「健康格差」解消のカギは何か? ハイリスク・アプローチとポピュレーション・アプローチ

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1.ハイリスク・アプローチの限界

 健康へのリスクが高い人たちを選び出し、その人たちに重点的に施策を講じる手法を予防医学の専門用語で、「ハイリスク・アプローチ」と呼びます。わかりやすく説明しますと、「狙い撃ち」です。この手法は、合理的かつ効率的なものとして、かつては結核などの伝染病対策で高い効果を上げました。

 健康格差対策でも、健康を害しやすい層にターゲットを絞って取り組めるのではないかとこれを考えがちですが、千葉大学教授の近藤克則さんは、この手法は健康格差の対策では、「うまく機能しない」と分析します。それはどうしてなのでしょうか。近藤さんは国が主導した「メタボ対策」を例に、このハイリスク・アプローチの限界を指摘します。

2.メタボリック・シンドローム対策の失敗

 メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)は、高血糖、高血圧、脂質異常症の3つのうち、2つが重なったものを指します。高血糖、高血圧、脂質異常症はそれぞれが独立した症状ですが、このうち2つが重なると動脈硬化が著しく進行し、心臓病、糖尿病、脳卒中など、さまざまな生活習慣病の発症リスクを高めるとされています。

 2008年にWHO(世界保健機関)が診断基準を発表したことを受けて、日本でもいわゆる「メタボ対策」として、特定健康診断が実施され、メタボ該当者やその予備軍に対して、血液検査やお腹の周径を巻き尺で測り、内臓に脂肪を蓄積した肥満者に対して、生活習慣病の改善を促す施策が取られてきました。ところが「メタボ対策」の成果は著しくありませんでした。

 国が取り組む「21世紀における国民健康づくり運動」(健康21)では、2000年から2010年までの10年間の取り組みを掲げましたが、メタボ対策においては、「メタボリックシンドロームを認知している国民の割合の増加」という目標こそ達成したものの、肝心の「メタボリックシンドロームの該当者や予備軍の減少、高脂血症の減少」は、「スタート時点と変わらない」という評価に終わってしまったのです。

 なぜうまく機能しなかったのでしょうか。近藤さんは、「ハイリスク・アプローチ」が有効であるためには、次の4条件を満たす必要があると分析しています。

①リスクが特定の比較的少数の者に限ってみられる

②ハイリスクの人を診断する方法が確立している

③長期間にわたり有効な予防あるいは治療法も確立している

④それが、ほとんどのハイリスクな人に対して現実に提供できる

 近藤さんは、こう語ります。

 かつて結核などの感染症対策では、この4条件がほぼ満たされていましたし、 診断方法や治療法も確立されていた。それを結核のリスクがある人に対して確実に提供できました。ところが、「メタボ対策」ではそうはいかなかった。

 メタボのリスクがある人の数は、当時2000万人超(平成19年国民健康・栄養調査)と言われ、極めて多数でしたし、治療法も確立されていませんでした。世界の研究論文を網羅的に集めたシステマティックレビュー(※)では、一般集団を対象とする健康指導の効果は短期的なものに止まり、長期的にわたり健康状態を維持するための指導方法は確立されていないんです。

 しかもメタボの診断基準にすら疑義を唱えている人がいたほどですから、4条件がそろっていなかった。厚生労働省には、結核の時の成功体験があるから、メタボ対策もこの戦略で押さえ込めると考えたのでしょうが、これでは対策が上手くいかないのは無理もありませんでした。

※文献をくまなく調査し、質の高い研究のデータを偏りを限りなく除き、分析を行うこと。

 ハイリスク・アプローチだけでは機能しないとすれば、どのような対策を取ればいいのでしょうか。今、予防医学の分野で注目されているのが、「ポピュレーション・アプローチ」という考え方です。これは、対策を健康へのリスクが高い人(ハイリスク集団)だけに限定するのではなく、広く一般的に健康状態がいい人を含む大勢(一般集団)を対象にするというものです。

 リスクの高い「個人」を狙い撃ちにするのではなく、一般的な人を取り巻く「環境」や「原因のもと」、「原因の原因」そのもを狙い撃ちすることで、結果として全体の健康度を改善すようという意図が、このポピュレーション・アプローチにあります。

 以前紹介した、東京都の足立区の糖尿病予防対策である「ベジタベライフ」は、糖尿病患者だけではなく、区民全体の健康度を高めようという狙いで取り組まれました。その結果として、糖尿病患者だけでなく、区民全体の野菜摂取量が増えました。これが、ポピュレーション・アプローチの典型的な成功事例といえます。

 ポピュレーション・アプローチは、個人に負担をかけるのではく、社会の環境そのものを変えることにより、より多くの人々が健康的な生活ができるようにする取り組みです。たとえば、公共空間や職場での禁煙、タバコの値上げ、給食や社員食堂などのヘルシーメニューの提供などがあげられます。このようなポピュレーション・アプローチの国家レベルでの取り組みが求められます。

   参考

 NHKスペシャル取材班(2017)『健康格差 あなたの寿命は社会が決める』講談社.

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