コミュニケーションロボットとヒトの未来のかたち〜「ロボットの悲しみ」を読んで〜

ロボットの悲しみ

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プロローグ

”公園の中をしばらく歩いていると、そこにポツンと立っている一人のおばあちゃんの姿が目に留まった。「花見をしているのかな…」と思いつつ、もう少し近づいてみると、その胸の中には小さなぬいぐるみ型のロボット。おばあちゃんはその小さなロボットを抱っこしながら、一緒に花見をしていたのだ。「きれいだねぇ・・・」「ねぇ、きれい、きれい」とそのロボットに優しく語りかけながら・・・。」“

引用:ロボットの悲しみ コミュニケーションをめぐる人とロボットの生態学 /岡田美智男・松本光太郎  /新曜社

この文章を読んであなたは何を感じますか?

おばあちゃんがロボットと花見をする時代になったのかと感慨に耽る人もいれば、なんだか違和感を感じ、その情景を痛々しいと感じる人もいると思います。

この本を読了して私はあるエピソードを思い出しました。

赤ちゃんの人形

遠方に住んでいる滅多に会わない親戚の家に遊びに行ったときのことです。その親戚は夫婦2人きりで子どもがおらず、寂しさを紛らわせるために赤ちゃんのお人形に洋服を着せ、本当の子どものように可愛がっていました。

時折、その人形の口元にスプーンですくったご飯を近づけ、食べさせるふりをしたりする様子を見て、私は「ん?なんだこれは?」と少し違和感を感じていました。その傍らには成人した私の従兄弟が座っていました。

そして、昔のアルバムをなぜか見せてもらうことになりました。そのアルバムには今そこにいる従兄弟の赤ちゃんのときの写真があるということでした。私はアルバムのページを1枚ずつめくって何気なく見ていました。アルバムは古いモノクロの写真ばかりで、その夫婦の若い頃の写真がいっぱいありました。

私は従兄弟の赤ちゃんのときの写真を見つけ、そして、視線を動かすとある物に目が止まります。2度見、3度見して、思わず悲鳴を上げそうになったのを慌てて飲み下しました。

モノクロの写真には、赤ちゃんだった従兄弟の隣に今、目の前にいる赤ちゃんの人形が映っていました。何度見比べても、服こそ違うものを着せてますが、モノクロの写真からそのまま飛び出してきたかと感じるくらい、まったく同じ人形がそこにありました。映画「リング」の貞子がテレビ画面から飛び出してきたのと同じくらいの恐怖を感じました。ものすごく怖かったです。

しばらく時間が経ち、恐怖も落ち着いた頃、「そんな人形なんか可愛がるより、犬とか猫とか飼って可愛がればいいのに、なんでそうしないのだろう。」と心の中で呟きました。しかし、こうとも考えました。「この夫婦はもしかしたら、流産を経験しているのかもしれない。生命が死んでしまう悲しみに耐えられないから人形で代用するしかなかったんだろう」と、私はなんとも言えない気持ちになりました。

ルンバに掃除を手伝わされてしまうヒト

お掃除ロボットのルンバが障害物につっかえ、つっかえしながらお掃除しています。それを見て、思わず物をどかしてしまう人も多いでしょう。ルンバが掃除しやすいように物をどかしてあげる私たちヒト。それは、ヒトとロボットの共同作業になります。同じところを健気に何回も掃除しているルンバを見て、愛おしくなり、故障かもしれないけど、逆に捨てづらくなってしまうのも人間の情の不思議なところです。

アタッチメント

ハローの代理母の実験というものがあります。

アカゲザルの赤ちゃんを母親から引き離し、針金でできたミルクの出る代理母と、ミルクを持っていない布製の代理母を二つ並べて用意し、どちらの母を好むかという実験です。

当初の予想としては、空腹を満たしてくれるミルクの出る針金の代理母を好むのではないかと考えられていました。しかし、実際は布製の代理母に抱きつき、お腹が空いたときだけ隣の針金の代理母に体を伸ばしてミルクを飲むようになりました。

この実験ではお腹が空いたときに栄養を与えてくれるだけの存在よりも、栄養を与えてくれなくても皮膚の感覚が柔らかくて温もりのある方にアタッチメント(愛着)を形成しているということを示しています。

ひと昔前の育児では、赤ちゃんは抱き癖がつくといけないから抱っこはしないほうがいいという考え方がありました。しかし、今ではアタッチメントを形成させる抱っこが赤ちゃんの安心感をつくり、自立を促すためにも必要であるとされています。

コミュニケーションロボットを抱っこし、過去の子育てを思い出して涙を流す方もいます。赤ちゃんだけでなく、かつての養育者もアタッチメント(愛着)を感じていたことがわかります。高齢者の脳の活性化にも繋がるそうです。

最近、何を食べてもおいしくないと言う、少し元気のない私の母にも抱っこさせてみようかなと考えています。

終わりに

洋の東西を問わず、人形に魂が宿るという話は多いです。おとぎ話のようにかわいいロボットとおしゃべりする未来はそう遠くはないのかもしれません。

コミュニケーションロボットが浸透してきて、記念写真に家族と一緒に映る機会もこれから多くなるでしょう。そのときに、写真に映るロボットを10年後、20年後に見て、私たちヒトはどんな気持ちになるのでしょうか。暖かな家族の記憶と共に思い出されるのか。それとも、先に述べた赤ちゃんの人形のようにギョッとする存在になるのか。

それは今まだわからないなと思います。

参考サイト

ロボットの悲しみ コミュニケーションをめぐる人とロボットの生態学 /岡田美智男・松本光太郎  /新曜社

Hatena Blog「世界一わかりやすい心理学」

いこーよ【育児の新常識】赤ちゃんの「抱き癖」は付けた方がいい!?

タカラトミー うちのあまえんぼあみちゃん



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