LGBTに「生産性」が無くてなにが悪い! すべての人は個人として尊重される 今こそ国会議員は憲法の遵守を

すべての人は個人として尊重される

1.LGBTには生産性がない?

 最近、何かと問題となっている、自民党杉田水脈議員の主張。杉田議員は、現在発売中の「新潮45」(新潮社)8月号に寄稿した『「LGBT」支援の度が過ぎる』という文章の中で、

 子育て支援や子供ができなカップルへの不妊治療に税金を使うというのであれば、少子化対策のためにお金を使うという大義名分があります

とした上で、

 LGBTのカップルのために税金を使うことに賛同がれられるものでしょうか。彼ら彼女たちは子供を作らない、つまり「生産性」がないのです。そこに税金を投入することが果たしていいのかどうか

 

と書きました。

 子どもをつくらない=生産性がないから税金を投入するのは問題がある・・・。この主張は、明らかにLGBTへの差別です。そしてLGBTへの差別だけではありません。杉田議員の主張は、「生産性がない」という名目のもとに、LGBTだけではなく、障害を持つために働くことができない人、不妊などで子どもをつくることができない人への差別でもあるのです。

2.すべての人は個人として尊重される

 日本国憲法第13条には、次のような記述があります。

 すべての国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他国政の上で、最大の尊重を必要とする

 この記述通り、憲法では「すべての国民は、個人として尊重される」と謳われています。この国に生きるすべての人は、独立した個人であり、どんなセクシャリティを持っていても、障害を持っていても、子どもをつくることができなくても、あらゆる人が基本的人権を有する者として社会的保障や支援を受ける権利があります。

 子どもををつくらないことを「生産性がない」などと言い、政治家が税金を投入することに疑義を呈することは、完全に差別を助長するものです。

3.ナチスドイツの優生思想

 この杉田議員の行きつく思想は、ナチスドイツの優生思想です。ナチスドイツでは、「劣等な子孫の誕生を抑制し、優秀な子孫を増やすことにより、単に個人の健康ではなく、社会あるいは民族全体の健康を計ろう」する優生思想のもと、「T4作戦」として知られる障害者の安楽死政策で、1939年から1941年の2年足らずの間で、20万人もの障害者をガス室で処刑しています。それが、その後のユダヤ人大虐殺につながったのです。

 「生産性がないからいらない」という主張は、ゆくゆくは、「自分が気に入らないものを、この世から無くす」という主張につながっていく危険性があります。

4.そもそも国会議員になるな

 杉田議員の発言をめぐっては、一部では「杉田議員にも言論の自由がある」という主張があります。しかし、果たしてそうででしょうか。

 憲法で「すべての国民は、個人として尊重される」と書かれている以上、国会議員はその文言を尊重せねばなりません。それは、国会議員には、「憲法遵守義務」があるためです。

 日本国憲法第99条にはこのように書かれてあります。

 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ

 そもそも国会議員は、憲法のもと選ばれています。であるからこそ、国会議員はその憲法を尊重しなければなりません。憲法に従わなかったら、それは「内乱」です。「すべての国民は、個人として尊重される」という文言が気に食わなかったら、そもそも初めから、国会議員にならないで下さい。「新しい憲法をつくるために、戦ってください」と言いたいです。

5.僕が本当に気になるのは

 それよりも、僕が本当に気になるのは、「リベラルな思想を持つ人がLGBTを擁護する」という発想が、一部で広がっていることです。LGBTの問題にリベラルも保守も関係ありません。それは「個人の尊厳」や「人権」の問題です。

 また、個人の尊厳や人権に、リベラルも保守も関係ありません。それらは、近代民主主義の根幹に根付いている思想であり、リベラルであれ保守であれ、尊重しなくてはなりません。

 

 以上、最近騒がれている杉田議員のLGBTに関する主張について、僕なりに考えてみました。LGBTの問題については、AKARIでこれからも発信し続けたいと思います。

関連記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です