「平等と公平」の違いを考える『障害者』労働の差別について

テミス像

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 最近の世間を賑わすニュースに共通点と個人的に感じることがあって、それは「公平」じゃないなぁということです。吉本のアレコレだって上から下に流れる力に公平性、つまり意見を自由に言えて、上の寛容さが大きければ、こんな問題にはなっていなかっただろうと思います。

 私も障害を抱えていますが、どことなく「不公平」だったり「不平等」を感じながら生きています。特に感じるのは「仕事」が障害者はあまりにも少ないということです。私は障害者年金を貰えてないので、金銭面ではまだまだ親におんぶにだっこの状態です。

 そんなことを感じながら生きていると、公平や平等って何だろう? という疑問が湧いてきました。どことなく感じる「自分さえ良ければいい」という風潮はなぜ、生まれてしまうのか? そんなことを今回は記事にしてみました。最後までご覧頂ければ幸いです。

1.平等と公平の違い

 日本でよく目の当たりにするのは「平等」だと思いますが、公平とは何が違うのでしょうか。今一度、公平と平等とは何なのか調べてみました。

 平等・「個人の資質、能力、努力、成果に関係なく一定の規則通りに遇するシステムとなっていること」

 公平・「すべての人に対し、機会が均等に与えられており、成果をあげたものは評価され、報われるシステムとなっていること」

 ということなのですが、分かりやすく例を出そうと思います。

「幼稚園で劇をすることになりました。20人のクラスで女の子は10人います。題材は白雪姫に決まりましたが、女の子10人中5人が白雪姫をやりたいと立候補しました」

 

平等の場合

「立候補した5人を全員、白雪姫として役を与えました。物語上、白雪姫は1人ですが5人の意思に反するのはかわいそうなので、5人の白雪姫を登場させました」

 

公平の場合

「立候補した5人のオーディションをして、それぞれ向いている役を与えて、5人それぞれ違う役で個性を出して、5人の女の子がそれぞれ違った良い評価をされました」

 私が考える平等と公平の決定的な違いそれは、平等とは「スタートラインが同じ」、公平とは「ゴールラインまでの距離が同じ」だと思います。貧困と裕福な家庭それぞれありますが、学校へ入ったり、病院だったりの金額は同じですよね。貧乏だろうが、両親が重い病気で入院していても、大学へ進学する金額は変わらないので必然的に、進学を諦めなけらばなりません。スタートラインが同じだけに、スタートにすら立てないという状況が生まれてしまい、平等とは弱者側に拍車をかけてしまうのものだと思います。

 平等と公平は共存できないものではない、と思いますが平等だけがイイような風潮は、そろそろ限界だと思います。平等とはこの多様な世界において、現実的に無理だと思います。その心と頭は持っておくべきですが、環境も考え方もそれぞれ違うものを1つにまとめることは必要なのでしょうか? それよりも個性を伸ばして、それぞれ行き着く先に導いてくれる「公平」が必要だと私は思います。

公平を訴えるならセルフブランディングを

 公平性を打ち出すためには、セルフブランディングを用意する必要があります。人との違いを強調するために、何が自分の個性か、将来どういった自分になりたいか、を確認しておくと武器になるでしょう。公平、つまりフェアに社会と闘っていくためには必ず必要になって、同じ考えや同等の能力などを持った人達と自然と共闘していけると考えるからです。

 セルフブランディングは自分を売り出すための方法、でもありますが「自分という企業を立ち上げる」といった風に考えてもらうと分かりやすく、また自分の思想と似ている仲間を見つけるためでもあります。独立やフリーランスを考えてる方は、必要になってくる指針でしょう。

2.インターネットの普及で教育の「不平等」は無くなる?

 日本ではPCやスマホの普及でインターネットの環境はほぼ整っており、外でもFree Wifiや将来的には5Gなどの導入で、端末の通信は今以上に素早くどこにいても、繋がるようになるでしょう。日本ではインターネット普及率93%でかなり高いですが、世界に目を向けるとまだまだ普及していないところなんてものは多いにあります。

 世界の人口は76億人、インターネットの利用者は40億人、総人口の約53%に相当します。しかしまだ、半分の人がインターネットを利用したことないという数字でもあります。2017年には約1億人の人が初めてインターネット接続して、その利用は50ドル以下(約5400円)のスマホによるものでした。

 こうした世界の動きは、教育を受けられない国や地域などに「オンライン教育」というのを普及し、貧困の問題や学校が遠くて通えないなどの問題を解消できます。

 これらの普及で世界は大きく変わると言われています。自分たちが貧困や弱者などをインターネットによって知って、「不平等」ということを目の当たりにするのです。インターネットの普及が広がっていくほど不平等を無視するわけにはいかず、どんな動きがあるのか、世界はどういう対応をするのか、不平等が少しでも無くなるような世界になればと思います。

3.労働における障害者の「不信感」と健常者の「不満」

 日本には「障害者雇用率制度」という制度があって、企業や機関等で雇用している人のうち一定の割合で雇わなければなりません。雇わない場合は罰金を払う必要があります。現在の割合は2018年から引き上げられ、民間企業・2.2%、公共団体・2.5%、教育委員会・2.4%となっています。

 しかし同年の8月には、国の機関の8割が障害者の雇用が水増しされていたことがわかり、その数3460人が不正に算入されていました。雇用を発表している約半分がなんと水増しだったのです。こういうニュースには心からガッカリしますし、就活を頑張っている障害者の人たちは、どこにモチベーションを持っていけばいいのでしょうか……。救ったり対応する国の機関がこれでは、呆れるしかありません。

障害者はズルい?枠から漏れる健常者の不満

 先ほども書いた通り、企業には障害者枠というものが必ずあって、割合を満たしてない場合、罰金も発生します。そんななか、こんな意見を見つけました。

 障害者であるAさんと健常者のBさんが同時にその会社を志望しました。能力は10点満点中、Aさんは5、Bさんは8とします。入社しようと面接を受けると、枠があるAさんの方が受かりました。能力が上である健常者はこの結果に納得いくのか? というものです。

 どんな考え方や意見があってもイイと思いますがこれは差別です。これが究極の「自分さえ良ければいい」というワガママなのでしょう。こういう思考に行き着く人はもし明日、障害者になってしまったらと考えたことがないのでしょう。そしてそこからどういう生活を送って、どんな苦しみを経て、就職まで来れたのかということを分かってほしいと思います。障害者も健常者も苦しみを別個に分ける必要がなく、一緒に分かち合うものでしょう? と私は考えます。

まとめ・「不平等」と「差別」は無くして「公平」と「平等」を選択できる社会を目指して

 先日あった参院選では、れいわ新選組からALSの船後晴彦氏と脳性まひの木村英子氏が当選しました。この結果で国会がバリアフリーになったりしていますが、重度障害の方が就労できるように介助の支援を検討していると、根本厚生労働大臣が発表しました。やはり自分たちが受けている理不尽を変えるには、その当事者が動いて闘っていかなければなりません。その姿に同じように苦しんでいる方たちは、変えられるんだと勇気付けられます。

 この記事を作っている時に、思い出していたのが、前にも記事にした黒人差別の歴史です。そこで印象的な言葉が「黒人が生まれたことで差別が生まれたわけではない。白人が差別を生み出し、白人が変わらなければ未来は問えない」というような文言がありました。障害者差別を生み出しているのは健常者であり、健常者の方たちが障害者の未来を考えてくれなければ、停滞したままでしょう。しかし理不尽を変えていくには健常者の方たちに気付いてもらう必要があるので、私たちが動くのも大事なファクターでしょう。

 社会は「平等」の押し付けを止めて「公平と平等」のバランスを守りながら、個性を出せるような社会が理想なのではと考えました。実際に今回の参院選で国が動こうとしていますが、それをどのようにメディアが報道するかの「公平性」も大事でしょう。我々も注視して平等と公平を今一度、見つめ直す時が来たのかもしれませんね。

参考元・WIRED 公平と平等の違い 『平等』は弱者を追い詰める。重要なのは『公平』だ。 痛々しいセルフブランディングは卒業! 厚生労働省 SYNODOS 日本経済新聞 NHK NEWS WEB

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