難病SLEと闘病中の車椅子モデル梅津絵里さんの過去・現在・未来

umetueri

この記事は約 40 分で読むことができます。

今回のイベントは、難病や障がいを抱えながら発信活動をされている方をゲストにお招きし、自身の活動や生きづらさを感じていることなどについてお話を伺い、リスナーと議論していく会です。

今回は難病SLEの当事者である梅津絵里さんをお招きし、梅津さんのこれまでの歩みや、今感じてる問題などについて伺います。

AKARIはTANOSHIKAが運営する、様々な障害の当事者が、当事者に向けて情報を発信するメディアです。

弊社は「生きづらさ働きづらさのない世の中を創る」というビジョンを掲げており、AKARIもその活動の一つです。

AKARIの活動の一環として、ゲストの生きづらさにAKARIを灯す(ともす)ことで、同じような悩みや生きづらさを抱えている人達の心にもあかりを灯したい、そういう願いを込めてこの会を開きました。

TANOSHIKA側自己紹介

島川   TANOSHIKAの職業指導員で、AKARIの編集長を務めています。

田代さん 弊社COOでAKARIの創始者です。一緒にイベントを運営して下さっています。

野中さん 弊社インターンで、今回のイベントを一緒に立ち上げました。質問も考えてくれています。

また、今回はAKARIのライターでsaladさんという方が、今回は質問を主に考えてくれました!

梅津絵里さんの紹介

梅津絵里

27歳~SLE・中枢神経ループスと診断され、6年間寝たきりの入院生活を送られます。

退院後、車椅子ユーザーとなり、「Co-Co life タレント部」で芸能プロダクションのタレント、難病・障がい者専門の車椅子モデルとしてご活躍されます。現在は卒業されました。

同時期に「Handycapped Womenオトナ女子」を立ち上げ、代表として活動されたり、中嶋涼子さん、小澤綾子さんらと「BEYOND GIRLS」 としてイベントで歌やダンスを披露したり、講演会など、マルチなタレント活動もされてきました。

 

現在は腰椎椎体椎間板炎の術後にSLEが再燃し、入院されてリハビリ中です。
今回のインタビューを病院から受けてくださいました。

SNSなど

Webサイト
Eri umetsu (amebaownd.com)

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Instagram
Eri Umetu(@lino.eri922) • Instagram写真と動画

難病SLE(全身性エリテマトーデス)について

膠原病や自己免疫疾患と呼ばれるものの一つで、15~40歳くらいの若い女性に多い難病です。

発熱全身倦怠感などの炎症を思わせる症状と、関節、皮膚、そして腎臓、肺、中枢神経などの内臓に多彩な症状が一度に、あるいは経過とともに起こってきます。

皮膚に特徴的な発疹ができることも特徴です。

その原因は、今のところわかっていませんが、免疫の異常が病気の成り立ちに重要な役割を果たしています。

治療法としてはステロイドや免疫抑制剤の投与になります。ただし免疫抑制剤は免疫力が落ちることが知られています。

日本全国に6万人程度の申請している患者さんがおり、申請していない人がその倍(12万人)はいるとされています。

梅津さんの過去について

(島川)
ここからは今回のメインテーマとなっている、梅津さんの過去とか、現在とか、後は未来についての展望などについて聞いていけたらと思います。
まずは、27歳の時にSLEを発病されたとのことですが、それ以前の子供時代や学生時代の時期は、どのように過ごされていたんでしょうか?

(梅津さん)
子供の頃は、田舎育ちだったのもあり、外遊びが好きで体を動かすのが好きな普通の女の子でした。あんまりじっとしていられないというか、落ち着きがなくて、親が「この子は習い事をさせるといいんじゃないか」と思ったらしくて。それで色々習い事を。それからは少し落ち着きのなさがマシになったと思うんですけど。
性格的にはマイペースな反面几帳面で、次女ということもあって負けず嫌いだったりとか、あとは泣いて親の気を引こうとするちょっとずるいところもあったりとか(笑)。そんな子供でした。

子ども時代

(島川)なるほど。

(梅津さん)
とにかく、病気とは無縁の健康な子供時代でしたね。
学生時代も特に大きい怪我や病気はしていなくて、大きな挫折もなく、順風満帆といった感じでした。楽しくエンジョイしてました。

(田代さん)福岡に住んでらっしゃった時期もあるんですよね。

(梅津さん)
はい。元々は東京に住んでたんですけど、結婚を機に福岡に引っ越して、夫と一緒にサーフィンにどハマりして。プロのサーファーになりたいと思うくらい真剣にやっていた時期もありました。すごく楽しかったです。

サーフィン

難病SLEの症状について

(島川)
それでは次の質問に移らせて頂きます。
SLEのことについてなんですが、出て来る症状が様々で、人によって全然違うこともある病気ですよね。梅津さんの場合はどういった症状が出るのでしょうか。答えられる範囲で全然構わないので聞きたいな、と。

(梅津さん)
そうですね。冒頭でSLEの説明をして頂いた時にも挙がっていた症状なんですけど、まずは全身の倦怠感。あとは関節痛とか、皮膚症状とか、微熱とか口内炎とか。体重が少し減ったりとかもしたかな。
全身性エリテマトーデスについて調べると出てくる症状が11項目とかあるんですけど、そのほとんど全てに当てはまるような感じですね。
もう「まさにこれだな」という感じですが、症状が出てきた当初は「夏バテかな?」くらいの感じで、後からSLEの症状だったんだと気づきました。だんだん症状が悪化してくると、本当に動けなくなったり、しんどすぎて約束をドタキャンしてしまったり、仕事中も痛くて集中できなかったりと結構きつかったですね。理由も分からないまま日常生活に支障をきたすようになりとても困ったし不安に思いました。

前兆や仕組みについて

(島川)
そういう症状って、前兆みたいなものがあったりはするんですか?

(梅津さん)
今思えば、診断される前から、花粉症になったりとか、ずっと微熱が続いたりという状態はありましたね。
それまではアレルギー症状は特になかったんですけど、急に。
薬を飲んで対処していましたが、なんでだろう?という感じはありましたね。
検査しても原因が不明だったりして。
SLEの症状が出てからも、最初は皮膚の症状が出たので皮膚科に行ったんですが、塗り薬をもらうだけで終わって。次は関節が痛いから整形外科に行って、痛み止めをもらって…それも対症療法というか、その場凌ぎというかですよね。
でもその場その場でそれが効いてしまっていたので、それが逆にSLEの悪化の原因にもなりました。
最終的に、何かがおかしいと思って内科にかかり、血液検査をした上で自分の症状について医師に話したら、膠原病かもしれないねということになって…そこではっとしました。「膠原病って何!?」って思って。恐ろしい病気だなとも感じました。すごくびっくりしたのを覚えています。

(島川)
ありがとうございます。
炎症の値がすごく高いというか。そんな感じですか?

(梅津さん)
SLEの場合は、血液検査に関しては炎症が直接検査の数値に出るっていうことではなくて、補体とかDNA抗体とかそっち側の数値になってしまうのかなぁ。

(島川)そっちの方なんですね。

(梅津さん)
SLEに特化する項目があるんですけど、それが影響を及ぼして陽性になるといった感じですかね。
もしかしたら関節炎があるから、実際私の場合関節や筋肉、腎臓の炎症があったのでCRP、炎症反応が上がっていたっていう可能性もあるかもしれないんですけど、全身性エリテマトーデス自体が直接炎症反応と結びつく訳ではない、というより様々な症状が出てトータル的に判断するような説明を私は受けました。

(島川)全部の仕組みは解明されてないっていうことですね。

(梅津さん)
それぞれ症状がどこに現れるかは分からないので、さっき言ったみたいに皮膚に出たり、内臓とかにも。全身性エリテマトーデスって全身性なので、本当に皮膚から始まって関節、腎臓系も。さっき説明していただいた通り、肝臓、腎臓、肺とか心臓とか全身に出るので、どこからきてるってか分かりにくいんですよね。なので発見とかも遅くなっちゃって、私のように悪化してしまっているっていうケースが多いんじゃないかなって思ってます。

(島川)
なるほど。血液検査とかで特殊な検査をされたんですか?

(梅津さん)
そうですね。たぶんその先生もそういうふうに診断して下さって、専門医がいるところ、大きな病院で精密検査して下さいって言われました。最初近所の小さなクリニックに行ったので、そこではある程度しか検査できなかったので、膠原病内科とか専門の医師がいるところで受診してくださいという流れになり、それで入院して膠原病の精密検査を受けました。

原因不明の微熱が続き酷い全身倦怠感、浮腫、食欲減少、顔や体に紅斑、筋肉や関節痛、口内炎や脱毛などなど、
とにかく異変を感じたら私のように軽視せず、重症化する前にまずは早い段階で内科を受診する事をおすすめします。治療の選択の幅やステロイド、免疫抑制剤などの治療薬も少なくて済みますしね!

友人と

旦那さんのご家族との関係

(島川)
なるほど。ありがとうございます。
次の質問はsaladさんの話からになるんですが、saladさんのお母さんが多発性硬化症っていう難病で寝たきりの生活をされていたみたいだったんですけど、お父さんがお母さんと離れたくないっていうことで自宅で介護されていて。
梅津さんも旦那さんの存在が大きかったんじゃないかなぁっていうのがあったんですけど、「梅津さんは旦那さんのご家族と寝たきりの時にどんな話をしましたか」って質問が出ています。そのsaladさんの母方の実家は介護は大変だから、お母さんとは離婚して、私たち・子どもたちをお願いって事を言われちゃったらしいんですね。これはかなりプライベートな話なのでどこまで聞いて良いかあれなんですけど、これが気になったみたいで。

(梅津さん)
うちはすごい有り難いことに、それぞれが別々に暮らすっていう離婚というふうには至らなくて、支えて下さるっていうことになって、本当に幸せなケースだなって思っています。やっぱりSLEでも他の病気でもそうかもしれないんですけど、結婚していて発症すると、子どもが産めなかったりとか、どうしても介護とか生活面で大変だからっていう理由で離婚せざるを得ない家庭もたぶん多いんですよね。実際そういう話とかも他の患者さんから聞いたりしていて、切ないなぁって感じてはいるんですけど。なので私はその面では恵まれたというか、有り難いなって思っています。

これもプライベートな話になっちゃうんですけど、旦那さんのご家族というかご両親が本当に良い方たちで、この場で言うのもあれ何ですけど、旦那さんのお兄ちゃんがいたんですね。そのお兄ちゃんが若い時に亡くなってしまって、だからそういう経緯もあって、うちもそうなんですよ。お兄ちゃんがいて、赤ちゃんの頃に亡くなっていて、そういう面で共通している部分もあるんですけど、なのですごく命って事に対して、大事にしてくれる家庭だったんですね、両家がお互いに。そういう事もあって、向こうのご両親も私のことをすごく大事にして闘病中も支えてくださって。今もそうなんですがすごく気にかけていただいいてとても有り難いなぁって感謝しています。

旦那さんと 家族

(島川)感謝ですね。

(梅津さん)
本当にそれしかなくて。
夫には今は私が寝たきり状態ですが、早く元気になったら、たくさん旦那孝行じゃないですけど、尽くしたいなと思っているんです。でも、なかなかそれが実行できずにいるので、本当に申し訳ないと思っているんですけど、それは本当に叶えたいなって思います。うちの父は亡くなっているので、母に対しても親孝行したいなって思うし、そういう感じでいつも「早く元気になって、親孝行するからね」と言った感じで話していたような気がします。

(島川)
本当にプライベートな話までありがとうございます。

(梅津さん)
話の流れで話していいか分からなかったけど、ごめんなさい。話しちゃいました、すいません。

(島川)
でももし聞いていてくれたらすごい喜ぶんじゃないかなって思います。そうやって思ってくれてるんだなって。saladさんの感想というか調査してて、質問するにあたって、梅津さんご夫婦を見て人って「こんなに人を愛せるんだな」っていうふうに感想を持ったみたいで、そういうのもあって今回梅津さんと是非やりたいって話を持ってきてくれたみたいなんですけど。

(梅津さん)
有り難いです。たぶん病気とかそういうのが無かったら、ここまで至らなかったかもしれないです。自分のことで精一杯になってしまって、お互いがやっぱり思い合えないというか、子どもがいたら子どものことで精一杯になってしまったりとか、なので病気してなかった私たちの夫婦像よりもきっと今の方が心の繋がりが深い。深まったんじゃないかなって思います。病を通してお互いを想い合えることの幸福、その温かい愛に気付かせてくれた夫に心から感謝しています。

(島川)
sourさんの記事も読んでいたのですが、お話聞いていてすごい良い関係なんだなって改めて思いました。

(梅津さん)
夫とか家族が頑張ってるから私も頑張れるし、その逆もありますね。私が頑張っているので、頑張る源になってるっていうか。そういうお互いがモチベーションになってるっていう家族構成これからも家族みんなが笑顔でいられるよう支え合いながら色んな困難を乗り越えていきたいと思います。

入院中のできごと

(田代さん)
すごいですよね。なんか実際その病気が分かった時とかそこから経過があって寝たきりという感じに移行していったと思うんですけど、だんだんと状況も変わっていく訳じゃないですか。どちらかというと悪化というふうに聞かせてもらっていたと思うんですけど、どういう話というか旦那さんと。思い出とかありますか?当時のエピソードじゃないですけど。
そういう話したなぁとか。受け入れるまで時間がかかったと思うんですけど、もし良かったらで良いんですけど。

(梅津さん)
そうですね、やっぱり目の前のことでいっぱいすぎて、でもビジョンは二人とも一緒で、とりあえず退院して、二人で以前のように楽しく暮らすっていう共通目標だったので、そこに向けて一つ一つのリハビリを頑張ったりとかしてました。

話したことですか…私その時気管切開していて、嚥下障害があって喉に穴を開けていたので、コミュニケーション全部文字盤だったので、だいぶ長い間文字盤でコミュニケーション取るしかなくて。簡単に「ありがとう」とかそういうのは伝えられていたんですけど、すごいたくさん会話をするっていう状態じゃなかったんですよね。だいぶ後になってからスピーチカニューレという喉に穴を塞ぐバルブみたいなのを取り付けて声を出せるようになって、お話できるようになりました。それまでは結構文字盤でのやりとりをしていたので、そこから話したことといえば他愛も無い話ですかね。「今日何食べた?」とか。

胃瘻(いろう)もしていたので、胃に穴を開けてそこから管を通して、流動食を流していて、ご飯が食べられなかった時期が長かったんですね。なので食べるということにめちゃくちゃ執着心があって、今もそうなんですけど、食べることが元々大好きなので、そういったことで「何食べたの?」というのを聞いて食べ物のイメージを想像して自分も食べた気になるのが楽しかったです。
あとは仕事のことを聞いたりとか本当に日常のたわいのない会話ができるだけでとても嬉しかったです。

(田代さん)
それが27、28歳頃あたり…

(梅津さん)
そうですね、退院するまでずっとそんな感じで6年間寝たきりっていうか。気管切開して胃瘻もして、ですね。

(田代さん)
ありがとうございます。

(梅津さん)
リハビリや治療を受けながらっていう感じですね。

(田代さん)
すごくイメージが湧きました。その時の感じ。

(梅津さん)
すみません、すごい伝えられなくて。

(田代さん)
いやいや、分かりました。雰囲気が。

リハビリについて

(島川)
その退院までっていうのはリハビリもずっとされていたと思うんですけど、例えばどんなことをされたりするんですか?リハビリって。

(梅津さん)
リハビリはですね、一応OT・PT・STっていう3種類がありまして。作業療法と理学療法と言語聴覚療法っていうのを全部受けていました。受けられるリハビリは全部受けていて、理学療法は大きく言うと身体を動かす練習・訓練ですかね。筋力をつけたりとか、最初は寝たきりだったので、車椅子に移乗しないといけないので、まずは寝返りとかから始まって、座位を取ったりとか。べッド上で起き上がることを座位っていうんですけど、座位を保つところから始まって、そして車椅子に移乗して、とかですかね。筋力とかある程度ついたら、最終的には杖をついて歩けるようになって。短距離だったら歩けるようになったんですけど。

リハビリ

あとは作業療法は主に着替えだったり日常生活の動作を練習したりしてました。初めて車椅子の乗れた時は感動して歓喜の涙を流しましたし、できることが増えていくにつれて喜びも期待も大きくなりました。

(島川)あまりそういうの詳しくなかったので勉強になります。

(梅津さん)
あと手に失調があったので、ボタンかけをする練習とか、洗濯ばさみをつまむ練習とか地味な作業もやっていたり、何かを作ったりといったクリエイティブな作業をしたりとかそういうのもやっていて、たまにしんどくなったら気分転換にお散歩連れてってもらったりとか、車椅子を押していただきながら病院や敷地内の外の空気に触れに連れて行っていただきました。

(島川)ふむふむ。

(梅津さん)
言語聴覚療法では、食べる訓練ですね。簡単に言えば。嚥下とか、飲み込む練習とか、あとはしゃべる練習。お話しできるようになる練習ですね。
さっき言った通り、喉を切開していたので、喉に穴が空いていて。そこにバルブみたいなものをつけて話せるようにするんですけど、それで発声練習だとか、滑舌の練習だとか、そういう訓練をひたすらやっていました。

あとは、口の中の感覚がちょっとないので、唾液が出るように刺激して唾液を流したりとか、飲み込みの練習は水から始まって、とろみ剤みたいなものを入れて少しとろみのある食材から食べ始めて、だんだん固形物に近づけていくっていう離乳食みたいな感じでした。少しずつ形のあるものにトライしてみて、みたいな。それがOKだったら、次はもう少し固いものにトライしてみて、という感じです。
あとは、ある程度肺活量がないと、いざ詰まったりしたときにゲホゲホって出せないと困るので、肺活量も結構鍛えないといけない。

ずっとやる気に満ち溢れてればいいんですけど、本当にしんどくなって嫌だーって、本当にこれやってて良くなるのかな?って逃げ出したくなる時もありました。
はっきりしたものがない中でやらないといけないので、すごく不安だったし、効果がなかなかわからないので、不満でもうやりたくない!って自暴自棄になる時もあったんですけど、病院のナースさん、ドクター、療法士さん、スタッフさんがみんな優しくて、一丸となって応援してくれて、赤ん坊が成長するのを見守るかのように、これ出来たの?すごいねー、これも出来たの?すごいねー、って。
褒めてもらえると嬉しくて、じゃあ次また頑張ろうっていう気持ちになって、そういうのがリハビリや治療のモチベーションになってました。

海に「帰ってきた」日

(島川)
ありがとうございます。
では、ここからは今までの入院生活が終わってからの話もちょっと聞いてみたいんですけど。
2018年、6年ぶりに海に戻ってサーフィンを楽しんだ、というような記事を拝見したのですが、その時のお気持ちなどお聞かせいただけますか?

(梅津さん)
まず最初に思ったのは、「帰ってきた!」ですね。
すごく古巣に帰ってきた感じがありました。
その日はすごく天気が良くて、めちゃくちゃ爽快な感じだったんです。景色も良くて。海が「おかえり」って迎えてくれてるような感じがして、すごく久しぶりなんですけど、体が覚えてるっていうか
ちょっと大きめのボードに乗せてもらって、海に出るところまではやってもらったんですけど、そこから自然とパドルを始めて、一目散に沖に出てしまいましたね。
勝手にもう体が動いちゃって。

サーフィン

沖に出て、サポートして頂きながらも、波に乗れたんですね。当然立てないので、寝そべった状態でやりました。結構なロングライドができました。
立たなくても、波と、海と、自然と一体化している感じがして、ものすごく爽快感がありました。
その時に、ああ、生きてるなあって実感が湧いたというか、満足感というか、沖から見た景色が前にサーフィンやってた時の風景を思い出す感じで。
私はその景色がすごく好きで、それってサーファーしか味わえない景色な訳じゃないですか。ボードに立った時の景色ってなんとも言えなくって、その景色が見れて。
立つこともできたんですよ、波には乗れないけど。サポートしてくれる方が後ろから支えてくれて、ボードに立つことができて、私はこの風景をずっと見たかったんだなと思いました。その時に、それまでずっと抱えていた辛さとか、もやもやした気持ちが吹き飛んだというか、一つ夢が叶ったなという気持ちになりました。
絶対もう海とかいけないなって思ったんですよ。病気になって嫌だったことの一つに、サーフィンがもう2度とできないっていうのがあって。
叶わないって決めつけるんじゃなくて、やりたいっていう思いと、ちょっとの可能性があるんだったら、チャレンジすることの大切さをその日の海で教えられた気がしました。

梅津絵里

画像引用:海に戻れた日‼️ 梅津絵里さん 義足で海に挑む。波を諦めた全ての人へ勇気を届けたい(中谷正義 2018/02/24 投稿) – クラウドファンディング READYFOR

(島川)ありがとうございます。

(梅津さん)熱く語ってしまいました…(笑)

(島川)それくらい好きなんですね。

(田代さん)サーフィン初心者の僕でも、今日はどんな波かなとか考えるとワクワクしますもん。

(梅津さん)
ワクワクしますよね! 私なんて、波がなくても海に行ってました。
あとは、宮崎に行ってみたり、金曜の夜、仕事が終わった後とか寝ずに行ったり…今流行りの車中泊とかして。

(田代さん)
ガチのガチですね。
すみません、これ別に話した方が良さそうですね(笑)

別の会が必要になるのでは、というほどサーフィン談義で盛り上がりました。

タレント活動から現在まで

(島川)
では、次の質問を、野中さん、お願いしても良いですか?

(野中さん)
はい。退院後は主婦として暮らされていたそうですけれども、何か人生が変わるようなきっかけになった出会いというのはありましたか?

(梅津さん)
そうですね。いくつかあって、5人くらいかな? 私の中にありまして。
一番最初のきっかけになったのは、モデル活動や大人女子会やココライフ女子部に関わるきっかけになった鈴木綾さんという方です。福岡で障害者の方向けにオーダーメイドで服を製作しているアトリエのデザイナーさんなんですけど、その方とのやりとりがきっかけで、「ココライフ女子部」という難病や障害女子向けのフリーペーパーの存在を教えていただき、社会に目を向ける勇気をもらいました。

綾さんと 車椅子モデル モデル仲間と

それから、綾さんのファッションショーに出させていただいたりとか。これが私が自分らしく変わることができた一番のキーポイントですね。この出会いで、運命的なものを感じました。

(野中さん)
タレント活動のきっかけというか。

(梅津さん)
そうですね。車椅子ユーザーの友人と共に立ち上げて開催したイベンにビヨンドメンバーの2人も参加してくれて、そこで仲良くなったのも、その後ビヨンドガールズを結成する大きなきっかけになりましたね。
あとは、ココライフタレント事務部の一期生としてスカウトしてくれた方との出会いも、タレント活動へのきっかけになったかなぁという感じですね。

(島川)一期生というか、そんな感じだったんですね、本当に。

(梅津さん)
そうですね。当時は事務所も当事者の私たちも障害者芸能プロダクションとして日本初みたいな感じでやっていたので。今までになかったと思うんですよ、確か。
私もそうでしたが、その時いたみんなもすごくワクワクしてたんじゃないかなと思います。
本当は今まで関わった全ての人が人生を変える出会いだったんですけど。
でも敢えて挙げるならそんな感じですね。

(野中さん)
ありがとうございます。続いての質問になります。
社会の中で、自分の役割であったり居場所であったりを見つけるためにされてきたことはありますか?

(梅津さん)
そうですね。やっぱり障害とか病気を抱えていると、どうしても孤独感というか、家族とか夫とか昔から仲の良かった友達とかいるんですけど、気持ちがシェアできなかったりとか、自分の中で溜めてる想いとかがあって、悶々としていたので、同じ悩みを共有できる相手がいたら日常も楽しくなるんじゃないかな!

自分を含め、悩みを抱える方の居場所を作りたいと思い「Handycapped Womenオトナ女子」という、難病、障害を抱える大人のコミュニティを立ち上げ、定期的に情報、気持ちをシェアしながら交流を深めています。

オトナ女子会

(野中さん)ありがとうございます。

(島川)
梅津さんは、車椅子チャレンジユニット「BEYOND GIRLS(ビヨンドガールズ)」に所属されていますが、結成のきっかけなどは何かあったんですか?

(梅津さん)
結成のきっかけは、リーダーの小澤綾子が、まだ出会った頃は杖をついていたんですけど、彼女は筋ジストロフィーという病気がありまして、それを抱えながらも全国で仕事をしながら歌や講演活動などをしていて。杖をついたままだと活動がしにくいということで、車椅子に切り替わるタイミングがあったんですね。その時に、「車椅子でも色んなチャレンジをするイケてるグループを作りたいんだ」という話をしていて。そこでもう一人のメンバーである中嶋と共に「一緒にやらない?」というお誘いを受けて、というのがきっかけです。

その想いに感銘を受けたし、何より単純に面白そう!という好奇心と、心のバリアフリーを広める社会貢献の一環としていい機会だと思い新たに一歩踏み出してみました。

beyondgairls

(島川)
なるほど。ありがとうございます。
色々活動されていたと思うんですけど、特に印象に残った活動などあればお話をお聞きしてもよろしいでしょうか?

(梅津さん)
そうですね………、3年前くらいかな? 単独ライブをビヨンドガールズでさせていただいて、それがちょうど私の誕生月だったんですけど、サプライズバースデーを企画していただいて。100人くらい来て下さったのかな?

beyondgairls2 サプライズパーティー

(島川)すごいですね!

(梅津さん)
多くの方が来て下さって、おめでとうって言ってくれて、夫がクマのぬいぐるみを着て登場して(笑)、おめでとうってしてくれるというサプライズを受けました。びっくりしました。すごく嬉しくて、夫もすごく喜んでくれて、良かったなあと思えました。人生でこんなにたくさんの人にお祝いしていただける機会はないと思うので本当に幸せな瞬間でした。感謝しています。

旦那さんとの一枚

あとは、ビヨンドガールズとして活動していると、子供たちと関わる機会も多くて、車椅子のお子さんだったりとか、重度障害の子だったりとか。
重度障害の人たちがいる病院に慰問活動をしに行くことがあって、子供たちと接したのが印象的です。
車椅子に乗った子が、ビヨンドガールズみたいになりたい! って言ってくれた時にすごく嬉しくて、こんな小さな子に認められた、というか。承認されたことがすごく嬉しくて。その時に、私でも誰かの役に立ってるんだなという思いを強く感じたのを覚えています。

慰問公演

あとは、重度障害がある子も、普段無表情だったりするんですけど、こっちが笑いかけたら笑って話してくれたりして、笑顔ってすごい力があるんだな、と。
あとは一緒に踊ってくれたりとか、お子さんがいるイベントに出させていただいて、ビヨンドガールズの歌に合わせて一緒に踊って楽しんでくれたりとか、そういうのが印象深かったですね。

(島川)めっちゃいいですね!

(梅津さん)
子どもが元々好きっていうのもあって。以前のように幼稚園の仕事とか、絶対できないと思っていたので。
こういったところで接点があるのはすごく嬉しいことだなと思っていて。

(島川)そうですねぇ。

(梅津さん)
なんか、やってよかったなと思いました。ありがたい、にも近いかな。かけがえの無い素晴らしい経験となりました。この活動を通してたくさんの大切なことを学ばせていただきました。

仲間たちの活躍について

(島川)
先程のビヨンドガールズのお話で、この間中嶋さんと小澤さんがパラリンピックの閉会式でパフォーマンスをされているのを観たんですけど、僕びっくりして。出ていらっしゃる! と思ってすごく嬉しかったんですけど。

(梅津さん)
ああ! 私も観ました。

(島川)
梅津さんはそれを観られてどうでしたか? お二人のパフォーマンスというか。

(梅津さん)
すごい、輝いてるなと思いました。素敵だなと。
ビヨンドガールズも結構オリパラのイベントには出させていただいたんですけど、ビヨンドガールズで叶えたい夢の一つとして、開会式や閉会式に携わりたいっていうのがあって。私はちょっと残念なことに夢を叶えることはできなかったんですけど、二人が出ることによって、自分が叶えられなかった夢を実現してくれて、すごくよかったなって思う反面、自分も一緒に出たかったなっていう切ない思いで、観賞してました。

 

 
 
 
 
 
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(島川)
心中複雑かなって思ってはいたんですけど。

(梅津さん)
そうですね、若干モヤりましたけど。でも、なんだろう………闘っているステージが違うというか。私は病気と闘っている段階なので。そこは割り切って、仲間を応援するスタンスの方が、こちらも幸せになれるんじゃないかなって思っています。でも、いいなぁって思ったのは確かです。私も元気だったら一緒に出られたのかなぁと想像しながら応援していました。

(島川)そうですよね。

(梅津さん)
羨ましいなっていうのもありつつ、でも良かったなって。
そんな私を気にかけて本人たちが一番やりにくかったんじゃないかなと思っています。
素敵なパフォーマンスでした。元気をもらえました!

日常生活で感じること

(島川)
ここからは少し日常の話なども聞いていきたいと思います。
Youtubeの動画でモーニングルーティーンを発信されていて、それについてはsaladさんがすごく素敵だったと感想を述べているんですけど、車椅子の身で家事をされていてすごいなって。

(梅津さん)すごく恥ずかしい。(笑)

(島川)(笑)。普段は梅津さんが家事を担当されるようになってるんですか?

(梅津さん)
そうですね。夫が仕事行ってる時で、体調がいい時は。洗濯、掃除、あと食事。
ヘルパーさんにサポートしていただきながらする時もあれば、一人の時もあります。体調が悪い時は逆に何もしない、出来ないんですけど。

(島川)
そうですよね。
さっきお話に出てきたヘルパーさんなんですけど、サービスを受ける利用時間というか、そういうのは足りているのかなと思って。色々な方から話を聞いていると、やはり足りていないっていうお話も聞くので。

(梅津さん)
あー、どうなんだろう。私の場合は毎日とか頻繁に来られてもちょっとっていうところはあるので。例えば、私の場合は週2回で来ていただくようにしているんですね。外出する時であったり、必要のない場合は事前にキャンセルするようにしているんですけど。

(島川)そのあたり割と柔軟なんですね。

(梅津さん)
そうですね。各事業所さんなどで違いはあると思いますが、当日キャンセルとか、当日までに何の連絡もない場合はキャンセル料が発生するんですけど、結構高かったりして。今まで忘れがちで、出かけちゃってたりすることがあったので、入れる頻度を少なくしてもらいました。

(島川)予定変わったりとかもしますもんね。

(梅津さん)
はい。気ままに自由に家では過ごしたいので、時間はあるからゆっくり自分のペースで家事とかしたいなぁと思っていて。でも、病気や障害の程度や状況によっては、サービスを受けられる時間が足りないって人がいるのもわかります。度合いによって時間も決められてしまうので。

現在の制度に感じる問題点

(島川)
そうですよね。ありがとうございます。
今、行政から支援してもらっているかとは思うんですけど、ここ足りてないなぁとか、不十分だなって思うようなことがもしあったら、聞いてみたいと思うんですけど。どうですか?

(梅津さん)
そうですね……私が今受けている行政の支援は、難病と障害、介護の3種類です。難病の方の受給者証を毎年1回更新しなきゃいけないんですけど、それが結構出す書類が多かったりとか、申請が下りるまでに時間がかかったりとか。それで一時的に自費で払わないといけない瞬間があったりとか、病気とか障害を抱えながら申請しに行くのも体力的にも大変。そういうところで毎年面倒くさいなあと思ってしまったりして…今でも大変なのに、これが高齢の方とかになってくるともっと苦労するだろうなと思って、今からちょっと不安です。サービスが受けられるというだけでも感謝していますが、手続きがもう少し簡略化して欲しいなと思います。

(島川)そうですよね。

(梅津さん)
今はマイナンバーカードがあるので、準備が少し楽になった面はあるんですけど、結構書類系が多くて。ドクターの診断書とか。人によっては、例えば人工呼吸器をつけていたりすると、もっと準備する書類が多くなる。そこをもっと簡単にして欲しいなとは思います。例えばオンライン化とか。ちょうどデジタル庁が出来るって話もある訳ですし。

あとは、難病とか障害がある人の子育て支援をもうちょっと手厚くして欲しいなと思っていて、各自治体とかでそういう取り組みがもうあるかもしれないんですけど、私が知る限りでは、障害がある人へのサポートはあるんですけど、そのお子さんへのサポートっていうのがあまりなくて。
障害者のことはケアするけど、障害者の家族のことはケアしませんっていうのがスタンスになっている気がします。それが子供を産むのを躊躇してしまう原因になっているように思います。私自身もそうですし。そういうところから少子化につながっているんじゃないかなと思っています。
もう少し色んなサポート体制があったら、安心して子供を産み育てられる環境があれば、障害や病気があっても、子供を産もうという気持ちになれるんじゃないかなと。

(島川)
なるほど。子育て支援については不勉強であまり存じ上げなかったので、驚きました。

(梅津さん)
あとは、私の場合は車椅子に乗っているので見ればすぐわかるんですけど、難病の方で病気が目には見えにくいことで辛い思いをされている方はたくさんいらっしゃいます。実際、通院とかも結構大変で、同じ入院患者さんと話す中でも、やっぱり通院が大変だという話はよく聞きます。難病の方のための通院支援とかあればいいのにって思いますね。
障害の方で見ると、通院支援があるんですよ。タクシー券が貰えたりとか、年間いくら分の交通費とかが貰えたりするんですけど、難病の方にはそういうものはなかったと思います。なので、そういう支援があると、もっと気軽に通院ができるんじゃないかなと。

高額医療費制度で交通費の医療費控除はあるのかもしれないんですけど、それ以外にももっと支援が欲しいというか…すみません、あまり具体的な話じゃなくて。

(島川)
いやいや、十分貴重なご意見を頂けているので、助かります。
ありがとうございます。

(梅津さん)
本当に、今サポートしていただいているだけでもありがたいんですけどね。

(島川)
普通に暮らす分には問題ないけど、もう一個上を望むと難しいというか。

(梅津さん)
そうですね。さらにこういう支援があるとありがたいなという話です。

(島川)
多分ですけど、国の予算でできなくはないと思うんですよね。ただ、そこにまで意識が及んでいないだけで。

(梅津さん)
だからこそ当事者である私たちが発信したりとか、そういうことが必要なんだろうなと思っているんですが、全然発信できていないのが現状ですね。

(島川)
いやいや。
実はこういった意見を集めて行政の方に提出したいなというのはこの会の目的としてあるので。今のお話もどこかで挙げられたらいいなあと思ってはいます。

(梅津さん)
すごいですね。ありがとうございます。

助かった・もっと知られて欲しい制度

(島川)
いえ、こちらこそありがとうございます。
では逆に、これはあって助かったとか、もっと知られて欲しいとか、そういう支援などはありますか? 行政が提供しているものに限らなくて大丈夫なんですけど。

(梅津さん)
そうですね。前住んでた福岡で、お世話になっていたところが、社会福祉協議会っていうところです。シルバーボランティアの一環で、送迎ボランティアをやっていて、現役は退いたけどまだまだ社会に貢献したい思いを持っていらっしゃるお年寄りの方々が送迎のボランティアをしてくれるというところです。
色々な用途に使えるんですけど、申請すれば、月3回まで100円で使えます。例えば病院だったりとか、お買い物だったりとか、あとは美容院とか。そういった目的で利用させていただいて、私はすごく助かりました。

(島川)すごい助かりますね、それ。本当に。

(梅津さん)
はい。車がないと行けないところとかあるじゃないですか。
郊外にあって、駅からも遠い、みたいなところとか。
タクシーを呼ぶのはちょっと、でも荷物は多い…みたいな、そういう時に利用させていただきました。

(島川)
なるほど。そういうのも全国に広がっていくといいですよね。こういういい取り組みは。

(梅津さん)
そうですね、これってお互いにとって良いことだなと思っています。
私が利用した時はおじいさんドライバーだったんですけど、ドライブした気持ちになるっていうか。お互いに、お話しすることによってストレス解消というか。道中、和気藹々とお話をして、ちょっと交流が生まれたりとか、そういうのもいいなって思っています。

あとは、私たちが施設に訪問しにいくというか、例えば子供たちがいる幼稚園とか保育園とか病院とか、そういうところで交流イベント的な感じでお互いの話を聞いたりとか。そういう感じの交流もいいなあと思っています。
幼児教育の一環として、幼稚園も障害のある人との関わりとかを、自然に小さいうちからやるのっていいですよね。特別なところに行かないと出会えないっていう出会いじゃない、そんな交流の仕方が広まっていくといいですね。

未来に向けて

(島川)
ありがとうございます。
ではそろそろ、未来への質問をしていきたいと思います。さっきの話で言うと、ビヨンドガールズにはリハビリが終わったら復帰したいなという気持ちなんでしょうか?

(梅津さん)
そうですね。ビヨンドガールズが続く限り応援していきたいなと思っています。
本当、役立たずなんです私。

(島川)いやいや。

(梅津さん)
すごく、体力的にみんなについていけない瞬間があって。ちょっときつくて。
イベントに出て、その時はすごく楽しくて、わーってなって終わるんですけど、そこから1週間寝込んだりとか。なので、ステージっていう形じゃないかもしれないけど、何かしらの形で携われたらいいなと思っています。

(島川)なるほど。

(梅津さん)
でも、まだまだ色んな人と出会いたいと思っているので。
また出られたらいいなと、頑張りたいなと思っています。

(島川)それについてはまたぜひお話しさせてください。

(梅津さん)ありがとうございます!

(島川)
では次あたりで最後の質問にさせていただきましょうか。
ビヨンドガールズさんの「ビヨンド」は「乗り越える」という意味があるそうですね。今後乗り越えてみたい、挑戦してみたいことなどありましたら教えていただけますか?

(梅津さん)
そうですね……、闘病中にやりたいことがいくつかあって、でも全然できていなくってって感じなんですけど、今。そのうちの一つとして、ブログを書く、闘病日記のようなものを書くっていうのがありますね。今はTwitterとかしかできてなくて。もうちょっと具体的に何か残したいなという気持ちがあります。それができたらチャレンジとしていいなと思っています。
ただ、文章力もないし言語力もないので、伝わりにくい文章しか書けないかもしれないんですけど…(笑)
多分見てもらった方が早いと思うんですね。Youtubeとかの方が早いと思うんです。

(島川)なるほどなるほど。

(梅津さん)日常の生活をリアルに見せられたらいいなって。

(島川)伝わりやすいのはそうですね。やっぱり。

(梅津さん)
色んなコンテンツがあるから、そういうのをうまく利用して、誰かの役に立てるといいなと。まだまだ足りてない情報がいっぱいあると思うので、私の場合はレアケースなので、色々活用していけたらなと思っています。

そして私自身誰かの光!まさに「AKARI」となれたらと思います。笑

現在の様子

今日の感想

(島川)
ありがとうございます。
少し時間を残しておいたんですけど、リスナーさんの方でお話とか今日の感想とかある方はいらっしゃいませんか?

(梅津さん)
そして急に静かになる(笑)
でもすごい。最後まで聞いてくださって本当に嬉しい。
ありがとうございます、本当に。

(島川)
そうですね。ありがとうございます。
田代さんあたりどうですか? お話など。

(田代さん)
僕ですか!?
そうですね、僕は個人的にというか、梅津さんとの共通点がサーフィンっていうところがあって、梅津さんが大好きなことができなくなっちゃうってなった時に、自分に置き換えた時にすごく胸に込み上げるものがあって。だからこそ、今自分ができていることに感謝というか、日々を噛み締めたいなって思わされました。
実際にお話を聞いて元気をもらえたし、自分にできることを精一杯やろうという気持ちになれたのが、今日お話を聞いての一番の感想ですね。今日お話を聞かせてもらえてよかったです。

(梅津さん)
ありがとうございます。まさに本当にそれを言いたかったです。
伝わっててよかったです。病気しなかったら気づけなかったことで、幸せに気づけたっていうのは唯一よかったなって思っていることですね。
日々の幸せをいっぱい見つけることによって、心が満たされるじゃないけど。それが長く続けばいいなって思います。幸せの本質に気づけたっていうと大袈裟になるけど、日々に感謝することができたり、出会いとか。

(田代さん)
本当にそうだと思います。
当たり前のことって実は当たり前じゃないんだなって。

(梅津さん)
そうですね。生きてることが私は嬉しくて。生きてるからこそだなって、本当に思います。手足とか動かせているのもそうだし、こうやって喋れてることもそうだし、好きなもの食べれてることもそうだし、動けなかった時があるからこそ、気づけたんじゃないかなって思います。
これから何があるかわからないけれど、悔いのないように、色んなことにチャレンジしていきたいなと思っています。

(島川)
ありがとうございます。
すごくいい感じにまとまったんじゃないかと思います。
野中さんはどうでしたか? 質問とかさせてもらったと思いますが。

(野中さん)
そうですね。梅津さんは好奇心旺盛で、笑顔が素敵で、ご自身のやりたいと思ったことを迷いなく挑戦されている姿とか、Youtubeとか記事を読ませていただいて、すごくひしひしと感じたというか、周りの人への感謝も忘れていないところとか、すごく学ばせていただいたので、お話しさせていただいてすごく嬉しいなと思っています。ありがとうございました。

(梅津さん)
こちらこそです。本当にありがとうございました。
なかなか話せないことなので、嬉しかったです、今日。本当に。
たくさんの人に聞いていただけたし。

(島川)
最後までこんなに人が残っていたの、3回イベントやって初めてですもん。

(梅津さん)
(笑)。でもほら、まだ3回目ですから! これからどんどん!

(田代さん)
そうですね。これからもっと色んな人に。

(梅津さん)
はい。広まるといいなって願ってます。私も。
とてもいい活動をされてますよね。

(島川)
ありがとうございます。

(梅津さん)
AKARIのライターさん自身も皆様当事者というか、何かしらの病気や障害を持った方々なんですよね。
すごく素敵な活動だなって思いました。
そういうのもどんどん増えていくといいですよね。

なんか話したいことの半分も話せなかった、ごめんなさい。

(島川)そうなんですか!

(梅津さん)なんか、もっと色々話すことあったよねって思ってしまいます。

(島川)それはちょっと申し訳ないですね。

(梅津さん)
すいません、本当。でもすっごく緊張していたので、よかったなと思います。お話しできて。

(島川)
別に1回しか出ちゃいけないなんてことないので、また良ければお話し聞かせて下さい。誰かと一緒にとかでもいいので、ぜひ。

(梅津さん)
ありがとうございます。またリスナーとしても聞きに来ますので。

(島川)
ありがとうございます。
リスナーの皆さんも本当に最後まで聞いていただきありがとうございました。

(梅津さん)
ありがとうございました!

(島川)
月1回くらいのペースでやっているので、またもし良ければ、お越しになってください。
今日は本当にありがとうございました。お大事にしてください!

(梅津さん)
ありがとうございました! はい! 皆さんもお大事にしてください!

 

記事編集:tsuwabukiさん(AKARIのライターです)

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