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こんにちは、翼祈(たすき)です。
現在、昔から名前を知っている「はしか」が猛威を振るっているのをご存知でしょうか?
この記事を書く先週までは、「はしか」がちょっとずつ増えている状態でしたが、今、かなり「はしか」がかなり増えていて、まだ2月なのに、30名以上の感染者が出ています。
「はしか」は、その場に感染者がいるとかからない人がいない位、感染力が強い病気。
今はこのように感染者が増えている中で、舞台、市役所、ホームセンター、うどん専門店、商業施設など人々は色んな場所に行っています。
だからこそ、この記事で伝えたいことは、「はしか」による「免疫健忘」の恐ろしさと、私の様な重症化しやすい人にとっては死活問題であるということです。
今回は自分の聞いた話や経験を元にお伝えしていきます。
皆さんもこれからも元気に一般企業や就労支援施設で働くためにも、こちらを読んで、ぜひ体調管理や感染予防に気を付けて頂ければと思います。
なぜ、「はしか」による「免疫健忘」が怖いのか?
鎌倉女子大学の木下博勝教授が“「はしか」の1番のリスク”として危惧するのが、感染したことで発生する「免疫健忘」です。
「『はしか』に感染すると、今まで記憶していた細胞が麻疹のウイルスで壊されてしまう。そして、今までの免疫の記憶が無かった状態にされてしまいます」。
参照元:(テレ朝NEWS) はしか感染が世界的に増加 先進国でも1000人に1人死亡 細胞破壊し「免疫白紙化」も 2026年1月7日
「免疫健忘」により、今まであった他の感染症のものも含めて、抗体の種類が11~73%の割合で失われてしまうそうです。
先日、医療従事者の方から受けたインタビューで感染症の話もしました。
その方も『はしかはかなりまずい』と言っていました。
「はしか」は場合によっては、元気だった人が寝たきりになる人もいるなど、重度の後遺症もあります。
「免疫健忘」になると、今までの抗体がほぼゼロに近くになるため、感染症になっていない人よりかかりやすくなり、重症化もしやすいでしょう。
昔の認識と今の怖さ
私の母の子ども時代、「はしか」は当たり前にありました。一般的に「あの子は『はしか』になったんだ。じゃあ、私もかかるだろうな」という日常会話。
私の母も子どもの頃、「はしか」に感染しました。
それ位身近で、みんなが誰しもかかるもの、日常的に当たり前の感染症だった。身近ゆえに怖い感染症だという意識が弱かった。
今は様々な知識がついて、恐ろしい感染症だと感じます。
実際に起きた事例と、保健所の対応
先日見たニュースでは、2例の不特定多数との接触が起きていました。
1つのケースでは、発熱があったのに舞台を観に行って、受診後すぐには検査結果が分からなかった人。
もう1つは数日間体調が悪くて病院を受診しても確定診断が出ない。全身の発疹で「はしか」だと分かった時には、かなりの不特定多数の人と接触をしていたようです。
参照元:(読売新聞) 東京宝塚劇場で観劇の男性がはしか感染、不特定多数と接触か…JR京葉線で新習志野―東京間を電車移動 2026/01/30
参照元:(読売新聞) はしか感染の20代女性、1月下旬に田園調布中央病院で不特定多数と接触か 2026/02/09
保健所に行っていた知り合いから聞いた話をすると、重大な感染症が出るとまず保健所はその人が行った場所、使った公共交通機関、行った日にち、時間など全て洗い出すそうです。
今回紹介した記事には、その人が行った場所や公共交通機関、日にちなど全ての記録が書いてあります。
それは、「はしか」はその場に一人での感染者がいたら、移らない人がまずいないほど感染力がかなり強いからです。
公共交通機関や行った場所で、感染者とたまたま同じ空間にいた場合もあります。
そのため、「もし同じ日、同じ時間帯、場所に行って、体調に異変があったらすぐに病院受診をする様に」と注意喚起をするための目安になります。
糖尿病患者には死活問題
私自身もコロナの時に肩身の狭い思いをしてきました。
テレビで連日流れる「糖尿病があると重症化して死ぬ」という報道。
私はコロナ禍真っ只中の中で出勤していました。仕事としては知識も増えるし、楽しい。
でも心の中で、「感染したら私、死ぬんだろうな」ってずっと思っていた。
コロナ禍で1番酷い時には濃厚接触者という言葉もあった。「あの人、最近見ないな」と思ったらコロナでの自宅待機で、それが療養する前に話してた人だったら…。
アクリル板があっても恐怖もある。少しずつ緩くなったものの、昔は集団感染をすれば会社自体閉所。その間給料も出ない。仕事がないのではなく、最低賃金で仕事をしている私には、あの当時さらに安かったこともあり、給料が入らない=生活が成り立たない。
TANOSHIKAもクラスターが発生し、会社自体が閉所した事業所もあったので、明日が我が身。あの当時、クラスターを起こしたら、謝罪しなければならない時代だった。
今よりまだ少し厳しかったマスクの着用も、どれだけ仕事ができて、性格も良い人。だとしてもマスクをせずに話しかけられると、「移るかも」と恐怖で身構える時も多々あって。
『マスクをして下さい』と会社が朝礼などで全員に言っても、「したくないからしません」と言われるなら、強制力もなかったし、個人の意思を尊重し、それ以上は強く言えない。
私が通勤で怖かったのが、電車で座る席の前にいる人がコロナ禍だろうとコロナ明けだろうと決してマスクをした姿を一度も見なかったこと。
それは私がこの席がお気に入りでも、自分の身を守るために、自分がその席を離れるしか自分の身を守れなかった。
特にコロナ禍は糖尿病当事者には遊びに行くことも制限。
制限があったことで会えた人に会えず、もう二度と会えない、多くの別れを経験。
私が外出を再開したのもコロナ明けの宣言から半年後。どうやって今と違い、気分転換をしていたのか思い出せない。
コロナで言えば、感染症にかかったことは自己責任。会社にも迷惑がかかる、そんな閉塞感の世の中が嫌だった。既往歴もなく、コロナ禍でも外出できる人への羨ましさより、あんな恐怖感を与える場所に飛び込めるなんて信じられないと思っていた頃もあった。
それ位、私にとって、この記事の「はしか」もそうですが、感染症にかかると自分がこの世から居なくなるかもしれない。
それは通院という自分の健康のために行く場所でも怖さは消えない。
糖尿病は合併症だけではなく、進行したり、感染症もかかりやすく、怪我も治りにくい。
感染症は目に見えないことで、気を付けようもない。
そういう意味で何か外出したい時、「ここに人が集まっているから行くのをやめておこう」と、コロナ禍の時に近い生活を今私は送っています。
コロナ明けとなって、マスクの強要はもちろんできない。
それでも今でもインフルエンザなど色んな感染症が流行っているからこそ、「はしか」による「免疫健忘」を頭の片隅に入れておいて頂きたいです。
noteでも書いています。よければ読んでください。











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