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この度、全国初のリハビリ付き認可保育園「ゆずりは保育園」を設立された、株式会社ハビリテの代表、太田恵理子様へインタビューをする機会をいただきました。
前編では太田さんから、お子さんが産まれるまでのことや、子育てで大変だったこと、現在のゆずりは保育園を立ち上げたのか、❝おやこを照らす光に❞という理念の先に何を成し遂げようとされているのかについて、詳しくお話を伺いました。
後編は全国初のリハビリ付き認可保育園「ゆずりは保育園」の取り組みについて詳しく伺っていきますので、ぜひ最後までご覧ください!
全国初のリハビリ付き認可保育園「ゆずりは保育園」について
「ゆずりは保育園」は、保育園と同じ施設内建物内にリハビリができる事業所と、重度心身障害者向けの事業所も入っている全国初の認可保育園です。
従来は親が仕事を休んで病院に送迎をしないといけませんが、園児さんを日中保育園に預けている間にリハビリをしてくれる理学療法士・作業療法士・言語聴覚士が全員おり、保育園にいる間にリハビリを受けられるのが1番大きな特徴です。
更に、重度の障害や、医療的ケアが必要な子達も、同じ建物に入れる施設を作っています。
このことで、朝や夕方は保育園でみんなで一緒に過ごしますが、日中はお部屋を移動するだけでマンツーマンに近い形で、医療も受けられる体制がしっかり整っています。
保育園にも看護師さんがおられるので、充分保育園でも医療面のサポートを受けられますが、重度の障害や医療的ケアがある子達がより安心したゆったりした環境で過ごせるというのが、一番画期的な点です。
「医療と保育を連携させていることが当園の強みで、圧倒的に他社と違うところ。そこが親御さんにも一番喜んでいただいています」と太田さんも自信をのぞかせました。
「保育園」「リハビリ」「重度心身障害児さんが通える施設」「放課後通える施設」この4機能を、1つに集約したこの画期的な保育園への世間からの評価も高く、2020年に『中小企業庁長官賞』、2024年には『グッドデザイン賞』を受賞されています。

「ゆずりは保育園」
実際に入園した方の反応や声について
実際に入園した方の反応や声で、1番多いのは「ゆずりは保育園があって、働けた」というもの。
その中には、お姉さんが重度精神障害をお持ちで、妹さんが健常児のご家族もいます。
お姉さんは重度精神障害の事業所に、妹さんは保育園に通っているそうで、『まさか姉妹揃って同じ施設同じ建物に通えると思ってなかった』とお母さんが言ってくださったそうです。
「働けなかった家族が働けるようになったり、そのように言ってくださるのは、非常に嬉しいです。やってきたことに関する意義を感じました」その時のことを嬉しそうに太田さんは振り返りました。
また、お話の中で『現在ゆずりは保育園に通う健常児さんと障害児さんの割合が5対5ぐらい』という、意外な事実を知りました。
健常児さんの中で1番最初に割合が多かったのは、障害児さんのご兄弟だったそうなのですが、次第に地域の方達も増えていったそうです。
「この割合も全国で当園だけではないかと感じています。」と自信をのぞかせました。
健常児のお子さんの親御さんから聞けた、素敵なエピソード
障害児のお子さんと健常児のお子さんが一緒に過ごすと、みんなとても優しい子に育ち、困った時に手を差し伸べたり、お互いの成長を喜び合う光景が日常的に見られるそうです。
具体的なエピソードとして、「ゆずりは保育園」に通っている健常児の男の子と、別の保育園に行っていた小学生のお姉さんのお話を聞かせていただきました。
姉弟でスーパーに行った時に、奇声を上げて走り回ってる子がいて、その子を見てお姉ちゃんは「えー何あの子怖い」という反応をしたそうです。
でもそれを聞いて弟くんは、お姉ちゃんに「えーっ何言ってるの。何か言いたいことがあるだけだよ」と言ったという出来事がありました。
その時の話をご家族の方が嬉しそうにスタッフに話してくれて、スタッフ全員に共有があったそうです。話を聞いた時の気持ちをこのように述懐されています。
「それを聞いて私達は、凄く嬉しく感じました。この男の子の中には、奇声を上げて走る子を『怖い存在』と捉えるのではなく、『何かを伝えようとしているだけ』と理解しようとする、優しい気持ちがあるのです。差別や偏見ではなく、その人そのものを見ようとする心の土台が育っていると感じました。
私達は『心の根っこを育む』ということを保育指針にしていますが、素敵な温かい心が育まれていることが凄く嬉しく、その土壌を作っていくことを目標にやっています。」
食事・食育へのこだわり
心の教育もさることながら、食事へもかなりのこだわりがみえる「ゆずりは保育園」では、先生からも『食べることは本当の生きること、命そのもの』と伝え、食事本当に大事にしています。
原材料もできるだけ徳島県産国産のもので、しょうゆやお味噌も徳島県の地場のお店から仕入れたり、魚屋や肉屋から直接食材を仕入れているそうですが、中でも1番こだわってるのが、『アレルゲン除去の食事』です。
1人だけ別の給食を用意するのではなく、三大アレルゲン(小麦粉・卵・乳製品)を使わず、アレルギーのある子もない子も、みんなで一緒のものを食べられるようにしています。おやつも手作りにこだわっているとのことでした。
一緒のものを食べられないと、子供ながらに疎外感を感じるものだと思います。そうした中で一緒に食べられるものを、という姿勢に愛情を感じました。
また、出す形態も子供によって大きさなどを、専門家が連携しながら変えているそうです。
例えば言語聴覚士さんがその子の嚥下、舌の飲み込みなどをチェックし、ご飯の形状を俵状のスティックにしたり、丸型や軟飯に変えています。
作業療法士さんが手の動きや掴み方を提案したり、スプーンの持ち方なども連携しながら子供に合わせた食事形態を出しています。
管理栄養士さん達も作るだけでなく、食事介助にも入るそうです。
実際に一緒に入って自分で食事介助する経験を通して、「この子はもう少し大きくても食べられそう」「もっと固めでも食べられそう」ということを毎日チェックし、日々の給食に活かしています。
そうしていくことで、子供達の食べる量にも変化が起きるそうです。
相当に力を入れていることが、太田様の言葉の力強さからも伝わってきて、なかなかそこまでしてくれるところはないと感じました。
また現在、新しい取り組みとして「ビュッフェ形式」にチェンジしていこうとされています。
「食べることは生きることそのものなので、成長したら自分でやっていかなくてはいけません。子供達が自分でしゃもじですくってよそうとか、しゃもじとお玉の持ち方は違うとか、そういう経験も必要だと思っています。」と太田さんは成長の機会とらえておられました。
ビュッフェにしてからたくさん食べるようになり、喫食量が増えたそうです。今はビュッフェに向けて、「ご飯をよそう」など、色んな段階を踏んでるところだと伺いました。
こうした面白いアプローチも「ゆずりは保育園」の特徴です。
❝おやこを照らす光に❞の理念の元に目指すこと
❝おやこを照らす光に❞を理念に掲げるハビリテさんでは、『障害児が生まれても絶望しない社会にする』ことをミッションに掲げています。その先に目指すことについても伺いました。
「現状の日本では、我が子に病気や障害があることを宣告されると、どうしても絶望的な気持ちになってしまいますが、そうではなくて、『個性・特性の1つなんだ』ということを、全日本、全世界の人達が思えるような社会になるのが究極の理想です」
「そのためにはインフラが必要で、『障害児が生まれても、親が何も生活が変わることのない状態ができる』ためには『障害のあるなし関係なく、誰でも入れる保育園がある』ことがマストになります」と、太田さんは語気を強めました。
「親が子供の医療的なケアのためだけに仕事を休んだり、仕事を終えて送迎をしないといけないのが現状ですが、看護師さんが学校や保育園に常駐していれば、親がわざわざそういうことをやらなくても済みます。保育の現場にリハビリと看護が備わっていれば、親は自分の人生を生きられるんです」
現在太田さんは、このような『保育と医療が一体型になった施設を、全国47都道府県に100戸造ること』を1つの指標に掲げていますが、その先に描くビジョンがあります。
「この指標を達成していく過程において、ごちゃ混ぜの環境、障害ある子もない子も、皆で一緒に過ごせる環境が、当たり前になっていくと、健常児の子達が優しい子に育ちます。
そういう子たちが大人になった時に、障害に対する差別とか偏見がない子に育っているはずです。そうしたら日本はもっと優しくて、みんなが生きやすい社会になると思います。
そのために私達は保育と医療を連携させることにより、ごちゃ混ぜのインクルーシブな環境を作り、その結果「日本の社会を明るく照らす」というビジョンを描いています」
そう語る太田さんの目は、明るい未来を見据えていました。
ビジョンを変更するきっかけとなったパキスタンの方との出会い
少し前までは、「障害にまつわる絶望を希望に変える」というビジョンだったそうですが、最近「障害児が生まれても絶望しない社会にする」に変わったそうです。そのきっかけとなったのが、最近雇用されたパキスタン人のヒラさんとの出会いです。
保育士資格を持っておらず、しかも日本語がしゃべれない方がハローワークを通じて訪ねてきたそうです。お子さんとどう関わってもらうかも難しいのではと聞いていて感じました。
ただ太田さんは、「逆にその日本語が喋れないってところに、猛烈に惹かれたんです」と、熱烈にその時のお話をしてくださいました。
「本当に会社の理念に合う人、心が優しくて子供が大好きで性格のいい人、熱い想いを持っている人であれば、誰でも輝いてる会社にしたいとずっと思っていたので、日本語が喋れない、聞こえない人でも輝ける会社にすることが、チームの底上げに繋がると感じ、この方が輝ける環境を絶対に作りたいなと思いました」
採用を決めた太田さんでしたが、最初は現場としては『 日本語喋れないのに大丈夫?』と戦々恐々だったそうです。「どうやったらできるかを考えてほしい」と伝えた結果、1人英語が喋れる保育士が見つかり、その方をバディに付けることで、なんとか働いてもらえているそうです。
今ではその様子を会社で動画撮って特集するなど、「すっかり馴染んで頑張ってくれています」と彼女の活躍を喜んでおられました。
感銘を受けたイスラム教の障害児のお子さんに対する受け止め方
そんなヒラさんから聞いたイスラム教の障害児のお子さんに対する考え方が、会社のミッション変更に、大きな影響を与えたそうです。
太田さんが全社員に理念である ❝おやこを照らす光に❞についてや、「障害児が生まれたその絶望を希望に変えるのが私達の仕事なんだ」と伝えている時に、ふと「何で障害児が生まれることイコール絶望だと勝手に定義してるんだろう?」と疑問に感じ、ヒラさんに「パキスタンで障害児のお子さんが生まれたら、どう思うの?」と聞いてみたことがあったそうです。
ヒラさんから、「パキスタンはイスラム教の国で、イスラム教には絶対的な神様(アラー)がいる。『障害は、神様からのギフトである』と教えられてるので、我が子に障害が宣告されても、別に絶望的に思うのではなく、むしろ家族はそれを光栄なことだと思う」と教わり、衝撃と感銘を受けたそうです。
また、「障害児が生まれると、『確かにその家族や本人の人生は、他の人とは違うような困難や大変なことがどうしても待ち受けている。でもその大変なことこそが、あなたの人生を輝かせてくれるんだよ』と教えられている」と聞き、なるほどと感じたとのこと。
「確かに私も息子が生まれてから、リハビリは大変だし、保育園に入れなかったり、施設の立ち上げも非常に大変でした。
でもその結果、今までなかった価値観が自分の中で生まれたり、今日も皆さんと会えたり、新しい仕事ができたり、色んな人と関われていて、息子のおかげで人生を豊かにしてもらっています。
これが『障害児が生まれることのギフト』と、とても腹落ちして、この考えを日本全国に広めたい、1人でも心が救われる人がいてくれたらいいなと思い、発信を頑張っています。
お子さんの現在の様子ついて
「息子の予後は分からない」って言われていましたが、手術で管が通ったことにより、みるみる脳ができてきました。今は、喋れるし、歌えるし、元気いっぱいです。
今小学校2年生で、支援学級に通っています。大体2、3歳遅れなので、小学校2年生ですが、幼稚園か、保育園児程度の発達具合です。今はもう少しで小学校に上がれるくらいに成長していて、本当に医療の力や、子供の持つ可能性の大きさを感じています。
子供の成長を感じるのは字が書けるようになった時や、絵が少しずつ上手になっていたり、夏休みの宿題の書道の字を見た時や、音読がとても上手なことに気づいた時など、たくさんあります。
これからお友達にいっぱい囲まれた、愛されて生きる優しい子に育ってほしいなと思っています。

太田さんと息子さん
お子さまと同じ病気を持つ方々にメッセージ
「なんとかなるよ」というのも無責任に思いますし、うまく言うのが難しいですが、私は今、楽しんでいます。
管に繋がれた息子を見ながら『時間は有限』と感じたことにつながりますが、以前別の方から、『時間は命そのもの。その大切な命という時間を使って成し遂げたいことが使命なんだ』という話を聞いて、それもすごく自分の中で大事にしている言葉です。
1分1秒が大事で、自分自身の命を燃やし続けて、目の前の人の心に火をつける。それが私の生きる意味です。会社の理念としては、❝おやこを照らす光に❞ですが、太田恵理子の理念としては、『自分が命を燃やして輝く』という理念でやっています。
私のこの生き様を通して、何か感じることがあったら嬉しいです。
お話を伺った感想
Pink:今回は本当に貴重なお時間ありがとうございました。
私は、独身で子供もいないんですけれども、自分が生まれて間もない時の話を思い出していました。
私事ですが、生まれて生後2か月の時に肺炎で、病院に大学病院行く途中で息が止まっちゃったんです。その時に上手く連携してもらえたことで、蘇生して無事に今ここにいるわけなんですけど、いつ何が起こるか分からないって太田様がおっしゃっていていたことは、私も念頭にありました。
私は「うつ病」という障害を持っているんですけれども、「うつ病」できつい時にそのことをまず考えて、色んな方の助けがあって今の自分がある。だからこそ、記事としても書いて行こうと考えて活動しています。
今回も、太田様の本当にバイタリティー溢れる姿や、言葉を伝えられたらいいなと感じました。
ありがとうございました。
島川:私は昔特別支援教育に携わってたことがあり、特別支援学級の担任をしていました。通常級の子達との関わりが難しくて、昔から一緒にいたらなんともないはずなのに、教室を分けて、通級という形にしていることで、「いないのが当たり前で、いるのが普通じゃない」状況になっています。
そうなると、大人になってからも自分がそういうカテゴリーに入ってしまうことに対して、受容できないことも起きています。
今回のゆずりは保育園のように、小さな時から一緒にいる環境になっていくと、健常児の子たちも優しい子に育つし、もし自分や周囲の人がそうなっても受け入れていくことができるのではないかと感じました。
また、パキスタンの方も受け入れについても、勇気はいったと思いますが、この人とやりたいと現場に伝えていかれて、理解を得ながら進めていかれたと思うので、その胆力や手腕が凄いなと思わせていただきました。
結果的に本当にどんな人でも受け入れていける懐の大きい組織ですと発信していけると思うので、企業のブランディングとしても素晴らしいことをされているなと感じました。
また、予後が分からないと言われていたお子さんが、成長されて太田さんと笑顔で写っているお写真を拝見して、自分まで嬉しくなりました。今後の発展を心からお祈り申し上げます。
前編はこちらから



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