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前回、こんな記事を書きました。
幼少期の私が、発達障害の特性によってどんな事が辛かったか、書き連ねました。
書いてみて、新たな発見があったりして、前に進む事が出来ました。
ですので、今回は思春期編も書いていきたいと思います。
つまらないかもしれませんが、読んでくださると嬉しいです。
私の唯一の黄金時代
今回の記事は、思春期編ですが、一応小学校低学年から中学年の事も思い出して書いておこうと思います。
実は、小学校低学年から中学年の、2年生〜4年生は本当に楽しかったのを覚えています。
私の唯一の黄金時代でした。
クラスでも友達がたくさんいて、運動は苦手でしたが、勉強は得意な方でした。
先生にも気に入られていて、「いい子」とよく言われていました。
絵を描くことが好きだったので、休み時間によく描いていたら、みんなが「すごいねー」って褒めてくれたりしました。
その事が鼻高々だった自分がいました。
しかし、これらの事がのちのち思春期の私を苦しめる一つの要因になるのでした…。
今、振り返ると、小学校2年生から4年生の時期は、まだまだみんな幼くて、勉強もやさしいので特性が目立たなかったんだと思います。
成長していくみんな
楽しかった学校生活でしたが、ある日を境に風向きが変わりました。
5年生になった時でした。
友達とクラスが離れてしまいました。
それだけではありませんでした。
なんだか、みんなの様子が変わってきたのです。
コミュニケーションが複雑化して、曖昧な表現が増えていくみんな。
クラスの子たちとの会話が苦痛になってきました。
みんなが大人に近づき、成長していました。
私だけ、精神年齢が低い感じがしました。
ガールズトークがその中でも苦手でした。
苦痛でした。
調べてみると、ガールズトークが苦手な発達障害の女の子は少なくないようです。
一方、女性は、幼児期には特徴が目立たず、小・中学生くらいから人間関係での悩みが出てきます。友達とおしゃべりをしていて、話についていけないことが多くなってくるのです。「あの子の話、聞いた?」など、具体性がない曖昧な話についていけなくなるというのです。
だんだん、昔は人気者だった私は、クラスの端に追いやられて、大人しい女の子たちとつるむようになりました。
大人しい子たちとは気が合ったからです。
勉強についていけなくなる
発達障害と関係あるかは分かりませんが、5年生になって、更に苦しんだ事がありました。
得意な方だった勉強に、ついていく事がしんどくなってきました。
成績もどんどん落ちていきました。
低学年、中学年の時まで勉強が出来て、大人からチヤホヤされていた私。
プライドがずたずたになりました。
指示が難しい
こんな悩みも生まれました。
授業で出てくる先生の指示。
言っている事のその通りにする事が、難しくなってきました。
出来るのですが、ゆっくりすぎたので「遅い」と先生に叱られたりしました。
自信をなくしていく
これは、発達障害の特性とあまり関係ありませんが、話しておこうと思います。
誇りだった絵を描く事。
一時期は、漫画家になりたい!とか本気で思っていた私。
でも、5年生になってある事に気付きました。
「みんなとレベルが違う」
自分より、上手い子がたくさん出てきました。
自信の一つだった「絵」。
自分の中の誇りの一つだったもの。
その誇りも消えてしまいました。
過去にチヤホヤされてたぶん、プライドだけは高かった私。
プライドがどんどん壊れていき、次第に卑屈な気持ちを持つ子どもになっていきました。
中学時代
中学に上がると、もっと苦しい事の連続でした。
先生の言っている意味が全く分からなくなってきた
先生の指示が、小学校の時より複雑になってきました。
言っている事が全く分からないものもあり、その度に前の席の子の肩をぽんぽんとして、「ごめんね、さっき先生の言った事どういう意味なのかな?」「こういう事で合っているのかな」と聞いていました。
その子は優しく教えてくれましたが、内心どう思っていたかは分かりません。
申し訳ないし、恥ずかしいし、嫌われないか不安だし…。
辛かったです。
それから、指示通りに物事を進めれなくて、「そう言ってないよね?」と先生によく叱られるようになりました。
友達がいない
人に関心がなかったので、友達が一人も出来ませんでした。
移動教室の度に、ひとりぼっちで移動して、とても恥ずかしかったのを覚えています。
勉強に全くついていけない
勉強にもっとついていけなくなりました。
特に、技術や家庭科、体育などが、不器用だったのですごく苦手でした。
更に成長してく周囲の同級生。
複雑化していく人間関係。
難しくなっていく勉強。
どれも本当に苦しかったです。
やがて、みんなが悪口を言っているような気がしたりして、精神的な症状が出てきて、不登校になってしまいました。
高校時代
不登校だったので、行ける高校がなく通信の高校に通う事になりました。
時間があったので、アルバイトを始めました。
あまりにも仕事が出来ず、怒られっぱなし、怒鳴られまくりでした。
この事はつい最近まで、トラウマでした。
しかしその事を、AKARIの記事に書いてから、過去を消化出来るようになりました。
この記事です。
暗いですが、よかったら読んでくれると嬉しいです。
そんな思春期の私を救ってくれた存在
そんな辛くて苦しい私を救ってくれた人々がいます。
大好きな芸能人たちです。
ファンレターを書いたり、コンサートに行ったりしました。
大好きな芸能人の事を考える時だけ、希望の光が見えた気がしました。
いいリフレッシュにもなっていました。
だから、今でもそれらの芸能人には感謝でいっぱいなんです。
最後に
ここに書いある事たちは、全てが発達障害の特性によるものではないかもしれません。
あくまで、私の場合です。
結構、暗い内容が多かったかもしれません。
嫌な気持ちになったなら、申し訳ないです。
でも、これが私の歩んできた思春期です。
私には青春というものはありませんでした。
しかし、大人になり、TANOSHIKAに出会い、私の人生は大きく変わったのでした。
次は、大人編を書いてみようと思います。
よかったら、次も読んでくださると嬉しいです。
最近はnoteでも記事を書いています! よければこちらも読んでみてください! TANOSHIKA piasu|note
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