能登半島地震で視覚障害者が困ったこと。取り入れた、「コード化点字ブロック」とは?

災害 視覚障害

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こんにちは、翼祈(たすき)です。

この記事を書いてから、4ヵ月以上が経過しました。

4月、春になった能登半島では、石川県穴水町にある桜の名所であり、「能登さくら駅」の愛称で親しまれる鉄道能登鹿島駅の線路沿いのソメイヨシノおよそ100本が満開となっています。その様子は「桜のトンネル」と呼ばれています。

また、かつて輪島市の朝市通りがあった火災現場跡では、チューリップやヒヤシンスが咲くなど、被災した人たちの希望の光になっています。

今回の記事の中で紹介したいのは、能登半島地震で被災した、視覚障害者の方です。

この男性が、避難所で支援して下さる方に、お願いして「コード化点字ブロック」を取り入れました。

今回は「コード化点字ブロック」についてと、視覚障害があることで苦労した避難生活についてお話します。

能登半島地震での視覚障害者の苦悩。取り入れた「コード化点字ブロック」ってどんなもの?

2024年1月1日に起きた、石川県能登半島地震では、多くの障害を抱えている人や配慮が必要な人が、普段とは異なる生活を送っています。

「一人で歩きたい。みんなの手を煩わせない様に、自分の足で移動したいのに…」

と話したのは、視覚障害を抱えていて、石川県珠洲市で被災した男性Bさんです。

男性Bさんは、20歳の時に、網膜色素変性症という網膜の病気を発症し、少しずつ視野が狭くなって、現在は、暗いか明るいかが判断できる程度で、ほぼ目は見えていません。

地震発生の前までは、白杖で一人で移動していました。特別養護老人ホームで機能訓練指導員として勤務し、利用者にリハビリやマッサージを施す仕事をして、家族の補助がほとんどなくても自立した生活を送っていたといいます。

2024年1月1日。自宅の2階で寝ていた時に、大きな揺れが発生して、ニュース速報をラジオで聞こうとした瞬間、家がバキバキと音を立てながら、ふすまが男性Bさんに割れて飛んできました。

大きな揺れが収まった時、「階段が外れてしまった」という兄の声が聞こえて、白杖を手にし、慎重に1階に降りて家の外へ出ました。

心配して駆けつけてくれた友達と一緒に高台を目指しました。その日は、小学校の教室で新聞紙を着て、雑魚寝をみんなでしました。

その後、男性Bさんには、想像もしなかった避難所生活において困難な日々が始まりました。

避難した小学校では近所の人たちが男性Bさんに声をかけてくれて気遣ってくれたり、食事や支援物資を持ってきてくれました。

ですが、それまで自立した生活をしていた男性Bさんが直面したのは「自分の力では移動できない」という困難でした。

体育館の床にはマットレスがぎっしり敷かれているので、一人で移動すると、誰かの身体を踏んづけてしまいます。廊下にも道具や支援物資が散乱し、白杖を使って歩けません。壁つたいに歩こうとしても、沢山置いてあることで、ぶつかってものを落としてしまい、歩けません

とその当時のことを振り返ります。

心配した石川県外の視覚障害を抱えている方を支援する団体から、手軽に設置可能な点字ブロックを避難所に送るという提案も頂きましたが、断らざるを得ませんでした。

マットレスを体育館の床に敷き詰めている中に、点字ブロックを置けず、支援も断るほかありませんでした。避難所では、必ず補助がないと生活できなくなりました

と、周囲の人に迷惑をかけないためには、自立した生活を送ってきた男性Bさんには、一人で移動すらできない避難生活は、精神的に耐え難いものでした。

避難生活が始まって13日後、男性Bさんは、金沢市内に設置された「1.5次避難所」に移りました。ここは、トイレは水が流れることで、1次避難所に比較しても衛生面は格段に良くなりましたが、そんな「1.5次避難所」でも「移動」が困難でした。

「1.5次避難所」では、広い体育館に、沢山の四角いテントが並べられ、プライバシーの配慮がありましたが、このテントに男性Bさんは苦労しました。

「1.5次避難所」でも通路に点字ブロックはありません。いつも、点字ブロックが設置していない場所では、壁つたいに歩いていた男性Bさんでしたが、広い体育館では壁が離れていて、歩くためにはテントをつたうしかできませんが、触って中で寝ている人を驚かせてはいけないという考えから、それもできませんでした。

その上で、高齢者や車椅子の人が多く避難している「1.5次避難所」では、むやみに歩くとぶつかって怪我を負わせてしまう恐れもあります。

ここでも、男性Bさんは、日常生活のちょっとした行動も、家族の補助なしでは生活できませんでした。長期化する避難生活の中で「家族に迷惑をかけられない」という考えから、飲み物や食事の摂取を控え、トイレを我慢していました。

参考:【被災地の声】珠洲市 視覚に障害があるなかで被災「人に頼むのがつらかった」大口史途歩さん 金沢NHK・石川WEBノート(2024年)

そんな不安定な生活が続く中で、能登半島地震の発生から15日後、「2次避難所」として被災者を受け入れる加賀市内にあるホテルに移れました。

「2次避難所」では個室が用意されて、トイレも個室内に完備されていたことで、発災後初めて自分一人でトイレにいくことができました。

「2次避難所」で、男性Bさんは「どこに移っても家族に頼る、誰かに頼る生活を変えたい」と強く考えを抱く様になりました。それを、視覚障害を抱えている人たちのSNS上のチャットで自分の現状を伝えました。

その中で、ある情報をSNS上の友人から教えて頂きました。それは、金沢工業大学の研究チームによって開発された「コード化点字ブロック」の存在だったといいます。

「しゃべる点字ブロック」とも言われている「コード化点字ブロック」は、25個ある点字ブロックの点に、三角形や丸の色を付け、点を専用のスマホのアプリで読み込むと、音声で道案内をします。

日本では、兵庫県神戸市にあるポートライナーの医療センター駅や、金沢21世紀美術館周辺などに設置され、2022年にはグッドデザイン賞も受賞しました。

男性Bさんから相談を受けた金沢工業大学の松井くにお教授は、迅速に「コード付き点字ブロック」を設置できる様に、従来は地面に設置する点字ブロックの技術を応用して、壁に設置することを提案しました。

そして、A4の紙に印刷するだけで、簡単に壁に点字ブロックを貼り付けることが可能な「紙の点字ブロック」を設置できないかと思い付きました。

男性Bさんから相談を受けていたホテル側も、ロビーの壁やエレベーターホールに「紙の点字ブロック」を貼ることに快諾してくれました。

1枚ずつ紙には、「2m進んで右に曲がるとエレベーターに行き着きます」などと、位置情報を把握するために必要な音声情報が入力されています。

男性Bさんが首からぶら下げたスマホの位置の高さに合わせて、「紙の点字ブロック」の位置を調整します。

男性Bさんがホテル内を歩いていくと、スマホが点字ブロックを感知し、情報提供をします。このホテルの壁に貼られた「コード化点字ブロック」によって、男性Bさんは、一人でホテルの部屋からロビーまで自由に行き来することができる様になりました。

「コード化点字ブロック」と作った専門家の方の話

男性Bさんが避難している「2次避難所」に、「コード化点字ブロック」を設置した、松井教授は、

障害の有無関係なく共に生活できるインクルーシブ社会の実現に向けて研究しております。避難所で、男性Bさんから一人で歩けないと相談されて、この度の導入に至りました。避難生活の中でも、避難生活の中だからこそ、みんなが少しでも安心できる・過ごしやすい生活を送れる様に、課題を把握し、解決に向けて、技術を活かしていきたいと思っています

と説明しました。

この記事に関しては、公開された2月から存じておりました。それより後に知って書いた聴覚障害者の能登半島地震での悩みを書いたので、書いてみようと思いました。

視覚障害者の方も、全盲の方、全盲で白状を付いている方や盲導犬を連れている方、片目だけ失明している方、全盲ではないけど、ぼんやりとしか見えない方、障害の程度は人それぞれ違います。

点字ブロックの記事は2022年に書きましたが、その時に合ったニーズによって、様々なタイプの点字ブロックがあることに驚きました。

この記事で紹介した男性も困っていましたが、人づてに「コード化点字ブロック」のことを知って、導入して貰った。

偶然が偶然を呼んだ、偶然が噛み合わなければ、「コード化点字ブロック」のことを知らなかったかもしれないですし、それに関しては良かったなと思いました。

その他の能登半島の4月のニュース

他にも4月はこんなことが能登半島ではありました。

石川県輪島市河井町にあるかわい保育園と和光幼稚園では2024年3月18日、子どもたちが憧れの特撮ヒーロー、ウルトラマンセブンウルトラゼロと交流し、友達と過ごす時間を楽しみました。

参考:「園に戻ってこれてうれしい」ウルトラマンと喜ぶ 輪島で保育施設の半数が再開 能登半島地震 東京新聞(2024年)

石川県穴水町梶在住の元中学校教諭の男性Aさんが編集し、能登半島地震後「休刊」が続いていた、手書き印刷の新聞「紡ぐ」が4月に入って、発行を再開しました。

参考:「私たちは生きています」 能登・穴水の「手書き新聞」再開 被害の写真も載せ「前を向く責任ある」 東京新聞(2024年)

2024年4月11日、金沢大学附属病院は、能登半島地震で被災した金沢大学能登海洋水産センターで、養殖したサクラマス「のとらうと桜」を使用したメニューを入院している患者さん450人に提供しました。

参考:【石川】能登育ち 元気届けマス 金大付属病院 病院食に 中日新聞(2024年)

石川県輪島市の復興を願い、朝市通りにあった[永井豪記念館]の原画が焼けずに残っていた、「マジンガーZ」などで有名の輪島市出身の漫画家・永井豪さんが、新たに応援メッセージを描いたイラスト色紙を輪島市に贈呈し、2024年4月11日から市役所1Fに掲出されています。

参考:永井豪さん、故郷輪島に色紙寄贈 復興祈り直筆メッセージ 中日新聞(2024年)

このように、少しずつではありますが、復興に向かう能登半島にこれからも注目を続けて行ければと思います。

noteでも書いています。よければ読んでください。

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左耳感音性難聴と特定不能の発達障害(ASD,ADHD,LD全ての要素あり)、糖尿病、甲状腺機能低下症、不眠症、脂漏性皮膚炎などを患っているライターです。映画やドラマなどのエンタメごと、そこそこに詳しいです。ただ、あくまで“障害”や“生きづらさ”がテーマなど、会社の趣旨に合いそうな作品の内容しか記事として書いていません。私のnoteを観て頂ければ分かると思いますが、ハンドメイドにも興味あり、時々作りに行きます。2022年10月24日から、AKARIの公式Twitterの更新担当をしています。2023年10月10日から、AKARIの公式Instagram(インスタ)も担当。noteを今2023年10月は、集中的に頑張って書いています。昔から文章書く事好きです、宜しくお願い致します。