障がい者が政治家になる意味とは?

患者と医師

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こんにちは、金次郎です。

 皆さん、先の7月に行われた参議院議員選挙で2人の重度障がい者が当選し障がいを持つ人が国会議員になりました。
 「障がい者の気持ちや意見を国会で発信できる」と言う肯定的な意見も有るなかで「移動や身体介助にヘルパーさんが付き添わなければならないのに、国会議員などと言う仕事が務まるのか?」と懸念の声も聞かれます。
 私の歳ですと、障がい者の国会議員と言えば、第2次小渕内閣と第1次森内閣で共に郵政大臣を勤めた、元アナウンサーでタレントの八代栄太『本名:前島栄三郎(現:82歳)』さんを思い出します。
 八代さんは、生まれた時からの障がい者では無く、歌謡ショーの司会をしている時に、誤って舞台から転落してしまい、脊髄を損傷し下半身不随となり車いす生活が始まります。八代さんは参院、衆院合わせて計28年、日本初の車いすの国会議員として活動され郵政相も務めた経験がおありです。八代さんもこの2人の当選には興味を持っており、「当事者は一番わかっている。どうしたらいいのか生活の中でいやというほど体験していますから」とその意義を語っておられます。詳しくは下記のJ–CASTニュースにインタビューを載せておりますので、そちらをご参照下さい。

八代英太

https://www.j-cast.com/2019/07/26363679.html?p=all

 障がい者議員のネットワーク

 全国の障がいがある地方議員で作る「障害者の自立と政治参加をすすめるネットワーク」には、2019年8月現在16人の障がいがある地方議員が参加しています。
 ネットワークの代表は、電動車いすに乗って議員活動をしている、さいたま市議会議員5期目の傳田(でんだ)ひろみ議員(71歳)です。
 傳田さんが言うには「最初は議場内には段差が有ったのですが、私の当選を期に議場内にスロープを作ってくれました」と。
 初当選から16年、電動車いすで移動する傳田議員の為に、控室のドアは押して進めば開く開閉バーも取り付けられたそうです。
 その傳田議員が現在力を入れているのが「障がい者の就労問題」との事です。
 現在の日本の障がい者福祉制度では、就労中は「経済活動」とみなされ介助ヘルパーが使えません。
 これでは、食事や排せつなどに介助が必要な重度障がい者は働けません。
 傳田議員は「福祉と労働は常にセットで考える必要があります」との事。
 そこでさいたま市では、今年から在宅勤務の重度障がい者にもヘルパーさんが訪れて介護を受けられる様にと、全国初の取り組みに予算を付けてモデル事業として始めました。
 実際、7月の参議院選挙で当選した2人の障がい者の要請を受け、議員運営委員会では討論の末に介助費の負担を決めました。
 この過程を見ていた傳田議員は「国にとって、障がい者の自立の為の環境整備は、まだまだ他人事なんです」とため息をつきます。下記に公式のHPのリンクを貼っております。よければこちらもご覧下さい。

でんだひろみ

http://denden3.net/aisatsu/content0002.html

アメリカでは障がい者に配慮するのが法的義務

 1995年に28歳で初当選し、現在7期目と言うベテラン議員の新潟市議会議員の青木学議員(53歳)は、小学6年生の時に網膜色素変性症に罹り失明しました。
 中学・高校は盲学校に通いましたが、大学は当時としては珍しく点字受験が出来る京都外語大学に進学しました。
 しかし、入学後に視覚障がい者に対する配慮はほとんど無く教科書の点字翻訳のボランティアを自分で探したそうです。
 「目が見えないのは自分の欠陥だから仕方がない」と当時は自分に責任があると考えていたそうですが、そんな考えを180度変えさせたのが、大学卒業後に留学したアメリカのセントラルワシントン大学大学院での経験でした。
 アメリカでは、1990年に「合理的配慮」の提供を義務付けた「1990年障がいのあるアメリカ人法」が成立し、支援が必要な生徒には学校側が必要な便宜を図ると言う考えが浸透していたと青木議員は振り返ります。

青木議員の取り組んでいる事

 このアメリカの大学での経験から「障がいは自分の欠陥」では無く「自分の個性」と考える様になり「障がいが有る人の自立や機会を奪う社会こそ問題が有る」と思う様になったとの事です。
 大学院卒業後、日本に帰国して就職活動をしますが、目が見えないと言う障がいを理由に面接試験すら受けさせてもらえなかったそうです。
 それで、家庭教師や通訳のアルバイトをしながら、障がい者支援の活動に参加します。
 その様な生活をしていた時に、支援活動のメンバーから「市議会議員選挙に立候補してみませんか?」と言われたそうです。
 「障がいは個人に属するものでは無く、社会との関わりで生まれるもの、そんな社会の在り方を決めているのは何か?」と考えた時に代議士として働いてみようと思ったそうです。下に写真と公式HPを添付しております。

http://www.aokimanabu.com/wp/

 今までの議員生活で一番力を注いだのは、2016年に施行された「新潟市障がいのある人もない人もともに生きるまちづくり条例」だそうです。
 条例では、アメリカの大学で学んだ「合理的配慮」の提供を市や民間事業者に求めています。
 例えば、車いすに乗っている人の為に駅や陸橋にスロープやエレベーターを設置したり、視覚障がいのある人の為に点字ブロックや音声ガイド装置を設置したりと言う取り組みです。
 日本には「障害者差別解消法」と言う法律が2013年度に制定されました。
 この法律では「合理的配慮」の提供を国や地方自治体に法的に義務付けていますが、民間事業所に対しては「努力義務」に留まっています。
 先に書いた青木議員による新潟市の条例では、民間事業所も「法的義務」になっているのが特徴です。

終わりに

 私も、生まれた時からの障がい者ではありません。
 新卒で入社した会社で無茶な長時間労働をした為に、めまい・耳鳴りを発症し徐々に聴力が落ちていき、3年前に「障害者手帳」が交付されるまで聴力が落ちてしまいました。
 それで、初めてハローワークの障害者コーナーで求人を見ましたが、求人の少なさに驚いたものです。
 民間事業所では、障がい者を雇用したらその障がい者の障がいに合わせた事務所作りをしなければならないと、求人に二の足を踏んでいる事業所が多いのだと思います。
 障がいを持っていても働ける社会にする為にも、障がい者議員さん達には職務に励んでもらいたいですね。

参考

・障がいは誰でもなり得るからこそ政界へー障がい者が地方議員になる理由(ライター・庄司里紗:Yahoo!ニュース特集編集部)
https://news.yahoo.co.jp/pickup/6335459

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