今年は本庶佑さんが受賞! 知られざるノーベル賞の舞台裏について学ぼう

この記事は約 8 分で読むことができます。

1.はじめに

 ここ数週間、ノーベル賞の話題で盛り上がっています。今年は、京都大学高等研究院特別教授の本庶佑さんが、医学生理学賞に選ばれました。本庶さんは、がん細胞を攻撃する免疫細胞にブレーキをかけるタンパク質「PD-1」を発見し、画期的ながん免疫治療を作り上げたことが、受賞の要因となりました。

 ノーベル賞は、ダイナマイトの発明者として知られるアルフレッド・ノーベルの遺言に従って1901年から始まった世界的な賞で、物理学、化学、医学生理学、文学、平和および経済学の分野で顕著な功績を残した人物に贈られる賞です。

 選考は、物理学、化学、経済学の3分野についてはスウェーデン王立アカデミーが、医学生理学はカロリンスカ研究所が、平和賞はノルウェー・ノーべル委員会が、文学賞はスウェーデン・アカデミーがそれぞれ行います。授賞式はノーベルの命日でもある、12月10日に執り行われます。

 今回は、知られざるそのノーベル賞の舞台裏を覗いていきましょう。

2.文学賞 


 「国籍を考慮することなく、最もふさわしい人物が受賞するべき」というノーベルの遺言にも関わらず、とくに文学賞においては欧米偏重の偏りがありました。

 ノーベル基金がまとめた統計では、英語27、フランス語14、ドイツ語13と、1901年から2014年に至るノーベル文学賞受賞者計110人が作品で使った言語を分析すると、約4分の1が英語であることが分かります。上位3つの英仏独を合わせると、半分近くを占めています。

 2000年以降で見ても、欧米諸国の言語以外で創作している受賞者と言えるのは、2000年の高行健(中国語・国籍はフランス)と2006年のオルハン・パムク(トルコ語)、2012年の莫言(中国語)など少数にとどまります。文学賞では本質的に言語と文化の壁が立ちはだかります。
 

 関係者は「ノーベル文学賞は本質的に、スウェーデン人によるスウェーデン文学賞」だと自己分析しています。選考委員は全員スウェーデン人であり、いかに幅広い視野と感性を発揮しても超えられない壁は残ります。
 

 文学賞の選考委員はまた、異口同音に“政治性の排除”を選考基準に入れるといいますが、それは政治を無視することを意味しません。なぜなら政治は文学が対象とする時代を表現するのに重要な一部であるからです。そのため、選考委員が言う政治性の排除というのは、賞の授与決定が、政治的な介入を排除していることを意味します。

3.物理・化学・医学生理学賞 


 物理・化学・医学生理学賞の推薦対象者は、アルフレッド・ノーベルの遺言に忠実に、「発明」か「発見」の成功者に限られており、誤解されがちな「生涯にわたる科学への貢献」と功績は選考対象となりません。

 そして、受賞者の人物像や人格も問われません。関係者は、「年齢や政治、地域は一切考慮の対象ではない。明らかに犯罪者であるといった情報でもないかぎり、アカデミーが考慮に入れるのは研究内容と成果だけです」と語ります。
 

 受賞者らは優れた科学者になるにはどんな資質が必要かを様々な場で口にします。多くは「粘り強さ」や「洞察力」、そして「運の強さ」もしばしば挙げます。当然、本質的な知的能力の高さも加わります。
 

 優れた科学者の多くは、どんな困難が目の前にあっても、「いつかは克服できる対象」と心の底から楽天的に信じています。そして長期間にわたる困難の中で研究心を燃やし続けられるエネルギーの源は楽観主義にあるというのです。

 常人なら屈してしまう困難を、気が遠くなるほどの地道な作業と時間を掛けて克服するという意味で、他の分野の受賞者にも共通します。

4.平和賞 

 ノーベル賞はスウェーデンで選考が行われますが、平和賞だけはノーベルの遺言に基づき、ノルウェー国会が任命したノーベル賞委員会が選びます。なぜ平和賞だけをノルウェーに託したのか、遺言に記されておらず、はっきりととしたことは分かりませんが、理由には諸説あります。

 ノーべルが死去した1896年、スウェーデンとノルウェーは連合王国を形成していました。ノルウェーが独立するのは1905年のことです。だからノルウェーに配慮し、賞を選ぶ名誉をノルウェーに分け与えようとした、との見方が強いです。

 ノーベルがノルウェーについて、スウェーデンよりも強く平和を志向し、民主的だと見なしていたとの説もあります。1890年代、ノルウェー国会は国際紛争の平和的解決に強い関心を抱いていたとされます。ノルウェーは軍事的に弱小だったため、国家間の利害関係が影響しにくいと考えた可能性もあります。

 またノーベルが、ノルウェーの詩人で、平和活動家でもあったビョルンスティエーネ・ビョルンソンに傾倒していたことが影響した、との見方もあります。ビョルンソンはノルウェー国歌の作詞者として知られ、1903年にノーベル文学賞を受けています。

5.経済学賞 

 経済学賞とその他のノーベル賞との決定的な違いは、経済学賞だけはアルフレッド・ノーベルの遺言に記されていなかったことです。経済学賞は、1901年から始まったノーベル賞の歴史に、1968年に新たに付け加えられた後発の賞です(第1回授賞は1969年)。世界最古の中央銀行であるスウェーデンリクスバンク銀行の300周年を記念して創設されました。

 経済学賞はこれまで、経済学の分野における世界最高の賞としての権威を誇ってきた一方で、批判の嵐にさらされてきたと言っても過言ではありません。批判は大きく二つに分けられます。

 一つは、賞の選考に偏向がみられるという批判です。たしかに、ノーベル経済学賞は新自由主義ないし新古典派と呼ばれる経済学者たちに与えられることが多かったです。新自由主義は政府による干渉を極力排し、自由な市場の働きに任せることを最重視します。

 1969年~2016年の受賞者78人のうち、新自由主義の総本山とされるシカゴ大学の教員や卒業生(「シカゴ学派」と総称されることが多い)は、最も多い28人を占めます。自然科学系で最も多いノーベル賞受賞者を排出している教育・研究機関の一つであるハーバード大ですら、これまでの受賞者は10人にとどまっていることからも、突出ぶりは明らかです(受賞者の認定は各大学によります)。

 もう一つの批判は、そもそも経済学は、自然科学のような再現性もなければ、ある発見の上に別の発見が打ち立てられて進歩を重ねる学問でもないというものです。社会科学として政治学や歴史学、あるいは社会学と同系統に属しており、物理学や化学と同列に扱うこと自体がおかしいということになります。

 ノーベル経済学賞の対象となる「発見」は、高等数学を駆使した景気循環の予測など、一見もっともらしく見えますが、実際には非現実的で実用の余地が極めて限られいるものが少なくありません。

6.最後に

 「賞を与えるに当たっては、候補の国籍が考慮されてはならない」。さらに「スカンジナビア人か否か」についても考慮の対象外だとノーベルは付け加えました。

 在ストックホルムの外交筋によると、ノーベル財団は、受賞祝賀会を各国外交団の大使館や大使公邸で行うことを不快に感じており、祝賀会の禁止令すら出された時期もあったそうです。「ノーベル賞は個人に対して授与されるものであり、国家に対して与えるものでなない」というのが、‟禁止令”の理由だそうです。

 日本がらみでノーベル財団や選考委員会側がこの問題をどれだけ真剣に考えているかを証明するエピソードも残っています。京都大の山中伸弥さんが医学生理学賞の報せを受け取った2012年10月8日、山中さんは京都大で記者会見を行った際、「日本、日の丸の支援がなければ、こんなに素晴らしい賞を受賞できなかった。まさに日本が受賞した賞」と発言しました。

 ある外交筋によると、この発言内容にノーベル賞委員会が激怒したといいます。それだけにとどまらず、委員会側は「あんな発言は絶対にしてはいけない」と異例の警告を発したのだといいます。国家と個人とを一切の妥協なく切り離すノーべル賞の精神がこの知られざる騒動の裏に隠されているのです。

  参考

共同通信ロンドン支局取材班(2017)『ノーベル賞の舞台裏』筑摩書房.

社会問題の興味深い記事10選 by ライターshin

2018.10.25

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です