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高校を卒業して
高校を卒業し、今までは子どもでいろいろと守られてきたのだから、世の中の悪い部分、汚い部分も目を逸らさずに直視して、適切な判断が下せる大人にならなければならないと思った。
マスコミ系の学校に行くことになったのでそれもあった。
ただ、文章を書く仕事をなんとなくしたいと思って決めた学校だった。
異臭事件が起こった
その学校の授業中に、A駅の近くで異臭事件が起ったとアナウンスが流れた。
たまたまその日、A駅周辺の店のバイトの面接に行く予定だった。面接どころではない、断っていいかとも思ったが、これも何かの縁?と思い、行くことにした。
現場には鼻の奥にツンとつく変な臭いがまだ残っていた。
異臭事件が発生してからかなり時間が経っていたのにまだ救助できずに女性が横になっていた。
バイトの面接がある店がちょうど被害があったところを通らなくてはいけないところにあった。
興味本位で見に来たと救助者に白い目で見られたが、そこを通らないといけないことがわかると彼らの目つきもやわらかいものに変わった。そして、私はたまたま見てしまった被害女性の様子にショックを受けてしまった。見なければよかったと思った。
後日、バイトの面接に落ちた。
面接の帰り道、新聞の号外が配られていた。私もせっかくマスコミ系の学校に行ったので、この事件の証拠になるものを手に入れようと列に並んだ。
号外を配る人を中心に放射線状に人の長い列ができていた。みんな考えることが同じであった。時折、どうにかして手に入れようと列が波打つ。私もその波に合わせて前に進もうとする。
しかし、なかなか手に入らない。だんだん私はこれはいつか暴徒化するんじゃないかと思った。こんなところで怪我でもしたら馬鹿馬鹿しいので諦めて列から抜けた。
そんな混乱ぶりを体験しただけでもいいかと思った。
危機的な体験
危機的な体験を受けている真っ最中は興奮状態で案外平気だったりする。しかし、不安や恐怖、悲しみ、憎しみの感情は時間をおいて後からが襲いかかってくることがある。
それがいわゆる「PTSD」といわれるものかもしれない。
私も直接被害を受けたわけではないが、後から不安と恐怖の気持ちに苛まれた。そして、犯人に対してどす黒くて荒んだ怒りの感情が湧き上がった。
A駅の周辺には防犯カメラが増え、警察官の見回りが多くなり、すっかり街の雰囲気が変わってしまった。
この街から去る
私がこの街から離れることになった際、友達に「テロと地震に気をつけて」と言ったら思いっきり苦笑いされた。
事実は小説より奇なりで、今では、全世界が新型ウィルスと核戦争の脅威に晒されている。
それでも私たちは生きていくのだった。
参考サイト
noteでも書いています。よかったら、読んでみてください。
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