で働く時、恐らく、障害者手帳を会社に提示することは必要だと思います。

持っていないことで、そこがネックとなります。

千葉県の難病の方の採用枠は、持っていなくても、応募できるところが良いなと思いました。

難病は幾つも診断書などを提出した後、患者だと認められたり、証明書も数ヵ月経過して届きます。もし、その時、障害者手帳がなくても、ここで働きたいという想いを叶えることができます。

複雑な難病指定までの制度があるからこそ、必要な配慮だと思いました。

自分の障害者雇用に至るまでの話

私が障害者雇用を知ったのは、A型事業所で仕事を始めてからです。

それまで、引きこもりになり、19歳から20歳の時、短期で働きましたが、一般枠しか知らずに、健常者として働いていました。

最初の短期アルバイトは、半月程度の郵便局での年賀状の仕分けでした。地図が読めない私は、年賀状を住所ごとに仕分けることができず、手探りで、こなしていました。それでも、初めて、自分で稼いだお金を貰い、嬉しかったです。

最後に行ったアルバイトは、契約社員として働いていました。食品メーカーの工場内での作業でした。工場での仕事はいかに早く、正確にするかが求められます。私は何度も、上手くできずにレーンを止めてしまい、施設長などからいつも怒られていました。

工場の管理職にも、『何で、こんなこともできないのか!』と関係が急速に悪化し、メンタル面で支障をきたし、段々仕事に仕事に行けなくなり、契約期間も終わって、辞めました。

そうやって自分に合っていないことをする工場の仕事でしたので、契約社員の仕事を紹介して下さった会社とも立場が悪くなって、それ以降、仕事としてそこで探すことはしなくなりました。

働いていない期間が圧倒的に長いですが、色々あったなと思っています。

あの頃、本当に障害者雇用という言葉も知らなかったですし、もしあの当時から知っているのであれば、もっと早くから働けていたのかな?とも考えました。

パソコンで仕事をする女性

私の母の身近にいた、障害者雇用の方

母が仕事をしていた時、職場に車椅子の方がいました。

若い頃に交通事故で脊髄を損傷し、車椅子になりました。

仕事はバリバリできて、一人暮らしもしていて、凄い方だったらしいのですが、一緒に仕事をして大変なことも多かったといいます。

母は手術する前ほど悪くなかったものの、膝が結構悪くなりかけていた時期でした。

その方と外出して仕事をする時、荷物を下ろすのも、鍵などをかけることも全部母がします。

車椅子で、傘が差せないその人と雨降りで外出する時は、母は荷物も持って、その人に濡れない様に傘を差していた。

自分も膝が悪くて大変だったのに、色々しなくてはならないことも多かった。

母は膝が悪すぎて、仕事の初日に行って、「暫く休ませて頂けませんか?」と言って、1週間休んだ日もありました。

母も人工関節を入れたら歩ける様になったので、身体障害には該当しません。

それでも、あの当時から悪かった膝を無理をしないと、その車椅子の方と一緒に仕事ができなかった。本当に凄く頑張っていた時期の1つだったなと思っています。

パソコンで仕事をする笑顔の女性

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左耳感音性難聴と特定不能の発達障害(ASD,ADHD,LD全ての要素あり)、糖尿病、甲状腺機能低下症、不眠症、高眼圧症、脂漏性皮膚炎、右手人差し指に汗疱、軽く両膝の軟骨すり減り、軽度に近いすべり症、坐骨神経痛などを患っているライターです。映画やドラマなどのエンタメごと、そこそこに詳しいです。ただ、あくまで“障害”や“生きづらさ”がテーマなど、会社の趣旨に合いそうな作品の内容しか記事として書いていません。私のnoteを観て頂ければ分かると思いますが、ハンドメイドにも興味あり、時々作りに行きます。2022年10月24日から、AKARIの公式Twitterの更新担当をしています。2023年10月10日から、AKARIの公式Instagram(インスタ)も担当。noteを今2023年10月は、集中的に頑張って書いています。昔から文章書く事好きです、宜しくお願い致します。