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どうも、こんにちは、ゆたです。
突然で申し訳ないですが、残念なことに皆さんに必ず訪れるものがあります。
それは『死』です。
これは産声を上げた瞬間から時間や環境は違えど、平等に必ず訪れる人生の終わりを意味しています。
と、いきなり、何を言い出したかと思えば、誰もが知っているようなことを格好つけて言ってるだけなのですが笑
さてさて、私たち人間は死ぬことで人生を終える、そんなことは誰もが当たり前に理解していますが、死んだ後の世界を考えたことはあるでしょうか?
何かしらの教えがあるのであればそれに従うこともあるでしょうし、独自の見解もあるでしょう。
しかし、それは事実、というわけではなく、やはり想像の域を超えないのです。
つまり、生きている我々にとって、死後の世界を正確に知ることは不可能!
あ、これも周知の事実ですかね?笑
と、こんな風に死、という概念について考えていると、同時に今についても考えることがありますよね。
今のままでいいのか、私の人生はこんなものなのか、これから先、幸せになるのか、子どもは? 友人は? 親は?
生きているとそんなことを考えることがあります。
そういったその瞬間にはなかなか結論に辿り着けないものについて、考えている時間を無駄だ、と思う人もいるかも知れません。
ですが、そういった感情には意外とシンプルな答えだったり、解決策があったり、ゆっくりと時間をかけることで不安が解消されたり。
もっとわかりやすくいうのであれば、決してその時間は無駄ではないと私は思うのです。
今回はそんな産まれてから死ぬまでの「生きる」について考える素敵なイベントについてご紹介します。
うまれ、しんで、どこへいく?
参照:https://ideasforgood.jp/2024/04/05/munufes/
2024年5月17日(金)から26日(日)まで、大阪・應典院主催のもと、「あらゆるいのちをケアする想像力を育む」をテーマに『むぬフェス』〜「産む」から「死ぬ」まで、生きることをめぐる10日間のイベント〜を開催されます。
このイベントは実験的な活動を行うクリエイティブ・スタジオDeep Care Lad(ディープケアケア・ラボ)と一般社団法人公共とデザインが協働で開催されます。
実は一度、東京・渋谷のOZ Studioで開催されていて、センシティブなテーマであったのにも関わらず、大好評を博した展覧会「産まみ(む)めも」から大幅なアップデートをし、今回、大阪・應典院で『むぬフェス』として開催されます。
前回の「産まみ(む)めも」では、産まない、産みたい、産む、産めない、産もうかといった、複雑な「産む」という行為へのさまざまな向き合い方を問いかけていましたが、今回の巡回展では、「死ぬ」というテーマに焦点を当て、人生の始まりから終わりまでを包括する対話セッションやワークショップを通じて、より深く、より広く探求することができるそうです。
そして、なんといっても、今回のイベントの会場は應典院は、リニューアルを機に新しくなったコンセプト「あそびの精舎」構想を立ち上げたお寺であります。
いのち(Life)✖️今の生き方(Life)✖️生まれて死ぬまでの暮らし(LIfe)の三つの要素を掲げて、子どもからお年寄りまで、そして祖先や未来の世代までもが集まり、共に「あそぶ」ことができます。
これからの時代は、血縁関係に縛られない家族の形や新しい弔いの仕方、SNSデータから死者を再現できるAIなど、今までとは全く違う在り方が多様になっています。
そんな今だからこそ、一人ひとりの生き方を問い、これからを見つめていく必要があります。
参考:【5/17〜26開催】「産む」から「死ぬ」まで、生きるをめぐる10日間『むぬフェス』
終わりに。
東京で行われた『産まみ(む)めも』展では来場者はこのような感想を述べています。
「子どもを産むこと・育てることに対するいろんな視座が交差する豊かな問いの空間だった」
「子どもが産まれてとても幸せを感じていたけれど、『子どもを産む=幸せ、産まない=不幸せ』ではないことをこの展示を見て改めて痛感させられた」
他にも子どもを産むことに対し、知見が深まった、という方が多くいらっしゃいました。
今回は産まれて、そして、死ぬまでの人生全てをテーマにしています、
前回よりさらに考えることが多くなると思います。
人生について、家族や友人と今一度、考えてみる時間を取ってみるのはいかがでしょうか?
参加リンク:むぬフェス -「産む」から「死ぬ」まで、生きるをめぐる10日間
今回はここまで。
以上、お相手はゆたでした。また次回の記事でお会いしましょう。
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