双極性障害の私がライブ配信の投げ銭に依存し、たった2か月で200万円使った話

胸元に手を当て涙をこぼす女性の繊細なイラスト

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私は、たった2か月でライブ配信の投げ銭に200万円を使いました。

数字にすると、自分でも未だ現実味がありません。
でもこれは、本当にあった話です。

今日はそのことを、正直に書こうと思います。

孤独な夜が、すべての始まりだった

暗い室内でスマートフォンを見る若い女性のイラスト

当時の私は、とにかく孤独でした。

夜は眠れず、静かな部屋でスマホを握りしめていました。
誰かとつながっていたくて、誰かに必要とされたくて、ライブ配信を開いていました。

私は双極性障害があります。

あの頃は、今思えば躁状態に入っていたのだと思います。

眠れないのに元気。頭は冴えている。気分は高揚している。

「今なら何でもできる」
そんな根拠のない自信と勢いがありました。

誰でもよかったわけではありません。
本当は、推しに認められたかったわけでもないのです。

心の奥で一番欲しかったのは、
「お母さんに認めてもらうこと」でした。

でもそれは簡単に手に入らない。
だから代わりに、画面の向こうの誰かに承認を求めていました。

名前を呼ばれるたび、私は加速していった

投げ銭をしている瞬間は、高揚感がありました。

推しに名前を呼ばれる。
ありがとうと言われる。嘘でも好きと言ってくれる。
特別扱いされる。

推しが喜んでくれる。

その瞬間、胸が熱くなりました。
私はここにいていいんだと思えました。

躁状態の私は、ブレーキが弱くなっていました。

「もっと推しを喜ばせたい」
「もっと上を目指したい」
「このくらい大丈夫」

金額の感覚が、少しずつ鈍っていきました。

冷静な自分なら立ち止まれたかもしれません。
でもあのときの私は、止まる理由を見つけられませんでした。

気づけば、金額は積み上がっていました。

明細を見た日、躁が引いたあとに残ったもの

200万円。

明細を見たとき、頭が真っ白になりました。

ちょうどその頃、気分の波が少し落ち着いてきていました。

躁が引いたあとにやってきたのは、
強い後悔と罪悪感でした。

「どうしてこんなに使ったのだろう」
「どうして止まれなかったのだろう」

あんなに自信に満ちていた自分が、急に他人のように思えました。

私は何をしていたんだろう、と。

それでも消えない、あの高揚感

今は完全に投げ銭をやめています。

でも正直に言うと、少し未練はあります。

あの高揚感。
あの「必要とされている」感覚。

躁状態と投げ銭は、とても相性が悪いと思います。

気分が上がっているときは、
「未来の自分」が見えなくなります。

依存は、意志の弱さだけでは説明できません。

薬物依存と同じで、
「もう大丈夫」と思って戻れば、きっと繰り返します。

だから絶対戻りません。
自分の波を知っているからこそ、距離を取ります。

依存を手放して見えた、普通の幸せ

投げ銭を辞めてから、まず、早く寝れるようになりました。
推しのライブ配信は夜遅くまでやってて寝れなかったので…次の日の仕事にも影響してました。。

あとは、頭がスッキリして仕事ができることです。
投げ銭の借金の不安や寝不足の頭のモヤモヤがなくなり、すごくストレスが軽減しました。

お金の不安がなくなったことがかなり大きいです。

もし今、投げ銭が止まらなくなっている人がいたら

特に、双極性障害を持っている方なら。

それは性格の問題ではないかもしれません。

躁状態は、判断力を鈍らせます。
金銭感覚も、リスクの見積もりも、変わってしまいます。

寂しさ。
認められたい気持ち。
愛されたい気持ち。

そこに躁の高揚が重なると、
ブレーキはとても弱くなります。

私は200万円を使って、それに気づきました。

高い勉強代でした。
でも、自分の波の怖さを知るきっかけにもなりました。

この話が、誰かのブレーキになりますように。

 

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