身体醜形障害〜自分の顔が嫌いだった私〜

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パシャパシャパシャ。
自撮りが止められない。
泣きながら何度も何度もシャッターボタンを押す。
スマホのアルバムは私の顔だらけ。
私のスマホを見た同級生に笑われた。
「自分の顔がそんなに好き?」
違う。

私は自分の顔が大っ嫌いだった。

身体醜形障害という病気がある。
自分の顔を醜いととても悩み、日常生活に支障が出る病気らしい。
中学生の時に、その病名の診断がついて、高校生くらいまでその症状に悩まされていた。

スマホで自撮りするのは、みんなにどう思われているのか知りたかったから。
自分がブサイクなんじゃないかって、不安で仕方なかった。
思春期だったから、異性からどう思われているかも、すごく気になった。
でも、綺麗でありたいって、どこかで望みを持ってたんだと思う。

お父さんを責めた。お母さんを責めた。
なんでこんな顔に産んだの?

二人は悲しそうな顔をして、「あなたは綺麗だよ」と言ってくれた。

そんな言葉を子供から投げかけられて、どんなに辛かっただろう。
親や兄弟は、今でも、スマホのシャッター音がトラウマらしい。

だけど、当時の私は真剣だった。
苦しかった。

小学生の時、私はメガネをかけていた。
メガネ。
可愛いメガネじゃない。
分厚いレンズのメガネ。
当然、目が小さく見える。
ブサイクだったと思う。
初めてメガネをかけて、学校に行ったその日、不思議な体験をした。
男子の態度が一変したのだ。
意地悪もなくなった。
ただ、興味を持たれない。
ただそれだけ。
好きの反対は無関心だという。
本当にそうだと思った。
私は、メガネをかけたあの日から、ほとんど男子と話すことがなくなった。

思春期になり、色々なことが重なり、不登校になった。
そんな時、私の世界はテレビとインターネットの世界だけになった。
周りを囲む人達は、美しい顔の芸能人だけになった。
鏡を見て、自分と比べた。
なんてブサイクなんだろう。
私もああなりたかった…
そう言いながら、鏡の前でよく泣いた。
テレビの奥の芸能人はいつも幸せそうな笑顔をしていた。
だから、美しかったら、それだけで幸せになると思っていた。

スプーンにふと映る自分を見て泣いた。
ショーウィンドウに映る自分にも泣いた。
何度も写真を撮っては泣いた。

私は誰よりも努力した。
見た目を良くするためにはどうすればいいか、四六時中考えていた。
コンタクトにして、メイクを覚えて、おしゃれを覚えた。
人を惹きつけるにはどうしたらいいんだろう、と魅力的な芸能人の書いた本を読み漁った。
映画や、音楽、本、絵画、そんなものにたくさん触れて、少しでも魅力的な女になろうと頑張った。

今では、その努力のお陰かは分からないが、人に「綺麗」とか「可愛い」と言われる時もあるようになった。
私から、身体醜形障害の症状はなくなっていった。

地味でメガネをかけていた頃の私を知っている人達は、今の私を見て驚く。
そして態度も一変した。

この間、知り合いにメガネ姿のまま会ったら、冷たくされた。
「ブサイクだね。」
そう吐き捨てられた。

外見の美しさより、心の美しさが大切。
小学校の道徳の時間で習った。
私もそうだと思っていた。
私は、この言葉を信じたい。
だけど、自分自身さえも、疑うような感情がたまに湧いてくる。
ファッションに怠惰な人を見ると、無意識で蔑む自分がいる。
そんな自分がとても嫌いだ。

心の美しさが大切。
誰か、それが一番大切なんだと、もう一度言って欲しい。
見えないものが一番大切なんだって。
誰かにそう言って欲しい。

私は信じたい。
そういう世界がこの世界のどこかに必ずあると。
そうして、私もそういう人間になりたい。
心の美しい人間になりたい。

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