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こんにちは、どうも、ゆたです。
皆さんは子どもの頃、絵本を読んでもらう機会はありましたか?
日本の昔話ではあまりありませんが、海外の絵本では登場する人物はいつも晴れやかで、女性であればシンデレラのように、男性であれば王子様のように、ある程度、パターンがありますね。
今回はそんな絵本に一石を投じたイタリアの出版社のお話です。
本の街「ボローニャ」の本屋さん。
イタリア北部の古都・ボローニャ。
ここはスパゲティのボロネーゼや世界最古と言われているボローニャ大学で有名です。
ですが、他にもここは昔から本の街として有名で、至る所に書店があります。
そんな立ち並ぶ書店の一つにとあるお店があります。
それが『LIBRERIA DELLE DONNE DI BOLOGNA』。
直訳すると“ボローニャの女性たちのための書店”です。
書店の中に入ると、女性向けの本が立ち並び、ラインナップとしては、女性に対する性差別、ジェンダーのこと、女性に対する暴力などに特化した本が置かれています。
そのほかの物語、詩、エッセン、伝記、児童書なども、全て女性が著者であることが特徴です。
その中でも最近ではティーンや児童向けの本が爆発的に増加していると言われています。
この店の店長さん曰く、
「ここ5年くらいで、性と体、生理に関する本は急激に増えましたね。イタリアでは、性や体の話は学校でも家庭でも話しにくいものとされています。小学校や中高でも性教育は行われていないです。なので、体の変化に関する本も数年前まで一切なかったです」
とのこと。
イタリアでは国民の80%がキリスト教といわれていて、男女の役割が明確化されています。その背景もあって、性についての話題はタブーであり、女性の権利や多様性の理解も進んでいないのが現状です。
ジェンダー・ギャップ指数と呼ばれる男女間の格差について、イタリアは146か国中87位で、EU27か国中25番目です。
そんなイタリアを変えたい、そう強く思ったある女性とその思いがたくさん詰まった出版社があります。
『セッテノーヴェ』
セッテノーヴェという出版社では、性別による暴力や、両性のあいだの平等というものをメインに出版しています。
ジャンルは、絵本やエッセイ、物語など多岐に渡ります。
それに加え、暴力を受けている人を助ける救済センターに置いている冊子なども作っています。
編集のモニカさんはこのような本の必要性について話しています。
モニカさん「性に関するステレオタイプを打ち壊していくための本が必要だと思います」
この出版社の挑戦に、SNSでは批判が殺到していましたが、こういう動きが必要だと思っている人も多くいるといいます。
その結果、今では応援や支援の多くが届き、その支援と理解の輪が広がっているそうです。
セッテノーヴェおすすめの絵本「青いずきんの女の子」
皆さんは赤ずきんというお話をご存知ですか?
簡単にストーリーを説明しますと、
赤ずきんちゃんが花に気を奪われて横道にそれた隙に、先回りをしたオオカミはおばあさんをのみこんでしまいます。オオカミは、今度はおばあさんのふりをして、一足遅くやってきた赤ずきんちゃんをひとのみ。
異変に気づいた猟師がやってきて、赤ずきんちゃんとおばあさんは助け出されましたが、赤ずきんちゃんはもう二度と寄り道はよそうと誓うのでした。
みたいなお話ですね。
知っている人も多いと思いかなと思います。
このストーリーでは主人公の赤ずきんちゃんが純粋で悪いオオカミに騙され、食べられてしまい、可哀想な女の子、といったイメージです。
そして、助けてくれるのは通りかかった猟師で男の人です。
ですが、セッテノーヴェで発売されている「青ずきん」では全く異なるストーリーになっています。
二人は仲良く遊んだり、ケンカしたりします。
しかし、ケンカをすると青ずきんちゃんの方が強くて、オオカミ男子は泣いてしまいます。
最後は、おばあちゃんの家に着き、オオカミ男子にもパンを分けてあげるのでした。
このように皆さんが知っているような赤ずきんとは全くイメージの違うストーリーになっています。
女の子=か弱い、オオカミ=悪いやつ、みたいな固定概念が崩れていく作品ですよね。
このような社会にある固定概念は「ステレオタイプ」ともいわれていますが、モニカさんはこの本をあえて作ったといいます。
「小さな子ども向けの絵本をだすのはすごく大事なことだと思っています。特に、ステレオタイプな考え方をとりのぞくためには効果的だと考えています。幼い頃から、自分たちはどういうふうになるのかは自由でいい、あなたたちは特別ということを教えるために、絵本のすてきな絵やストーリーで伝えていくのは、とても意味があると思います。
参考:オオカミより強い“青ずきん” 絵本で性別の固定観念を壊す 元アナ・杉上佐智枝がイタリアで取材
終わりに。
日本ではジェンダーレス、という考え方を凄く押し付けてしまう流れがあります。
イタリアでは「ジェンダーレス」という考え方はあまりありません。
女性、男性、そのほかのジェンダーにおいても、「物理的、身体的に差があるのは必然であり、その上で、お互いのその差を認め、理解し合う上に理想の社会がある」という認識です。
私は日本人ですが、イタリアのこの考え方に凄く共感できます。
女性でも、男性でも、LGBTQ+でも関係なく、その人の身体的、能力的な得意、不得意があります。
それを認め合うこと、お互いを尊重し合う関係性が凄く
素敵だと思います。
皆さんはどう思いますか?是非、コメントで聞かせてくださいね。
今回はここまでです。以上、相手はゆたでした。また次回の記事でお会いしましょう!
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