就労継続支援A型事業所でもうすぐ24歳を迎える私の3年間と目標

就労継続支援A型事業所

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私事ですが、もうすぐ24歳になります。

もうすぐ20代前半が終わるのか、と思うとなんだか寂しいような嬉しいようなそんな気持ちになります。

21の時に就労継続支援A型事業所であるTANOSHIKA CREATIVEに入り、22、23と駆け抜けてきました。

つまり私は青春の大半をTANOSHIKAで過ごした事になるのです。

「20代前半を就労継続支援A型で過ごすなんてなんか可哀想」

と思われる方もいらっしゃるかも?

でも、私は「そんな事ない」と言えます。

私は青春をTANOSHIKAで過ごして良かったと思うし、青春をTANOSHIKAのみんなと過ごせて良かったって心から思っているんです。

今日は、TANOSHIKAでの3年間のキラキラした私の大切な青春の思い出。
そして、24歳の目標を書いてみようと思います。

個人的な話になるかもしれませんが、障がいを持った私がどんな日々を送っているか、どんな事を感じて生きてきたか、そして私の今後の希望が分かる記事になっていると思います。

そしてこれを読んだ方々が「福祉」=「暗いもの」「障がい」=「可哀想」という偏見をなくすきっかけになればと思って書きました。

よかったら読んでくれると嬉しいです。

21歳の時の最高の思い出

TANOSHIKAに入った当初、私は何もできなくてそんな自分が大っ嫌いでした。

そんな中、TANOSHIKAで技術を教えてもらううちに「こんなこともできた!」「あんなこともできた!」とどんどん自分を好きになっていくのを実感しました。

21の時の最高の思い出があります。

それは、TANOSHIKAの忘年会です。

今はコロナでできないと思いますが、コロナが流行っていない当時2018年にTANOSHIKAでは忘年会があったのです。

忘年会は真冬にあって、みんなで「寒いですね」と言いながら会社の近くの料理屋さんに行きました。
みんなで最初乾杯をしました。
そこでカラオケを歌ったり、みんなが出し物で踊ったり。
本当に楽しかったです。

集団が苦手な私でしたが、なぜかその時は心から楽しかったです。

その時、私は「ああ、この会社に入ってよかったなあ」と心から思ったのです。

デザインを頑張った22歳

22の時は、ある会社さんのホームページ作成をしました。

その時の一番の思い出は、デザイナーの先生にある注意を受けたこと。
「デザイナーはアーティストじゃないんだよ」
との言葉です。

もちろん優しい言葉で言ってくださいました。

でも私は今までの自分勝手な芸術家気取りの作品を恥ずかしくなりました。
「デザイン」とはお客さんの心や希望に寄り添うものでなくてはならないのです。
私はとんだ間違いをしていたなあ、と反省しました。

それから、デザインに今までより熱心に取り組むことができました。

そうやって私を1人の社会人としてTANOSHIKAは扱ってくれました。
そのお陰で、私は徐々に自信を取り戻したのです。

23歳で頑張った事

23歳では、AKARIを書くのを頑張りました。
書くことが楽しかったです。

書いて書いての毎日でした。

途中挫けそうになることもあったけれど、頑張りました。

コメントをくださる方がいたり、同じ利用者のメンバーさんに「読んでます」と言われる度に本当に幸せでした。

もともと文章を書く事が大好きだったので、文章を書く事をお仕事にできた、という事がとても嬉しかったのです。
最高の日々でした。

24歳で頑張りたいこと

そして、私は今度TANOSHIKAで24歳を迎えます。
24歳で頑張りたいことがあります。

それは少しでも一般就労に向けて更に技術向上を頑張ること。

それから精神状態も落ち着けたいです。

そしてTANOSHIKAに一般就労する前に最後に恩返しをしたいと思っています。
その為にもやっぱり技術向上は欠かせないと思いますので頑張ります。

他にも

  • 年齢相応に身だしなみを整える事
  • 料理
  • ビジネスマナーを学ぶ
  • 一般就労した時の話題の為に苦手な時事ネタの勉強をする

などを頑張っていきたいです。

楽しいTANOSHIKAの日々でしたが、いつまでもここにいるわけにはいきません。
少しでも「TANOSHIKAの外の世界」に出れるように頑張っていきたいと思っています。

最後に

「障がいを持っている」=「可哀想」「暗そう」と思っている方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、ここに書いてきた通り私は幸せな青春の「3年間」をTANOSHIKAで送る事ができました。
TANOSHIKAや支えてくださる皆さんに改めてお礼を言いたいです。

残りの人生も障がいがある事で辛い事や苦しい事が多いかもしれません。
でも、TANOSHIKAで学んだ事はきっとこれからの人生を光らせる武器になるでしょう。
私はそう確信しています。

私はここで過ごした3年間は神様がくれたご褒美だと思っています。
私はとても辛い人生を歩んできたけれど、神様がプレゼントでくれたんだって本気で思っているのです。

TANOSHIKAで得た技術という武器、そして教えてくれた優しさ。
それらを抱えながら、24歳も強く人生を歩いていきます。

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4 件のコメント

  • 毎回、piasuさんの記事を読ませていただいております。
    さまざまな事がありながらも、時には悩みながら、それでも前に進む気持ちを大切に日々を楽しんでおられる貴女様は過去の私の辿った道をきているようでもあり、一度お会いし、言葉も交わしたいと思ってしまいます。
    私は今、福岡市内中心部のWeb関連の企業に籍を置いています。街中で配られているフリーペーパーや、HPの作成、Web上への文章の出稿も数多く、某SNSの代理店も兼ねている会社です。
    私は月内に退職をするので何かできるかといえば影響力は正直無くなっているのですが(^◇^;)
    (今のところ)弊社は多様性を大事にする企業です。
    ぶっちゃけ、とても素敵な世界です。貴女様が歩まれたい道は、現に社員である私からみても輝いています。
    もちろん、すぐに波にのって順風満帆とはいかない世界にもなりますが、前を向く姿勢とか、やりたいことを叶えたいという強い気持ちが絶えなければ必ず夢は現実になる世界でもあります。
    遠くからですが、いつも応援しています。

    • あたたかいお言葉の数々、本当に嬉しいです!
      いつも応援してくださってる方がいらっしゃたなんて、びっくりで嬉しかったです。

      とても素敵な世界なのですね。

      これからも夢に向かって一生懸命頑張ろうと、もう一度思えました!
      希望をくださって本当にありがとうございました。
      感謝しております。

  • 初めまして。私は海外在住で、息子24歳、娘26歳とほぼpiasuさんと年齢の近い自閉症の子供がいます。娘は大学を卒業し国家試験に合格して図書司書として大学で働いていますが、当初働くのを嫌がり癇癪を起こし仕事は諦めるかけたこともありました。でも、職場の理解と思いやりのおかげで娘も徐々に馴染んで、今は楽しみながら職場に行っています。TANOSHIKAもそのような職場なんでしょうね。

    意思表現の苦手な子供達の考え方が理解できないことも多く、どう対処してよいかわからないことだらけです。piasuさんの今後頑張りたいこと、ほとんど娘と同じような課題です!医者や本にもない当該者からの発信、貴方のブログには発達障害を持つ親にとっても参考になることがたくさんあります。これからも仕事、ブログ、目標達成に向けて頑張ってください。コロナが明けたら福岡に帰り、是非TANOSHIKAも訪問したいと思います。

    • コメントありがとうございます!

      発達障害を持つ親御さんの参考にることがたくさんあります、とのメッセージ。本当に嬉しかったです。
      時には、書いていて恥ずかしくなったり、落ち込むこともありましたが、また書き続けようと勇気をもらいました。
      また、夢に向かってももう一度頑張ろうとやる気が出ました。

      これからも、そのような記事達が書けたら、と思います。
      あたたかいメッセージ、本当にありがとうございました。

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