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みなさん、こんにちは、hibikiです。
12月の後半に差し掛かる寒さが本格的になる時期ですが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。
私は今、「金銭管理」という大きな壁と戦っている最中です。
そんな私に、追い打ちをかけるようなできごとが降ってきました。
それは、「在宅介護」。
それは、47歳から48歳になろうとする直前、次から次へと困難が襲ってきました。
「これまでの報いが、神様の逆鱗に触れた」のか。
今迄の私の「金銭」や行いを責める日々の始まりだったのかもしれません。
ここから、ニュースで傍観者だった自分が、当事者に変化。
私の人生を根本から覆すできごとでした。
「仕事と在宅介護の両立」。
とりあえず、まともに動けるのは父と私のみです。
「仕事」を休めない私は、「仕事」に行きながらお金を稼ぐため、前進することを選択しました。
みなさんは、この決意をどう考えますか。
平穏な日常が壊れた日~介護の始まり~
その日は公休日でした。私は、公休日でも必ず朝はいつも6時位に、猫が邪魔して起こされます。
そのまま、掃除、洗濯など家事をこなしていました。
「せっかくの休みなのに、なんで私が…。」
そんな小さな不満を思いつつ、突然、眠気が吹き飛ぶような父の大声!
なんと、母がベットから崩れ落ちていたのです。
下半身は、ベットに残ったまま、上半身だけは床に這いつくばっている状態。
上半身は動くのに、下半身がまったく機能していません。
すぐに、救急車を呼び、父が付き添いで搬送されました。
一連の騒動が去った瞬間、静かになった家の中で私はどうしようという不安に、駆られました。
「母が死んだら、どうしよう」
実は、母も私と同じ発達障がい(ADHD)の傾向があり、昔からケガが多かった。
そして、今から2年~3年前にも、心臓を悪くして夜中に搬送された経験がありました。
正午すぎ、ようやく二人は帰宅。しかし、事態は好転せず。
病院で、様々な検査をしてもらった結果、「原因不明」異常は見つからないとのこと。
この日から私と父の「介護」という生活が唐突に始まりました。

「親の老い」から目を背けていた自分
48歳を目前にして、私と父の方に重くのしかかってきた「在宅介護」。
父の発案で鍼灸院へ行った母は、歩けるようにはなりました。
しかし、本当の戦いはそこから始まったのです。
12月下旬。慌ただしい時間が過ぎていく中、私たち家族の生活は一変しました。
汚れたシーツを替え、着替えを手伝う。
父が朝食を準備して、私はそれを食べて職場へ。そんな日々の繰り返しです。
仕事も繁忙期を迎え、それでも休みなく続く「介護」と「仕事」そして「家事」。
多分、この時にはキャパシティが限界を超え、私の心の中に「余裕」という言葉すら消えていたと思います。
「いい加減にしてよ!」静かな朝に私の叫び声が響きます。
それは、母への怒りであると同時に、同じような母の弱さを持つ私自身への怒りと心の悲鳴だったかもしれません。
「介護」という現実は、ただ、なあなあと「甘やかす」ことや「優しく」することだけでは済まされない。
自分との認めたくない感情と孤独な戦いではなのだと思い知りました。
予期悲嘆という言葉
「介護」をしてくると、「予期悲嘆」に襲われます。
親の老いや衰えを目の当たりにして、それを受け入れられずに、激しいつらさや罪悪感。
そして、やり場のない怒りに苛まれる。
私は現在、この先がみえない感情で苦しみ悩んでいます。
目の前にいる歩くのがままならない母。
あのケガが多くても、することはちゃんとする母は、どこに消えてしまったのか。
「今の私」は、今の母の姿を「自分の母親」というのを認めることが出来ない。
心の片隅ではちゃんと認識しているはず…。
TANOSHIKAから帰宅する途中の電車の中で、泣く日が続いています。
しかし、家が見えてくると顔を上げて、何事もなかったかのように玄関を開けて、母のところにいる猫の世話をするのが日課です。
その時は、母から逃避するように猫に視線を置いてキレイに掃除・餌の準備してから、また自分の部屋へ戻ります。そんな日が先月から、ずっと続いています。
「働く=介護」は、本当にメンタルに直球にきます。
仕事もしているので、疲労は半端ないです。
父も段々くたびれてきています。イライラ・心配・八つ当たり他。
「介護うつ」や離職する人の気持ちがすごく理解できる。
本当にこの二つを両立するのは、大変という言葉以上で、言葉では表現できない。
罪悪感として、色んな想いが交差しています。
参照元:(みんなの介護)【簡単に分かる】老老介護とは?共倒れなどの問題や予防策・負担減策えを解説
わが家が直面する『超老老介護』
昨今、増加しているのがこの「超老老介護」という言葉。
簡単にいうと、どちらも介護する側・される側も、75歳以上だということ。
うちの父は、喜寿(77歳)。
アクティブで、かなり趣味が多いのですが、時間の流れには逆らえません。
目の前に「超老老介護」が足音を立て迫っている状況。
うちの母はこれに対して真逆な性格。
アウトドア派の父と、インドア派の母の「性格の違い」が介護に問題を生じさせている時があります。
最近はあまりないですが、この二人の性質の違いで、以前は問題を起こしていました。
特に、父は元々、じっとしているのが苦手な人。
何もなければ、外出で気分転換するのが上手い。
けれど、今はそれが母の介護のために出来ない現状なので、精神的に疲労困憊していくのでしょう。
コントロールが難しくなると、八つ当たりが多くなる傾向があります。
これが、一家族だけではなく、日本全体が抱えている「在宅介護」の問題ではないかと感じます。
もはや「在宅介護」からは、目を背けることは出来なくなっている。
そして、それは「家族だけで囲むこと」ではないと思います。
参照元:(朝日生命)介護で大変なことランキングトップ10 介護の負担を和らげるポイントは?
私の覚悟~介護と将来の先~
今の私は、ここが(TANOSHIKA)に来ることが救いです。
仕事に没頭する時間は、癒されるというより「忘れられる」という貴重なひととき。
「介護を忘れる」時間があるからこそ、私はかろうじて自分自身を保つことが出来ています。
けれど、介護のために会社を辞めていく人は年々増加しています。
母を受け入れる覚悟。それは、言葉でいうほど簡単ではありません。
私も、自分の「精神障がい」を受け入れるのに、膨大な時間を要しました。
それなのに、追い打ちをかけるように、次々と嵐がやってくる。
今は、疲労のためか食欲も落ち、「何もしたくない」「ただ眠りたい」というもう一人の私の心の悲鳴。
これでは、世の中の「在宅介護」の方たちは、確かに会社を辞めたり等の問題が起きると実感。
喜寿の父も確実に、体力が衰えています。
元気そうに見えても、体力の限界は、お互いすぐそこまで来ています。
介護のために会社を離職する人の気持ちが、今は痛いほど理解できます。
正直に今の気持ちとして、誰にも会いたくないほどに追い詰められるという現実。
これが、「在宅介護」の綺麗ごとではなくリアルです。
これからの将来に向けて
実際に、「介護」という現実に直面してから、1ヵ月。
その期間の密度は深く、そして濃い。
この1ヵ月の間に、私の思考は「今の介護」後のことまで、考えが及ぶようになりました。
ネガティブとかでなく、両親が亡くなったときどうするか、最近はよく考えます。
そういう年齢に親も私も近づいているのです。
そんなときふと、私の大好きな漫画の主人公のセリフが頭の片隅でリフレインします。
「親にとっての最大の不幸は、子供の葬式に出ることだ」「親が一番見たくないのは、子供の死に顔だ。親より先に死ぬ、それ以上の親不孝はこの世にねえんだよ」と(引用元:エンジェルハート 第6巻 作者:北条司)この言葉は、深みがあります。
漫画や本が大好きな私は、好きなセリフがあるとメモや走り書きする癖があります。
スマホにも、メモ帳機能・ノートを使って書き留めます。
もう一つ心に刺さったのが、
「親の死ってのは、子が独り立ちするための最後の教訓なのかもしれないな」(引用元:エンジェルハート 第6巻 作者:北条司)このセリフ。
私も、もうすぐ50歳になります。
厚生省のデータによると、母親を亡くす年齢の平均は46.8歳だそうです。
しかし、その書き留めた言葉たちが心の「杖」になってくれます。
どんなにつらくても、親より先に倒れるわけにはいかない。
この瞬間、瞬間を生きてそばにいて、ちゃんと仕事して、金銭管理ができるようになるように訓練。
それが出来るようになり笑顔で毎日話すことが、最大の親孝行なのだから。
そうやって、自分に言い聞かせ泣き崩れそうな自分自身を奮い立たせて、ここに通所しています。
疲弊してTANOSHIKAに来ることはありますが、誰かと話していると落ち着きます。
「仕事」と「介護」。
本当に、言葉にはできないほどつらい。大変という言葉でしか表現できません。
そして、いつ、これから、どんなことが起きるか想像できない。
でも、親を安心させてちゃんとして地に立ちちゃんと働き、貯金していくこと。
それが、親を看取るまで私ができること。
ひとつずつこなしながら、これからの日々を後悔せず過ごせればとその使命を果たせすと決心しました。
どうか、若い方・私の年代の方は、「家族の介護について」ぜひ早い段階から家族全員で考え、話合いの時間をつくってほしいと思います。

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hibikiさま
先日のインタビューでは、中村鮮魚店さん、makoさんと共に、素敵な感想を寄稿してくださり、ありがとうございました。
今が人生で一番つらいときですよね。
ゴールが見えないところがつらいところですが、
hibikiさんや私を含め、人間の死亡率は100%。
なので、必ず終わりがきます。
僭越ながら、私から送れるメッセージは、
hibikiさん自身のために、後悔のないように
ということだけです。
陰ながら応援しています。
朝丘様
先日は、インタビューに対応していただき大変感謝いたしております。
現在、少しづつですが母親は自分で歩行訓練をこなし、父が在宅しておりますので二人で助け合いながら何とか「介護」をこなしております。
やはり、「いつ、ゴールが来るのか」「どこまで、いつまで頑張ればいいのか」時々泣きたいときや、へこむことも多々あります。
ですが、後悔の残らないように母親との時間、父親との時間を大切に過ごしていきたいと考えています。
「後悔しないように」とは、一番難しいです。でも、笑顔を絶やさず日々を過ごしていけることを、幸福に想います。
まだ、寒い日々が続きますが、体調に気を付けてお過ごし下さいませ。
私自身も「金銭管理」で3月から、一歩ずつ「依存症」を治療に専念いたす所存です。
コメント、大変嬉しく想います。励ましのお言葉ありがとうございます。