ヤングケアラー~親の介護を担う子どもたち~

ヤングケアラー

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ヤングケアラーの悲しい事件

先日、ニュースで悲しい事件が私の目にはいってきました。

22歳の女性が、祖母の介護に疲れ殺害してしまったという事件です。

神戸市では19年10月、元幼稚園教諭の女性(22)が介護する祖母を殺害し、執行猶予判決を受けた。女性は要介護「4」の祖母の介護をほぼ1人で担い、担当するケアマネジャーと直接のやりとりが困難だったことなどを毎日新聞などが詳報していた。

引用:「限界だった」たった1人の介護の果て なぜ22歳の孫は祖母を手にかけたのか/毎日新聞社

ヤングケアラーとは?

皆さんは、「ヤングケアラー」という言葉を知っていますか??

ヤングケアラーとは、通学や仕事のかたわら、障害や病気のある親や祖父母、年下のきょうだいなどの介護や世話をしている18歳未満の子どもを指す。家族の病気や障害のために、長期のサポートや介護、見守りを必要とし、それを支える人手が十分にない時には、子どもであってもその役割を引き受けて、家族の世話をする状況が生じる。介護のために学業に遅れが出たり、進学や就職を諦めたりするケースもあるといい、実態の把握が急がれている。

引用:wikipedia/ヤングケアラー

追記:18歳未満の子どもをヤングケアラーと呼ぶと、記述がありますが、政府が正式に定義している訳ではなく、年齢の定義はまちまちです。10代〜30代までの若者をヤングケアラーと定義する諸外国もあります。

先日、埼玉県の高校生に向けて行われた調査では、25人に1人が、親や兄弟の介護や身の回りの世話や家事をしていることがわかりました。

中には、学業や日常生活に支障がでているケアラーも少なくありません。かくゆう私自身も、高校に通いながら親の介護をしていた「ヤングケアラー」だったのです。

ケアラーだった子どもの私

当時、17歳の私の1日は、まず両親に「おはよう。」と朝の挨拶をすることから始まります。爽やかな朝の習慣。などではなく、その日の両親の体調の確認をしていたのです。

母は脳の難病で、完全に寝たきり、父はアルコール依存で常に飲酒をしているような生活をしていました。朝に「おはよう。」と挨拶をして、母の体調に異常はないか、父はどれくらい飲んで眠ったのかを把握しておくことで、その日を問題なく無事に過ごせるかの目安にしていました。

私は、夜間高校に通っていたので、昼間は仕事をして、夕方帰ってきたら、家族の夕飯を作って、自分は学校へ行くというのが、当時のサイクルでした。母の体調は思わしくなく、高校を卒業する頃には、お腹に胃ろうをあけ、栄養は直接そこから与えることになっていました。そうなると、介護の負担は増え、私は「ヤングケアラー」となっていました。

家にいる時間は、母に薬や食事をあげたり、父の食事の世話をしたりする日々。父がアルコール肝炎で倒れたあとは、父の看護も加わりました。病状が急変すれば救急車を呼び、寝ている深夜だろうが、働いている昼間だろうが病院に駆けつけ、処置が終わるまで何時間も待機することも少なくありませんでした。

自宅介護だったので、介護ヘルパーさんなどの支援は入っていたのですが、痰の吸引や、胃ろうへの投薬などは、介護ヘルパーさんにはできないこともあるので、休みの日に寝ていても起こされ、私がお世話をすることになっていました。

ヤングケアラーの支援

私のように、18歳未満のうちから、親の介護などを担う若者が増えてきています。そのような若者がいることは、今まで国は正確には把握していませんでした。しかし先日、文科省が全国ではじめて、直接子どもたちへの聞き取りをすることになりました。すでに、埼玉や神戸では、ヤングケアラー支援の条例が施行されていますが、正確な数を把握していなかったので、自治体や県によって支援はバラバラでした。

しかし、今回の全国調査によって、ヤングケアラーへの具体的な支援が広がることを期待しています。

神戸市の久元喜造市長は11日、通学や仕事をしながら家族の介護・世話をする子ども「ヤングケアラー」の支援策を検討するプロジェクトチームを発足させると発表しました。

伝えたいこと

振り返ってみると、10代〜20代の思い出は、仕事と介護のことばかりでした。大人がするべき役割を子どもなりに一生懸命にやっていました。

そして、子どもらしいことをしてもらった記憶はほとんどありません。

当時の私は、その状況が当たり前で、他に助けを求めるという考えもありませんでした。「家族なんだから。」という周囲の無理解な言葉にしばられて、全てを背負ってしまいました。

私のように、「家族間の問題」と、周囲から理解してもらえず孤立してしまったり、子どもであるがゆえに自身が「ケアラー」であることに気づかずにいたり、思春期の羞恥心から、外部に助けを求めることができないケアラーがいます。

私が伝えたいことは、「大変だったら逃げてもいい。」ということです。

私は、介護の必要な親を見放すことができず、自分自身を犠牲にしてきました。

しかし、何も犠牲にすることはないのです。子どもが子どもでいられる時間は限られています。

大人になった時、介護や家族から解放されたとき、後悔だけはしてほしくない。

私はそれを強く願います。

参考支援機関:

日本ケアラー連盟/支える人を支えるために

ヤングケアラーの支援ページ

各都道府県の「地域包括支援センター」などでも相談ができます。

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ABOUTこの記事をかいた人

TANOSHIKAライター。うつ病、AC(アダルトチルドレン)、機能不全家族育ち。現代詩を勉強中です。セクシャルマイノリティ当事者。読みやすい、わかりやすいをモットーに様々な記事を書いていきます。