2023年芥川賞は市川沙央さんの『ハンチバック』。自身の難病、先天性ミオパチーを投影。 

市川沙央 ハンチバック

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こんにちは、翼祈(たすき)です。

2023年7月に、先天性ミオパチーの患者さんにとって光や希望となる、大きなニュースが飛び込んで来ました。

日本文学振興会主催の第169回芥川賞は2023年7月19日、難病、先天性ミオパチーによる症候性側弯症の、身体に障害のある市川沙央さんの文藝春秋刊の『ハンチバック』([文學界]2023年5月号)が選ばれました。

記者会見で市川さんはカメラに向かって手を振って、「この半年、感情がありませんでした。今でしたらすご腕のスパイになれるんじゃないかと思っています」などといったユーモアを交えながら、「今まであまり重度障害を抱える当事者の作家がいなかったことに対して、問題視してこの本を書きました。初だと書かれるのでしょうが、どうして2023年にもなってそうした重度障害者の作品が芥川賞で初めてなのか、皆さんに考えて頂きたいです」と語りました。

今回は2023年の芥川賞を受賞した、市川さんご本人のことや『ハンチバック』の内容、選考会で市川さんが選ばれた理由などを、発信していきます。

第169回芥川賞受賞、市川沙央さんってどんな方?

画像引用・参考:第169回芥川賞決定! 市川沙央『ハンチバック』 PR TIMES(2023年)

選考会は東京・築地の料亭[新喜楽]で開かれ、受賞作『ハンチバック』の表紙絵をイメージした鮮やかなオレンジ色のワンピースを着て登壇された市川沙央さんは、電動車椅子でスロープを登り、壇上で一斉にフラッシュを浴びました。呼吸を助けるために穴を開けた喉を押さえながら、「私は強く当事者として訴えたいことがあったので、去年の夏に初めて純文学を書いてきました。それが『ハンチバック』でした。この様な芥川賞の会見の場に立てたことは非常に嬉しいことで、我に天祐(てんゆう)※あり、と感じています」と力強く述べました。

※天祐は、「天の助け」の意味

また、「今後がとても大変です。(芥川賞などを受賞された人が報道各社に寄稿する)エッセイを書くのが私、苦手なんです」と話すと、会場は笑顔に包まれていました。

障害者当事者を主題とした文学作品が見当たらず、「当事者性を意識しながら、常日頃感じている想いを書きました」と述べた市川さん。

市川さんは紙の書籍を読むのも手に入れるのも苦労が伴い、作中では出版業界のバリアフリー対応が行き届いていない現状を強く、会見の中で批判しました。「なかなか紙の書籍の電子化が進んでいません。もっと真剣に、出版社には迅速に取り組んで頂きたいです」と訴えました。

芥川賞に選ばれた市川さんは、1979年生まれで神奈川県在住の、早稲田大学人間科学部(通信教育課程)卒業の43歳。

10歳の頃に難病の1つ、筋疾患の「先天性ミオパチー」と診断され、中学時代から心肺機能が低下し、14歳から横になるために人工呼吸器を使い始め、呼吸困難を引き起こすたんを処理するための吸引器は手放すことも出来ず、それ以来歩行も難しく、外出がほとんどできなくなりました。移動には、電動車椅子を使って、側湾した背骨の負担を軽くするために、小さくて軽量のタブレット端末を使いながら小説を執筆しています。

仰向けの姿勢でタブレット端末「iPad mini」をゲーム機の様に両手で持ち、親指で文字を打って執筆します。

気管に穴を開けたことで長い発話は困難で、リスクも伴います。そのことで、書くことで自身を表現してきました。選考委員の高評価に、「そう『ハンチバック』を読んで頂き、凄く嬉しく感じます。とても今後の自信になりました」と話し、「小説を書き始めてこの20年間、芥川賞は、自分には全く関係のない賞だと思っていました」とも述べました。

10代後半で大江健三郎氏の文学に魅了され、「世界文学に接続した作品に強く心が揺さぶられ、のめり込んでいきました」。小説を書き始めたのは20歳を過ぎてからでした。「周りの友達が就職し、自分も仕事が欲しかったからです」。当初は純文学の新人賞を狙おうと純文学を書こうとしましたが、筆が思う様に進まず、あえなく挫折しました。それ以来、エンタメ小説の公募にチャレンジし、慣れ親しんだSFやファンタジーをメーンにライトノベルを年に1、2本書いては投稿を繰り返して行なっていきました。

これまで20年以上、ライトノベルの作品を創作して賞への投稿を継続してきたことで、2022年夏から執筆を始め、純文学に初挑戦をした作品『ハンチバック』が、第128回文學界新人賞を受賞して作家デビューし、今回の芥川賞も初の候補で受賞の運びとなりました。

芥川賞を受賞した『ハンチバック』は、重度障害者の女性が主人公の物語です。タイトルの「ハンチバック」とは背中が曲がった「せむし」を指します。先天性の疾患で背骨が右肺を押しつぶす形で極度に湾曲した側弯症の井沢釈華は、両親が遺したグループホームで裕福に暮らし、ほとんど外出しない暮らし。その中でも、十畳の自室から彼女は、性的な経験がなく、こたつ記事(ネット上の情報だけで書いた記事)を書き、通信制大学に通い、夜はTL小説を投稿。

ネット情報で風俗関係の記事を書いたりなどして収入を得ていて、執筆で手に入れた金は恵まれない子ども達に寄付していました。そんなある日、SNSの裏アカウントに「妊娠と中絶がしてみたい」と投稿したのを、健常者ですが収入が多くないヘルパーの男性に特定され、多額の金銭を払う代わりに、ある話をヘルパーの男性に持ちかけ、対照的な弱者の2人が交錯し、釈華は願望を実行に移す、という内容です。

普通を求める主人公をメーンに「生」と「性」、「健常者の特権性」が鋭い目線で描かれています。市川さん自身を投影した難病の女性の怒りや欲望を、ユーモアに富んだ言葉で、主人公の日常が描かれています。

右の肺を押しつぶす形で背骨が曲がり、たんの吸引器や人工呼吸器など医療機器に頼らざるを得ない日常を克明に綴る反面、健常者の生活に向けられる辛辣な皮肉などを、障害を抱えて生きる困難と健常者への憤りを、皮肉とユーモアを交えながら綴られています。

主人公の釈華は、分厚い紙の書籍を憎んでいました。本が持てる、目が見える、読書の姿勢を保てる、ページがめくれる、本屋に気軽に買いに行けるー、重度障害者である自分には、背骨に負荷がかかるからでした。健常者がページをめくる感覚や紙のにおいを賛美することを例に出し、「出版界は健常者優位主義(マチズモ)」とも書きました。読書という行動1つとっても、上手くできない障害者の苦しみ。負担なく読書が可能とする特権性に気付かない健常者の呑気さを鋭く指摘しました。

「息苦しい世の中になりましたね」という文化人らの嘆きを聞く度に、「人工呼吸という本当の息苦しさも何も知らないくせに」と苦々しく感じる釈香は、市川さん自身を投影されているでしょう。

普段は障害者への差別や健常者の特権性を考えることを避けてきたかのごとくの角度からの糾弾に、読者は不意打ちを食らった様な衝撃を体感し、小説が[文學界]5月号に発表されるとすぐさま、SNSなどでは「視野が拡がりました」「心に突き刺さりまくりでした」などと反響が浸透しました。

紙の書籍が当たり前に読める健常者を前提とした読書文化の特権性への読者の方からの反響の多さに、「思った以上に読者の方に私の想いが通じて言葉が強いと言われて、申し訳なくも感じましたが、社会にも伝わって、私が1番伝えたかったことが通じて嬉しく思います」と言いました。

実際に『ハンチバック』の執筆中は、最近まで学んでいた早稲田大学の通信課程で、卒論を書くために、障害者表象を題材に障害者や差別の歴史を調べる中で暗い気持ちになって、沸いた怒りの様な感情を、「小説の中にぶつけた場面がありました」。

その反面、障害者が自ら表現する実例の少なさも気がかりでした。「文化環境も教育環境の整備も遅れていて、障害を抱える当事者作家が出てきにくい」と推測しました。「自分で実例を増やしていくしかない」という強い想いも抱きました。このことが、本作『ハンチバック』を執筆するきっかけとなりました。

重度障害者の当事者としての市川さんの力強い言葉が溢れている本作となっています。自分が小説家になった意義を質問されると、これまで培ってきた書くことの技術で、当事者として障害者を描くことは「自分へのミッション」と話しています。

これからに関しては「様々なものを様々な視点で様々な角度から書いていきたいと思っています」と市川さんはこう言いました。

市川さんの『ハンチバック』は選考委員の圧倒的な支持を獲得し、2回目の決選投票は行われずに決定しました。作品としての強さが満場一致で評価されました。

「多様性を認めていきましょう」という健常者中心主義的な社会の枠組みの中で、選考委員の平野啓一郎さんは「最初の投票で市川さんに決定しました。否定的な意見はありませんでした。主人公が抱えている困難な状況を介して社会的な通念、私たちが常識と信じているものを批評的に解体していきながら、自分の存在を描き出しています。作品の世界と市川さんの置かれている現状、社会の抱える問題が非常に高い水準で均一にバランスが取れていました。圧倒的な支持を集めた作品でした。文学的才能と主題が高い凄く水準で拮抗する稀有な作品でした」と高く市川さんの『ハンチバック』を評価しました。

参考:第169回芥川賞と直木賞の贈呈式 市川沙央さんら3人喜び語る NHK NEWS WEB(2023年)

2023年5月に開かれた第128回文學界新人賞の贈呈式では「20年越し」の作家として初の受賞した喜びを、スマホの読み上げ機能アプリを使用しながら、こう披露していました。「学生時代に片思いした人を遠くから見守り続ける感覚です。よもやこんな中年になって、あの頃の初恋の相手とご縁ができるとは予想もしていませんでした」と、活き活きとした言葉で会場を沸かせました。

 

また、関連記事として、市川さんの受賞する前のインタビュー、芥川賞受賞の記者会見でお話しされていた内容などの記事を紹介致します。この記事と併せて読んで下さると、より市川さんの魅力が伝わるかと思います。

関連記事

芥川賞の市川沙央さん、障害当事者という取り上げ方「かまわない」…「中2病」でライトノベル 読売新聞(2023年)

芥川賞の市川沙央さん「ニコ動で予習した」 記者会見一問一答 毎日新聞(2023年)

芥川賞 市川沙央さんに単独インタビュー 受賞決定作への思いは NHK NEWS WEB(2023年)

先天性ミオパチーについて

先天性ミオパチーとは、骨格筋の先天的な構造異常により、新生児期ないし乳児期から筋力、筋緊張低下(フロッピーインファント)を示し、また筋症状以外にも、不整脈や心筋症などの心臓の合併症、高口蓋、呼吸障害、関節拘縮などの関節機能の合併症、顔筋肉の異常、発育・運動機能・発達の遅れ、哺乳・嚥下障害などの飲み込む力の衰え、側湾、てんかん、てんかんに伴う知的障害などを認める、国の指定難病です。

首の座りの遅れ、歩き始めも2〜3歳と遅く、歩行開始後も転倒しやすかったり、階段の昇降に手すりが必要になるといった症状があります。呼吸筋が侵されると、早い時期から人工呼吸器を必要とするケースもあって、呼吸リハビリテーションや呼吸管理が凄く重要です。

また、関節の拘縮などの変形には、装具、リハビリテーション、手術療法も施されます。

先天性ミオパチーの抜本的な治療法がないことから、筋力低下への対症療法が実施されます。根治的治療はないこともあって、長期間それぞれの症状を改善し緩和する治療が必要となります。

呼吸障害がある人には、鼻マスクや人工呼吸を含めた呼吸管理が行われることがあります。また、経口哺乳が上手にできない人には、チューブを使っての栄養投与も検討されます。

風邪を引いてしまうと呼吸状態が悪化することから、風邪を引かない対策も大切となります。そして、ある特定の麻酔薬を使うと、人工呼吸からの離脱困難や不整脈などを生じる恐れもあるので、麻酔薬の使用を控えるべきとの議論もあります。

日本には1,000人~3,000人の先天性ミオパチーの患者さんがいると想定されていますが、正確な数字の把握は難しいです。世界的な推計によると10万人に3.5~5人が発症する極めて珍しい疾患となります。

私も、

今回芥川賞を受賞された作家の市川さんとは畑違いのライターですが、自分を表現するという面では、同じだと思います。

文章を書くことは話すことと違い、カタチとして残ることで、「あの時、こんなことを書いたなぁー」とか、「成長したなぁー」とか、過去の自分を振り返ることもできます。

ライターになりたての頃、特に辛いことがありました。それは最後の自分の感想です。なぜ体験談などが入るのかと言うと、初めの頃にライターの支援員さんから、「最後に自分の感想を必ず入れて欲しい」と言われたからでした。

最後の感想は、人に話したことがない話が圧倒的に多いです。特に内科の基礎疾患に関しては、周りの人が私を観て、「あの人、もしかして…」と思ったとしても、今まで外で話すことは一度もありませんでした。

この基礎疾患は、自分の身勝手さからなったのではなく、薬剤性。でも一般的には生活が乱れていたからだ、などマイナスなイメージばかりが言われています。だから自分を守るためにも言わなかった。

私はライターになる前、常に自分の人生に悲しみ、寂しさ、苦しみ、虚しさ、怒りなど、そういうのをいつも感じて、纏いながら生きて来ました。

なので最後の自分の感想は、初めの頃は、「ここまで書くべきなのか?」と悩み、傷付いて、戸惑い、葛藤しました。

しかし自分の感想を書き続ける内に、心の中のトゲだった痛みが癒やされ、少しずつ解きほぐされ、過去の辛い経験も悲観ばかりせず、前向きな気持ちを抱ける様になりました。少しずつ許せなかった経験も、受け止めることができました。

市川さんが会見で言われていた、障害者の当事者が小説を書くことは稀かもしれません。障害者が主人公の作品は、お子さんであれば、当事者ではなく、親御さんが体験談を書く、ということが多かったと思います。

市川さんの様に当事者自身が生の声を書いたからこそ、この小説が生きて、その生の声が多くの人に届き、初選出で初受賞になったと感じました。

障害は違えど、今回の芥川賞は、私にとっても、一生忘れられない位、嬉しい受賞でした。市川さん、受賞本当におめでとうございました!!

noteでも書いています。よければ読んでください。

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左耳感音性難聴と特定不能の発達障害(ASD,ADHD,LD全ての要素あり)、糖尿病、甲状腺機能低下症、不眠症、脂漏性皮膚炎、右手人差し指に汗疱、軽く両膝の軟骨すり減り、軽度に近いすべり症、坐骨神経痛などを患っているライターです。映画やドラマなどのエンタメごと、そこそこに詳しいです。ただ、あくまで“障害”や“生きづらさ”がテーマなど、会社の趣旨に合いそうな作品の内容しか記事として書いていません。私のnoteを観て頂ければ分かると思いますが、ハンドメイドにも興味あり、時々作りに行きます。2022年10月24日から、AKARIの公式Twitterの更新担当をしています。2023年10月10日から、AKARIの公式Instagram(インスタ)も担当。noteを今2023年10月は、集中的に頑張って書いています。昔から文章書く事好きです、宜しくお願い致します。