僕はパラノイアなのか? part2

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こんにちは。TAMAOです。実は最近、ちょっと困った精神状態になっています。

なんか……妄想に取り憑かれているのかもしれないのです。

ひとつは解決済みなのですが、もうひとつが……妄想なのか現実のことなのかわかりません。というか『妄想』というもの自体が「誤ったことを事実として受け止めてしまうこと」なので、もはやなんとも、どうにもなりません。

「妄想に取り憑かれる」というのがどういう状態なのか、どういう心境なのか、想像が難しい方もいらっしゃると思います。そこで、妄想が主な症状である『統合失調症』や『妄想性パーソナリティ障害』の方への理解を深めるという意味も込めて、前回と、そして今回の「妄想に取り憑かれた数日間」の心境をお話ししたいと思います。この数日間の、妄想に取り憑かれていたときの記憶ははっきりしてるので。

 

昨年12月に、『僕はパラノイアなのか?』という記事を書いたことがあります。

パラノイアとは
内因性の精神病の一型。偏執的になり妄想がみられるが、その論理は一貫しており、行動・思考などの秩序が保たれている。妄想の内容には、血統・発明・宗教・嫉妬・恋愛・心気(心持ち、気持ち)などが含まれ、持続・発展する。偏執病。妄想症。妄想性パーソナリティ障害の一種。

昨年12月、僕の頭の中に渦巻いていたのは、

「僕のことで二つのグループが意見を対立させている。片方のグループは『あいつのことは放っておいて現状維持を』という意見。もう片方のグループは『あいつは手に負えないので追い出そう』という意見。後者のほうが優勢のようだ。……僕は人から嫌われ、憎まれている。怖くて、悲しくて、とても辛い」

というものでした。

このときの僕は、「嫌われているのではないか?」という不安あるいは恐れを抱いていたのではなく、「僕は人から嫌われているんだ!」という『確信』を持っていました。「絶対に間違いのない、疑いようのない事実として、そのことを知っている」という状態です。そして、「その確信をいつから抱くようになったのかはまったくわからない」、「気がついたら心にガッチリと根付いていた」という、本当にわけのわからない状況でした。

僕が感じていたものの正体が『不安』『恐れ』であれば、『強迫性障害』の症状である『加害恐怖』だと納得できます。実際に、年を跨ぐ頃、「僕はくさいにおいをまき散らして人に迷惑をかけているのではないか」という恐れに取り憑かれ、主治医から「あんたそりゃ強迫性障害だよあんた(こんな言い方ではなかった)」と診断されています。

しかし。

『不安』『恐れ』と、『妄想』はちがいます。

妄想とは
病的な状態から生じた誤った判断。確信的であること、経験や推理に影響されないこと、内容が現実から遊離していることなどが特徴。

『不安』『恐れ』が「~だったらどうしよう」「~だったら嫌だ。怖い」というものであることに対し、『妄想』とは『確信』していることです。それがどんなにつじつまの合わない、わけのわからないことであっても、「そうだ」と確信していることです。昨年12月の僕はその状態でした。

そしてつい最近、僕に取り憑いた妄想は――

職場をクビになった!

今週火曜(2月12日)の朝、起床すると、僕は職場をクビになっていました。前日まではまったくそうじゃなかったのに、その日いきなり、僕はクビになっていました。

 

僕は、「クビになったんだから今日は一日オフだ」ということで、家でのんびり過ごしていました。

一日をボケ~ッと過ごし、夜、なんとなくスマホを手にとってみると、タップしても画面が真っ暗なまま。充電が切れていたのでした。どうやら一日中。まあ僕は友達がすごく少ないのでそれは大した問題ではありません。誰かから連絡がくるなんて一週間に二回あるかないかですからね。

スマホに充電器のケーブルを差し、電源を入れました。すると午前中に職場から電話がきていたようです。

「おや? 僕、なんか置き忘れてきた物でもあったかな」程度に思い、それ以上は考えませんでした。どうでもいいことでした。僕はクビになったのですから。

職場の友達にまだクビのことを言っていなかったことを思い出したので、「そういや、僕、クビになったんだ」とLINEを送りました。友達はすごく驚いていました。友達は数日間、風邪をひいて休んでいたので、何も知らなかったのです。

そして翌日。無職の僕はのんびり9時半頃起床しました。朝食のトーストを焼いているときに職場の友達からLINEがきました。内容はというと――

「(職場の)○○さんが『TAMAOさんと連絡がとれない』って言ってました。TAMAOさん、クビになんかなってないそうですよ!」

僕は「??」となりました。友達が何を言っているのかわからず、しばらく考えました。

「???? いったい何を言ってるんだ? 僕はクビになったのに。だって、そう聞いたのだから。……あれ? 誰にそう聞いたんだっけ? ○○さんだったっけ? いやちがうな。覚えがない。じゃあ△△さんだったかな? いや、ちがう。覚えがない。いったい誰から聞いたんだっけ?『あなたはクビだ』って。……ん? なんか……誰からも、そんなこと言われていない気がしてきた……」

職場に電話をかけてたずねると、やはり僕はクビになどなっていないとのこと。どうやら僕は、「自分はクビになった」という妄想に取り憑かれていたようなのです。

 

「職場をクビになった」というのは、妄想だったといことで片が付きました。いま悩んでいることは――

僕という人間は、人を利用して満足感を得ているだけの卑怯者だ

僕は人に話しかけることが苦手ではありません。というか得意なほうだと思います。職場に新しい人が入ってくれば、はやく緊張をほぐしてもらいたい、楽しいと感じてもらいたいということで積極的に話しかけます。でも、ふと疑問が湧いてきました。それは、

「僕が人に話しかけるのは、その人の緊張をほぐしたい、楽しんでもらいたいという思いからくるのは確かだが、それはその人のためを思ってではなく、そうすることによって僕自身が、『緊張をほぐしてやったぞ。楽しませてやったぞ』という満足感、達成感を得るためなのではないか?」

というものです。

僕は自分が満足感を得るために人を利用している、ただの卑怯者なのではないでしょうか。

僕は最近、「TAMAOさんは優しい人ですよ」と言われました。「どういうところがですか?」とたずねると、(詳細を書くのは小っ恥ずかしいので大まかに書きますが)「人に対して思いやりがある」的なことを言ってもらいました。これを聞いて僕はとてもとても嬉しく思いました。

でも、です。

「人に対して思いやりがある」と言ってもらって嬉しかったということは、つまり「その嬉しさを得たいがために、人に対して思いやりをもって接しているだけ」なのではないでしょうか……?

うむ! 違いありません。僕は自分が満足感を得るために人を利用しているだけの、ただの卑怯者です。

さあ、僕はパラノイアなのでしょうか?

「職場をクビになった」というのが、「誰かの言葉を取り違えてそう思い込んでしまった、勘違いしてしまった」というのであれば大した問題ではありません。しかし、いま振り返ってみると僕は誰からもそのようなことを言われた覚えがありません。「クビ」に似ている言葉を言われた覚えもありません。ある朝、起きると「クビになった」ということが普通に頭にあり、僕はそれをまったく疑いませんでした。これは「妄想に取り憑かれた」ということなのでしょう。このように妄想に取り憑かれるということは、僕はパラノイアかもしれません。たったひとつの妄想に取り憑かれただけでそう判断していいのかはわかりませんが、その可能性はあると思います。

いや、僕に取り憑いた妄想はひとつではないのかもしれません。「僕という人間は、人を利用して満足感を得ている卑怯者だ」というのも妄想だとすれば――

でもどうしても「それはただの妄想だ」と思うことができないんですよね。まあそれは当然なのですが。だって「妄想」とは「たとえそれが間違っていても、『そうである』と確信してしまうこと」なのですから。

人からのネガティブな言葉を欲している。それだけを信じることができる

現在の僕は、たとえ人から「あなたは卑怯者なんかじゃないよ」と言われても信じることができません。「嘘だ!」と思ってしまいます。反対に「あんたは卑怯な人だよ」と言われればすんなり受け入れることができます。「やっぱりな」と思えるからです。もし仮に「僕という人間は、人を利用して満足感を得ている卑怯者だ」という考えが単なる妄想だったとしても、もういっそのこと「卑怯者め」と言ってほしいと思っています。はっきりと「あんたは卑怯者だ」と言ってもらいたがっています。きっと落ち込むことになると思いますが、白々しい嘘で慰められるよりは、厳しくてもいいから本当のことを言ってほしいと思っているのです。

統合失調症の妄想と、妄想性人格障害・パラノイアの妄想

統合失調症の妄想と、妄想性人格障害あるいはパラノイアの妄想は、タイプが違います。

1.統合失調症の妄想は常識からかけ離れているものが多い

「どこにいても、ある集団から監視されている」「ある集団から盗聴されている」「宇宙から電磁波で攻撃されている」「神または悪魔から指令を受けた」など、普通に考えればあり得ないことを信じてしまうというのが、統合失調症の妄想の特徴です。僕の知り合いには「2016年4月12日の熊本地震は自分が起こしたのだ」という妄想に取り憑かれたことがある人がいます。

2.妄想性人格障害・パラノイアの妄想は現実的で、ある意味で筋が通っている

何かを心配するあまり、何かに怯えるあまりにその何かが妄想という形になることが多く、「自分は周囲の全員から嫌われている」と信じ込んだり、「パートナーが浮気をしている」と信じてしまったりします。また自尊心の極端な低さが妄想の原因となることもあります。

 

僕という人間は、負けず嫌いと、一見すれば社交的な性格から、見る人によっては高い自尊心を備えているように見えるのではないかと思います。しかし実は、僕という人間は物凄く臆病で自分に自信の無い人間です。周囲の目を異常に気にするし、何かあるとすぐに悪い方向に考えます。「パラノイアの妄想」について文章を書いていたら、自分で「僕はパラノイアになってしまっても何ら不思議ではないなあ」と思ってしまいました。

そうです! 僕はきっとパラノイアなのですね! きっと「僕は自分が満足感を得るために人を利用しているだけの、ただの卑怯者だ」という考えも、ただの妄想なんです!

そう思いたいです……。

 

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