「わびしいと感じる時」うつ病viviの回想

わびしい

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「わびしいと感じる時」うつ病viviの回想

はじめに

あなたは「わびしい」と感じる時がありますか?

この言葉を使うときとは、どんなシチュエーションなのでしょうか?

「わびしい」とは、安らぎや潤いがなくて辛くて心細い状態。孤独で寂しい。

がっかり・つまらない・苦しい・寂しい・心細い・みすぼらしい・貧しい。

人それぞれ、人生に一度は感じたことがあると思います。

viviが感じてきた「わびしい」気持ち。

誰にもかまってもらえず存在すら否定された時。

複数人でいるのに孤独を感じた時。

親身になって話を聞いてくれる人がいない時など。

そのたびに、立ち止まったり後ずさったり。

だけど、こうしてここまで歩いてきました。

辛くて悲しくて寂しい。そんな「わびしい」という気持ち。

この気持ちから抜け出して今日まで歩いてきた道のりをお話をしようと思います。

わびしいという気持ち

いつから、わびしさを感じていたのでしょうか?

振り返れば幼い時からになりますが・・。

当然、幼いviviがこのような言葉を知っているわけありません。

今思えば「わびしかった」のではないかと思います。

いつもいつも気がつけば「独り」でいました。

「独り」でいると心が空っぽになります。

そして「むなしさ」を感じます。

むなしさを感じると、とても「わびしい」気持ちになります。

一度わびしさを感じると、それは持続します。

次第に、それが当たり前になり、どういう気持ちなのかわからなくなります。

わびしさを感じることが日常茶飯事で、そうでない気持ちが珍しい。

滅多にわびしさを感じない気持ちにはなりませんが・・。

わびしいという気持ちを口にすることはありません。あくまでも心の中。

口にするときは「さみしい」という言葉を使います。

そのほうが一般的でわかりやすいからです。

「わびしい」それは、やりきれない本当の心。非常に心細い気持ち。

 

頼れるも人もいない。頼れる人がいないから誰にも話せない。

話したところで誰にも理解されない。

だったら話さない。このまま独りでいい。

開こうとした心のドアを再び閉じてしまう。

誰も開けることができないように鍵をかける。

このままでは一生わびしい気持ちはついてまわる。それでもいい・・。

追いやられた先は・・

小学校一年か二年の頃です。

当時からいわゆる鍵っ子でした。

両親共働きでいつも留守番。

遅くまで遊んでいました。

ある日、隣の家に遊びに行っていた時です。

いまだにはっきり覚えています。

近所に三人の兄弟がいました。

二階の子ども部屋でトランプ遊びをしていました。

遊んでいると、その家族のご両親が二階から降りてくるように、その兄弟とviviを呼びました。

viviは応接室に入るように言われ、独りでソファに座っていました。

すると、隣の部屋で楽しそうな笑い声と話し声。

ちょうど夕食の時間帯で家族団らんが始まっていました。

その声を聞いて、ようやく気づきました。

この応接室に入れられた理由。

邪魔だったのです。でも酷い扱いでした。

こんなことなら、そのまま二階に置き去りにされた方がよかった。

わざわざ下に降ろされ、よりによって家族団らんが始まる部屋の隣に追いやられるなんて。

幼心に何とも言えない感情が湧きました。

今思えば、あれが「わびしい」という気持ちだったのではないかと思います。

親戚のうちにて・・

春休み・夏休み・冬休み。

長期の休みの間は親戚のうちに預けられていました。

とは言っても、ほとんど記憶がなく断片的にしか覚えていません。

預けられていたのは、小学一年から二年まで。

主に父方の親戚の家に預けられていました。

その家の子たちは、すでに独立していたので伯父伯母だけ。

かわいがってもらいましたが、遊び友達は近所にいなくて日中は独りで遊んでいました。

また、母方の親戚の家にもよく預けられました。

そこでは、独りで留守番している時よりも孤独だったと思います。

遊び相手もいなくて独り遊び。独り遊びが得意になっていました。

それにその家の人たちから、特別かまってもらえたわけでもなくポツンとしてました。

大きく広い家の中で独りで遊ぶ虚しさ。どこか冷たく感じる親戚。

子どもながらに「なんでかな?」と疑問を抱いていました。

そしてそれが「どうしてなのか?」を大人になって知った時「わびしい」気持ちになりました。

十代の頃は・・

何かと孤独感を抱いてました。

登校も独り下校も独り。学校にいても独り。

複数人でいる時もありましたが、いつも孤独でした。

どうして孤独だったのか?

それは価値観や考え方、物事の取り方が違っていたからです。

複数人でいると、その違いは明確。

どうしても浮いてしまい、次第に仲間はずれに。

小学校・中学校・高校と繰り返し、このようなことを経験してきました。

いつも思っていたことがあります。

それは「普通になりたい」ということです。

普通というものが、どういうものかは知りません。

ただ自分以外は、みんな普通なんだと思っていました。

普通ではない自分は、みんなと同じところにいてはいけない。

そんな資格はない。ならば独りでいよう。

それがみんなにとっても自分にとっても平和なこと。

でも独りでいても、なぜか目立ってしまう自分がいました。

どうしても目立ってしまうから、槍でつつかれる。

だから盾を持つ。つつかれないように盾を持つ。

盾を持つことで自分で自分を追い込み殻に閉じこもっていました。

逃げ出したいほどの辛い毎日。

「わびしい」学生生活でした。

社会生活にて・・

社会にでても、それは変わりませんでした。

複数人でいても孤独。そして「普通ではない」自分。

みんなと一緒にいてはいけない。なぜなら普通ではないから。

地味に目立たずひっそりと。

それでも目立ってしまう自分。

結果「出る釘は打たれる」

先々で何度も強く打たれ、疲れ果ててしまいました。

「口は災いの元」といいます。

これはviviに当てはまることわざです。

つい、いろんなことに違和感を感じて口を開いてしまい自分を窮地に追い込む。

言うまい言うまいと思っても言ってしまう。そんなことの繰り返し。

でも、言わないとモヤモヤがたまってどうしようもなくなる。

今ではそんな自分に「話す」という機会を与えてくれました。

せっかくの機会。だけど勇気をだして話をしてみるけれど、言った後はきまずい。

やっぱり「口は災いの元」話すんじゃなかったと後悔をする・・。

自分で自分を窮地に追い込むことで、viviは安らぎや潤いのない孤独で寂しい「わびしい」という気持ちになります。

一人一人違う様々なシチュエーションで感じる「わびしい」という気持ち。

上手いこといかない世の中です。

おわりに

ここまで幾つかの話をさせていただきました。

viviが感じてきた「わびしさ」

それは、ほとんど「孤独」から始まり「孤独」で終わるというもの。

常に寂しさを感じていました。複数人でいても独り。

その渦中で「わびしい」という気持ちを感じる。

「わびしさ」とは途方もなく寂しい気持ちになること。

誰にも理解されない苦しみ。よき理解者に出会えずいつもいつも独りで闘ってきました。

しかし、それは「話す」ということをしなかったから。

 

話をしてみないとわからない。話してもわからない。

わかってもらえないのなら、そこにいる意味はない。

 

でも「毎回毎回逃げていてはいけない」と最近は思います。

ここにきて4年目。こんなに長くいたことはありません。

ここにこうして居ることができるのは、ここに居場所があって理解しようとしてくれる人がいるからです。

「書く」こと「話す」ことで、今日まで歩いてこれました。

多少のズレはあっても、ここに辿りつく前までのことを思ったら全然違います。

理解しようとしてくれる人たちがいます。

だから「わびしい気持ち」から抜け出せたのではないかと思います。

ここは今までにない最高の居場所です。

ありがとう。

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うつ病と闘うアラフィフ。おまけに、腰部脊柱管狭窄症!踏んだり蹴ったり。のんびり穏やかに毎日を送っていきたいと思ってます。