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こんにちは、どうも、ゆたです。
私は今、実家に暮らしていますが、いずれは一人暮らしをしたいなと考えています。
友人の多くは一人暮らしをしていて、色々な大変なことの話を聞きます。
家事、洗濯、掃除、お金にまつわるあれこれなど、初めての経験だとなかなか上手く行かないこともあるようです。
そんな中、意外と気にしてなかったのに面倒くさいと言っていたのが、分別についてです。
分別は市町村単位で細かく分かれています。
実家では燃えるゴミだったのに、ここではちゃんと分別しなくてはいけなかったり、結構、大変なようなのです。
分別のルールは多ければ多いほど、面倒くさくなる、と私は思っていましたが、実はそうではない可能性があるのです。
今回、ゴミの分別を細かく分けている鹿児島県のとある町についてお話しようかなと思います。
分別の数は27種類?!
鹿児島県・大崎町。
ここは日本でもトップクラスのリサイクル率を誇る町です。
これまで25年間リサイクルを徹底してきた結果、14回もリサイクル率日本一を獲得してきました。
これだけ聞くと「元々そういう地域だっただけでしょう?」と思う方もいらっしゃるかと思いますが、かつての大崎町はごみの分別に無頓着な町だったと言います。
昔から焼却炉を持たないので、「燃えるごみ」の区別は一切ありませんでした。
全てのごみは黒いビニール袋にいっしょくたにして埋立処理場に持ち込まれていました。
それではなぜ、大崎町が日本一のリサイクル率を誇る町に変わったのか、そのきっかけはこの埋立処理場にある問題でした。
本来、このごみ処理場は2004年までは使用できる予定でした。
ところが1998年、処理場は2004年まで持たないことが判明しました。
理由は当初の想定より多くのごみが搬入されたためです。
大崎町はすぐさま、住民代表の組織である「衛生自治会」の協力を得て、説明会を開催し、今後について話し合いました。
説明会は3ヶ月間、延べ450回に上りました。
焼却炉を作ろう、新たな埋立処理場を作ろう、そのような声が上がりましたが、建設地の選定や建設費用・維持費などの様々な要因で断念しました。
そして、角度を変えて、ごみ出しのあり方を見直して、今の処理場を延命することに決定しました。
1998年、カン、ビン、ペッドボトルの資源ごみ3品目から分別回収をスタートした大崎町は、10年後に埋め立てごみの80%以上の減量化に成功しました。
埋立処理場の寿命を40年以上延ばしたおかげで、処理場は2060年ごろまで使えるようになりました。
現在、大崎町はごみを27品目に分別し、「一般ごみ」「資源ごみ」として回収しています。
一般ごみは週1回、回収され埋立処理場に搬入されます。
一方、資源ごみはさらに細かく55種類に分別されて再資源化します。
例えば、生ごみ・草木は完熟堆肥になり、販売されています。
その結果、大崎町は自治体別一般廃棄物リサイクル率日本一を14回も達成することができたのです。
リサイクル率は脅威の83、1%です!
全国平均が20%程度なので、大崎町のリサイクル率がどれほど凄いことなのか、想像して頂けると思います!
大崎町のここが凄い。
皆さんもこの話を聞いて、大崎町のような限られた資源を循環するリサイクル、そして環境問題について興味を持たれた方がいらっしゃるかと思います。
私自身も興味が湧き、今住んでいる地域でもこのような活動はできるのでは? と思い、調べてみたところ、それには壁があることがわかりました。
大崎町がここまでのリサイクル率を誇ることができたのは、大きく二つの「意識」という点が関わってきていると私は思います。
一つは、「大崎町役場で働く方の意識」です。
大崎町が今回の取り組みを実行しようとした1998年頃、大崎町役場は深刻なマンパワー不足でした。
仕事は増え続けているのに、職員は数を減らし、180人いた職員は120人まで減少しています。
町の取り組みを知った企業からは「うちと組んでさらにリサイクル率を上げませんか」と持ちかけられることもありましたが、多忙すぎてそれどころではありませんでした。
そんな時に出会ったのが、現在、一般社団法人大崎町SDGs推進協議会の専務理事・業務執行責任者を務める齊藤智彦さんです。
斉藤さん曰く「いろんな自治体の地域活性化の仕事に携わってきたが、こんなに主体的に働いている職員さんたちは初めて見ました。僕の方から、大崎町のリサイクルを含め町のことを勉強させてくれませんかとお願いしました」
大崎町の職員の働く姿勢に惚れ込んだ斉藤さんは大崎町に通い始め、少しずつ町の秘密について理解していきます。
斉藤さんは続けて「大崎町の凄いところは東晴弘町長のマネジメントにあると思います。基本的には職員に任せるスタイルです。なので、職員さんは責任を持って、生き生きと行動されています。普通なら町長が語るような政策や未来を職員さんが堂々と語っているのです。それが当たり前の文化として役場に根付いていますね」と話しています
このように役場で働いている方々の仕事に対する熱意が今の大崎町を作っていることは間違いないでしょう。
もう一つは、「住民の意識」です。
斉藤さんはそのことについてこう言っています。
「20年以上に及ぶ大崎町のリサイクルの取り組みは、行政組織の情報公開によって課題を解決する先進事例だったと思います。本来なら隠しておきたいような問題を適切に住民に公開して、適切な目標を決めたうえで、住民の協力を得ながらごみの問題を解決していきました。その過程で、住民のなかに、『自分たちにもできる』という意識が形成されていった。情報公開によって、不都合な事実を力に変えていけるという自信が職員や住民のみなさんに備わったのでは、と考えています」
このように役場の取り組みに対して、問題点と解決すためにすべきことを住民が理解し、行動したことが今の大崎町を作る上で欠かせない要素だったのです。
なので、大崎町のようなリサイクル率を目指すのであれば、役所の働きかけに住民が答えた結果であると私は思います。
そしてこの二つの「意識」は必要不可欠であると断言できます。
参考:「リサイクル率日本一」 鹿児島・大崎町がめざす循環型社会(前編) 分別に無頓着だった町はなぜ変われたのか
circular village hostel GURURI
ここまで大崎町が取り組んできた分別することについてある程度の理解ができたと思います。
そんな大崎町で「分別する暮らし」が体験できる宿泊施設が2024年4月14日にオープン致しました!
名前はcircular village hostel GURURI(サーキュラー・ヴィレッジ・ホステル・グルリ)と言います!
ここではごみの分別だけでなく、施設内の至るところに、環境負荷を軽減した「これからの暮らし方」に触れる機会が用意されていると言います。
GURURIの中を覗いてみると、壁は木材の良さを生かした非常におしゃれな空間で、清潔感も半端ないです!
詳しくは下記のURLからご確認してみてください。実際に訪れた方が事細かに説明してくれていますよ!
参照:ごみ27分別の暮らし、実際どう?鹿児島・大崎町の循環型ホステルに泊まってみたら
終わりに。
今回はリサイクル率日本一の鹿児島県・大崎町についてご紹介しました。
本文では語りきれていない部分もたくさんありますが、何がともあれ、地域と役所と住民の繋がりが深く、一致団結してごみ問題に立ち向かったことがわかったと思います。
今後、大崎町はこれからの日本の在り方を考える、そして、変えていくある意味、目標のような存在になっているのではないでしょうか。
私も今、住んでいる場所の分別について、帰ったら確認してみようかなと思います!
今回はここまで、お相手はゆたでした。
また次回の記事でお会いしましょう!
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