この記事は約 14 分で読むことができます。
はじめに
以前、〜子どもの人権を考える〜について二つの記事を書きました。
民法822条、懲戒権の削除要請〜子どもの人権を考える1〜
しつけに体罰は必要か?〜子どもの人権を考える2〜
これらを踏まえながら、子どもの人権を考えるシリーズ第三弾、今回はスウェーデンの体罰禁止についての取り組みをご紹介します。
1979年法改正までの流れ
はるか昔から、ほとんどの国や文化に、「親は我が子に体罰を加える権利をもつだけでなく、そうする義務さえある」という考え方がありました。
それは、スウェーデンも例外ではありませんでした。
しかし、第一次世界大戦で多くの子どもたちの命が失われたことなどをきっかけに子どもたちの権利に対する考え方も変化し、1924年「児童の権利に関するジュネーブ宣言」が国際連盟によって採択されました。
「人類が児童に対して最善のものを与えるべき義務を負う」という子どもの適切な保護が、初めて宣言されることになりました。
1949年、スウェーデンでは、過酷な体罰を防ぐために法改正が行われ、折檻する権利が、適切な「しつけの手段」の使用に変更されます。
そして、1966年、親が子どもを叩く権利に関する記述は親子法から完全に削除され、大人と子どもへの暴行に刑罰を課すものが挿入されました。
当時の社会はまだ、親は子どもを叩いてはいけないという明確な禁止を容認する状態にはなってはいませんが、論争は続き、1977年、政府が子どもの権利を検討する国会委員会を設置します。この頃は国民の論争の焦点は親の権利から子どもの権利へと移っていきました。
国連が1979年に国際児童年に指定していたことと、ポーランドで同年、子どもの権利に関する国際条約を提案したことでスウェーデンの国会議員は子どもの福祉に敏感になっていました。体罰に関する国民の態度もこの頃にはほぼ否定的になっていました。
1979年3月、国会は親子法の改正案をほぼ満場一致で可決します。
子供へのあらゆる形態の体罰又はその他の精神的虐待に当たる取り扱いを明確に禁止しました。
改正案は過半数の指示を得ましたが、国会議員の中には、通報される親が増え、多くのスウェーデン人が犯罪者の烙印押されるようになると批判する意見もあり、キリスト教の教義と矛盾すると主張する人もいました。
禁止に反対する一部の人たちはこの法律が欧州人権条約第8条に定められた、「私生活と家庭生活を尊重される権利を侵害している」として、欧州人権裁判所で法律撤廃の申請さえ行いました。
しかし、欧州人権委員会はこの申請を却下しました。
体罰禁止法定化後の啓発キャンペーン
スウェーデンによる啓発キャンペーンの特徴
スウェーデンでは、1979年の法改正直後に大々的な啓発キャンペーンを実施しました。それは、現在に至るまで継続的に啓発をおこなっています。小さい人口規模のため、冊子の全世帯配布、全ての牛乳パックへの啓発広告掲載などの取り組みが可能でした。啓発の対象者は養育者、支援者(保健師、医師、保育士、教師等)のみならず、子どもたち自身である場合が数多くありました。
牛乳パックキャンペーン
改正後の2カ月間、スウェーデンでは毎朝の食卓にのぼる牛乳パックに、改正法についての簡単な情報と、小さな女の子が「私は決して自分の子どもをたたかない」と言っているイラストを載せました。親子で法律を知ってもらい、家庭内で体罰について話し合いができるようにするためのものです。
養育者
Can you bring up children successfully without smacking and spanking?
(あなたは子どもを叩かずに育てられますか)という16ページの冊子です。
1979年の法改正後、法務省が全世帯に60万部の小冊子を配布しました。
冊子の内容は・・
- 法改正とその背景
- 子どもの振る舞いに暴力を用いずに制限を加える方法のアドバイス
- 子どもの年代ごとの振る舞いの傾向
- 養育者が子育てで直面するかもしれない衝突について
To live with children(Leva med Barn)
子どもの養育に関する本で、小児科医が執筆。体罰禁止法制化、子どもの権利、体罰によらないしつけ方法等が書かれています。
1983年以降、8回の改定を重ね、全ての親に配布され続けています。
A Book For Parent 2001
スウェーデン議会子どもの虐待に関する委員会が小冊子の50万部のコピーを薬局、子ども保育施設、郵便局を通して配布しています。動画や教材も作成されました。
内容は・・・
- 6つの体罰や心理的不適切養育に関するストーリー
- 16の子育てアドバイス、特に問題に関して子どもとしっかり話をすることに重きを置いた内容
子ども自身
Young speakers
体罰を含む様々な題材について子ども自身に意見を求めたもの。
Liten (絵本)は学校の授業で導入されました。法改正後、政府が子どもたち向けに制作しました。
家庭内暴力の中でどうやって身を守るのかという内容です。
- 体罰の法改正の議会制定プロセスを授業で扱い、法律の内容も学ぶ。
- 英語の授業で体罰をディスカッショントピックとして取扱う。(録音テープでイギリス人男子と女性が子どもに対する体罰を弁明するといった教材を作成)
- ‘子育てと生活‘の授業で体罰禁止法に関して取り扱う
Get a Grip 2000
政府、BRIS、Save the Children 、The Cooperation Group for Immigrant Org、Young Eaglesが実施。
10−13歳の子ども(45万3千人)に小冊子が配布されました。
内容は・・・
- 子どもの自尊心を高め、危機を感じたら手助けや助言を求める方法を知らせる
- 子どもの権利に関するラップのCDが学校に教材と共に配布された
- 全国の映画館で上記のラップのミュージックビデオを放映
- CDは2000年に広告協会から金賞受賞
周産期の妊婦
法改正後、法務省が、周産期の妊婦のために講座を開きました。
出産に関する情報だけでなく、妊娠期から継続的な子育てに関する情報提供があります。
子どもと妊産婦のクリニックで両親学級と情報を発信しています。
子どもの教育と体罰に関する情報を含みます。
支援者(保健師、医師、保育士、教師等)
Suspecting Child Abuse 2000
Swedish Trade Union,Confederation of Professional Association, Central Organization of Salaried Employees in Sweden
10代以下の子どもと関わる職業者に7万セットの小冊子が配布されました。
内容は・・・
- 虐待のサインについて啓発し報告義務を知らせることが目的
子どもオンブズマン制度
オンブズマン制度とは、
オンブズマン制度は、19世紀初めにスウェーデンにおいて初めて設置された制度で、高い識見と権威を備えた第三者(オンブズマン)が、国民の行政に対する苦情を受け付け、中立的な立場からその原因を究明し、是正措置を勧告することにより、簡易迅速に問題を解決するものです。第2次世界大戦後、ヨーロッパを始め世界各国に設立され、行政苦情救済の仕組みとして、広く普及しています。
スウェーデン子どもオンブズマン制度(第三者機関)とは
1990年:国連子どもの権利条約批准し、1993年:子どもオンブズマン制度設立しました。オンブズマンは内閣により任命されますが、独立性のある組織であります。子どもオンブズマン法に基づいて活動しています。
子どもオンブズマンのミッションとして、子どもと若者の声を政策決定者に届けることを掲げています。
子どもから集めた声を、代わりに政治家や大臣に伝えるのではなく、子どもたちや若者が自分から伝えるためにその場に参加してもらいます。
子どもが自分の権利について知って、その権利を実際に行使するためにはどこに訴えれば良いのかを知っている状態になる、というビジョンを持って活動しています。
そのビジョンが具体的に実現できている場面としては、例えばある子どもが学校でいじめを受けていて、その状況が本人にとって好ましくなく、改善すべきものであると知ることができ、どこに要請したら良いのか分かっている、といったことです。
子どもが自らの言葉で語ることができるのに、オンブズマンのような大人が代わって伝える必要はあるでしょうか。子ども自身が直に政策決定者と話せばよいのです。
効果
体罰禁止の法律が導入され、空前の広報キャンペーンが実施されてから2年たった1981年には、スウェーデンの家族の90%以上が、法律が変わったことを知っていました。
このグラフを見ると、1960年代から2000年代までの間に、体罰に頼る親および体罰に肯定的な親の割合と人数の双方が、着実に減っていることがわか ります。
また、体罰に肯定的な親と、実際に体罰を加える親の人数の差が縮まっていることもわかります。
1960年代には、回答者が正しいと思うことと、 実際の行動との間に大きな隔たりがありました。
大勢の人が体罰を使うのは悪いと思いながらも結局は使っていたのです 。
しかし時がたつにつれ、古い行動規準を壊せるような新しい見識や経験を得て、新しい育児法を学んで いきました。
10年たつごとに、体罰を受ける子どもは減り、してはいけないと思う行為をしなくなる親が増えていきました。
この変化は、さまざまな要因によるものでしょう。
過去40年間に、スウェーデンの社会には多くの変化が起きました。
福祉制度が発達したうえに、スウェーデンを含む北欧諸国では、世界のどこよりも男女間および世代間の平等が達成されました。
家庭外の保育施設に通う幼い子どもも増えていますが、これは虐待の発見や予防がしやすくなるということです。
妊産婦診療所と子ども診療所は、意識向上と家庭における暴力の予防策導入のため、懸命に努力しました。 1980年代前半以降、子どもへの暴行の疑いに関する警察への通報件数は増え、1990年から1999年の間では190%の上昇を見ました。
法改正の反対者は、通報の増加は暴行自体の増加を表していると主張して いるほか、この数字を使って、体罰禁止は子どもの虐待を増やすと示唆しま す。
しかし通報の増加に表れているのは、子どもへの暴行に対する許容度が下がり、人々が疑いのあるケースを進んで通報するようになったということな のです。
かつては家庭内の秘密だった暴力が通報されやすくなったのは、親など身近な人間による子どもへの身体的虐待の事例を、私たちが以前ほど許したり軽視したりしなくなったからです。
1979年にこの法律の批判者が予想したのとは逆に− 法改正に対する現 在の反対者はいまだに同じ予想をしていますが− 通報された暴行が起訴 される割合は増えませんでした。その一因は、加害者と子ども以外に目撃者 のいない家庭という密室内の犯罪では、有罪判決を得るのが非常に難しい ということです。
子どもへの暴行事件だからといって、ほかの刑事事件より立証責任を軽くすることは、法制度では認められていないのです。
ただ、子どもへの暴行の通報が起訴に至る割合が低くても、子どもと親が 支援や保護を受けないわけではありません。
社会福祉は子どもに対する不 当な取扱いの申し立てをすべて調査し、家族への支援と子どもの保護の必 要性を評価して、さまざまな支援策や予防策を実施します。
「子どもの家」
「子どもの家」では、警察官・検察官・社会福祉・科学捜査官・児童心理学者が緊密に協力し、切れ目のない1本の鎖が作られ、必要な支援が提供できます。「子どもと家庭には、社会福祉と児童精神医学からの保護と支援と援助の必要な場合があります。」と、言い切っているところに日本とスウェーデンとの考え方の差があるように思います。
終わりに
「スウェーデンの例から学びたいのは、体罰禁止法が突然できたわけではなく、 国を二分する議論をしっかりと時間をかけてやったことです。さらに、法律施行後も40年にわたり皆で議論を続けてきました。
その根底にあるのは、子供の権利の尊重です。そのためにも親を守りたい、社会が親に優しくあることが子供を守ることにつながる、というコンセンサスがあることだろうと思います。日本もこのことを皆で議論できる社会をつくっていけたらいいですね」。
暴力と虐待の根には無知と貧困があります。
暴力や、虐待を防ぐためには「教育」が必要だと思います。
親が子供を叩く理由で特に多いもののひとつは、自分もそうやって育てられたということです。大人たちがそのような教育を受けてきたという事実が暴力や虐待が「しつけ」であったという言い訳として使われてきました。しかし、もうそのような言い訳をいうのはやめませんか。日本でも、しっかり議論するべきだと思います。
また、2022年3月「こども基本法案」にこどもコミッショナー(第三者機関)は盛り込まれなかったことも気になる出来事であります。
子どもたちの取り巻く環境を見直し、変化を恐れてはいけないと感じます。
子どもたちに対する暴力と虐待の根絶を私は希望します。
参考サイト
子どもに対する暴力のない社会をめざして 体罰を廃止したスウェーデン30年のあゆみ
3〜7歳の幼児教育メディアFQ Kids learning 体罰が95%から2%に減少。子供の人権大国スウェーデンに学ぶ “体罰によらないしつけ”【前編】
セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン 子どもの虐待予防事業体罰禁止法定化後のスウェーデンの取組
スウェーデンの子どもオンブズマンとは?スウェーデンが子どもの権利条約を法律にする理由を聞いてみた
日本記者クラブ 2019年05月30日 13:30 〜 15:00 9階会見場 「体罰禁止 法制化と社会啓発~スウェーデンの経験から」
noteでも書いています。よかったら、読んでみてください。
おすすめ記事の紹介
認知症の母を介護する社会福祉士のライター「どんよりと晴れている」のおすすめ記事11選
→HOME
コメントを残す